04
タン、タンと、乾いた銃声がさびれた倉庫の中に響き、くそったれなどと言う叫び声とともに、すぐさま銃弾の返事が返ってくる。
予定通り取引の現場にありつけたのは良かったのだが、すべて予定通りとはいかなかったらしい。
本来ならば現行犯で逮捕、万事解決と行きたかったものだったのだが、犯人側の”三人が三人”、大事な取引の邪魔をされてご立腹らしく、警告をあっさりと無視してこちらに向け銃弾をばらまいてきたのだ。
そう、バイヤー達は三人だった。ショウ達が動きを見せるや否や、身を隠していた”三人目の男”がこちらへ向けて発砲してきたのだ。少しでも気づくのが遅れていたら、ハチの巣にされていただろう。
シュワルツェネッガーもびっくりの銃弾の嵐と、立ち上る硝煙の匂いの中、ショウはどうしたものか頭をかいた。
「まったく、嫌になってくるぜ」
ショウの隣で、ケニーは悪態をつく。
落ち着いた光沢を放つスーツを埃で汚し、金髪を汗で額に張り付けながら、彼は胸ポケットから煙草を取り出すと口にくわえた。
余りにも予想通りな展開に、心底イラついているのだろう。
サングラスの奥に光る鋭い眼に、怒りの色があらわれている。
それは日を見るよりも明らかで、事実、ショウ自身もいらつきを隠しきれないでいた。
「そう言うなよ。予想よりも火器は派手目のようだし、ちっとは骨のありそうな連中だ」
そう、ただの売人にしては違和感がありすぎる。
まず一つに、逃げないということだ。タイミングならばいくらでも有りそうなものだが、連中は未だに攻撃の手を緩めない。
二つ。ただのバイヤーにしては、動きが良すぎる。弾倉の装填するタイミングをお互いでカバーしあったり、十字射撃を仕掛けたりと、素人にしては些か動きが良すぎるのだ。
しかも素人にありがちなフルオートでばら撒くタイプではなく、セミで残弾をケチってくるというおまけつきだ。
「たしかに、一介の薬の売人がサブマシンガンとはたいそう良いご身分だ。おかげでアルマーニの一張羅に焦げがついちまった」
「そうじゃない。俺の言いたいのは、奴らが恐らく軍事経験者だってことさ」
ショウの言葉にフンと鼻を鳴らしながら、ケニーは口の端を歪める。
先ほどちらりとだけ見えた銃身と辺りに散らばる45ACP弾からして、若干の改造はみられるが、おそらくあれはトンプソン系統のマシンガン。トンプソンは戦時中にアメリカで大量生産されたサブマシンガンだが、現在では一部の軍事施設でお目にかかれる程度のものだったはずだ。大方、ブラックマーケットで流れたものだろう。
なんにせよ、分間700発のサブマシンガンを相手に、こちらの手持ちはショウのジェリコ941と、ケニーのS&WのM5906とベレッタPx4。
それから、やたらとでかいボストンバックの底に仕込んでおいた、ロス市警御用達のレミントンM780が一丁づつ。
二人の拳銃はどれも9mmパラべラム使用だが、予備の9mmホローポイント弾のマガジンはショウの持つ残り二つのみ。
戦況は間違いなく不利。
――もしもジェリコ945だったなら、犯人グループから45ACP弾を奪えば流用できたのだが……
まあ、そんなことを言ったところで、長年愛用してきたこの銃(ジェリコ941)を今更手放す気にもならない。
「ったく。こちとら”コマンド―”じゃねぇんだ。勘弁してくれ」
くわえた煙草に火をつけつつ、ケニーは愚痴をこぼした。
「映画とリアルをごっちゃにするなよ、ケニー」
「冗談、リアルのほうがよっぽど性質が悪いぜ。知ってるか?ここに銃弾を食らうと人間ってのはあっさりぽっくり死ぬんだと」
ケニーは口を歪めながらそう言って、M780の銃口でショウの額を小突く。
ショウは知ってるよと苦笑いで返すと、ケニーは肩をすくめ鼻を鳴らした。
二人は、マシンガンを乱射するバイヤー達へと意識を向け戻す。
敵は三人。
いい加減、向こうもイラついてきているだろう。
そうなれば、奴らはこれまで以上に必死になってくるはずだ。
「何にせよ、拘束の手間が省けてラッキーだ」
ショウの言葉に、ケニーは苦笑いで返すと、散弾銃のトリガーを引く。
ぎゃっという短い悲鳴の後、どさりと人の倒れる音がする。
怒声とともに、一層弾幕が濃くなった。
「ショウ、ガス欠だ。弾くれ、弾」
「散弾銃のか?そんなもんとっくに切れちまってるよ」
ショウはそう言ってレミントンをぷらぷらと振るう。
ショウは短く舌打ちをし、弾倉のからになったレミントンを床に放り投げた。
「クソッ。ヘイ、ショウ、9mm残ってねえか?」
「俺はピザのデリバリーじゃねえんだぞ?Px4は45ACP弾使えただろう、連中からパクって来いよ」
弾倉を装填しながらそう言うショウに、ケニーは小さく舌打ちをする。
「おいおい、むざむざ敵に『弾が切れちゃったから分けて頂戴』って言えってのか?勘弁してくれ」
「後先考えないで馬鹿みたいに撃つからだ」
ショウの言葉に、ケニーはぐっと言葉に詰まる。
ショウの言葉が事実であることは認めているのだろう。
ショウはやれやれと呟くと、最後の弾倉をケニーに投げ渡す。
「ラストだ」
「悪いな」
「気にするなよ相棒。コーヒーの一杯でも奢ってくれりゃ、それでチャラだ」
「お前が相棒でよかったよ」
そう言いながら、ケニーは翔から譲りうけた弾倉から、M5906の弾倉に詰め替える。
弾数は十六発。
これ以上の無駄撃ちは許されない。
とにかく、ここからが正念場なのだ。
こちらの現在位置が向こうに知られている以上、下手に体を晒せばそれは死を意味する。
かと言って、敵の残存武器数が不明な状況でこのままつばぜり合いを続けたとして、万が一先に弾が尽きてしまえば、その時点でゲームオーバーだ。
なんにせよ、アクションが必要だった。
この場の状況を揺るがすような、大きなアクション――
「くっそ……いっそのこと尻尾巻いて逃げちまいてえよ」
ケニーがそう呟きながら苦笑いを浮かべる。幸い、出口はこちら側の約三十フィート先にあるのだが、ほぼ間違いなく、脱出は不可能だろう。
出口へ向かうにはバイヤー達から見て直線的すぎる。
運よく、どちらかが逃げ切れたとしても、二人揃ってとなるとほぼ不可能だろう。
ハチの巣になるのが目に見えている。
「なにかいい案は。なにか、なにか――」
ふと、ショウはマシンガンを乱射している男達側の棚に、見覚えのあるものがは置かれていることに気がついた。少々派手目なロゴで、MITSUBISHIとある。
日本の自動車メーカーの名前だ。
自動車整備用のオイル――それも、どうやら大量に積み上げられているようだった。
「……ケニー、コーヒーの件、取りやめだ」
ショウは呟く。
「ああ、なに?おいおい、今更ステーキに格上げとかは勘弁だぜ?こっちだって薄給なのはお前さんだってわかっているだろう。せめてハンバーガーくらいが――」
「いや、ステーキじゃない。しいて言うならハンバーガーでもない」
訝しげに眉をひそめると、ケニーは煙草の灰を落としながら呟いた。