Si Vis Pacem, Para Bellum 01
アメリカ合衆国カリフォルニア州、ウィルミントン郊外に位置する倉庫街の中でも、一際寂れた貸倉庫。
彼らが今回取引場所に指定してきたのはそんな場所だった。
その寂れぶりと言ったら、ビジネスの現場としては落第点ものであるが、こちらの立場上文句も言ってはいられない。
何しろ、三日もまともな睡眠をとらずに追い続け、漸くアポイントが取れたのだ。
次のチャンスなんてものが、はたしてあるのかどうだかわかったものではない。
「二時五分前か……そろそろ時間だな」
右手首に巻かれたロレックスの文字盤を眺め、ケニー・ウッドラントは金髪の前髪をいじりながら、銜えていた煙草を靴の裏で消した。
彼が車のボンネットから腰を上げると、運転席側のドアが開き、もう一人の男が顔を出した。
端正な眉目で、黒髪をなでつけオールバックにした男は欠伸を噛み殺しつつ、のそのそと車を降りる。
見たところ、年齢は三十代半ば程だろうか。
無精髭の目立つ顎を右手で撫で、サイドミラーを見て身だしなみを整えながら彼――ショウ・ミヤコは呟いた。
「ひでえもんだ」
「このまま娘に会ったら『パパってばばっちぃ』って嫌われちまう」
ショウの言葉に、ケニーは肩をすくめる。
「帰ったらさっさと風呂に入って寝ちまいたい気分だ」
「まったくだ」
眉間に深い縦皺を寄せるショウに対し、ケニーはくつくつと笑いを零した。
この取引にありつくために、かれこれ二日ほど帰宅していないため風呂にも入れていない。
食事もジャンクフードばかりなうえ、寝床はむさくるしい男二人で車の中と来ている。
最も、ジャンクフードばかりと言うのは今に始まったことではないのだが……
なんにせよ、さっさと帰れるに越したことはない。
温かいベットが待っているのだ。
ショウは車の助手席からやたらと大きめの黒いボストンバックを取り出すと、肩に担いだ。
ずっしりとした重みに少しだけバランスを崩し、危うく転びそうなところにケニーが腕をつかむ。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「すまない」
ケニーの呆れたような笑い声に、ショウは苦笑いを零した。
バックの中身は百ドル百枚の束が十。
締めて十万ドル。
末端価格では数十倍、数百倍にも跳ね上がる、コカインの闇取引だ。
心踊らずにはいられない。
二人の顔に笑みが浮かぶ。
「あなた、タイが曲がっていますわよ」
「ああ、ありがとう、おまえさん」
そんな冗談を交わしながら、彼らは倉庫へと足を向けた。