キュア。
◇◇◇
「なぜこんな事をした、イライザ」
「そうだ、イライザおばさん。どうしてマオにこんな事を!」
「ふん! あの子が貴方の娘だってわかったからよ! エドワード、あなたわたくしを騙してたのよね。あの女とは偽装結婚だって、そういうからわたくしは信じていたのに」
「騙したわけじゃない、私は誰とも結婚するつもりは無かった。ああ、君ともだ。イライザ」
「そうよね。あなたはここにいるアンソニーのために、ご自分の子は持たない。そうおっしゃったのだもの。そしてわたくしとの婚約を破棄し、あの女と結婚したのよね」
「ああ。そうだ」
「だったらなんでこの娘がいるのよ! おかしいじゃない!」
「え? どういう事、父さん」
「ふん、アンソニーは知らないのね。そこの娘マオは、このエドワードの娘なのよ。あの女、この娘を妊娠して姿をくらませたんだわ。知っていれば産ませたりなんかしなかったのに!」
「そんな、父さん、ほんとう、なの?」
「イライザ、君は」
「ええ、フローラの事を、捜したわ。だって、おかしいもの。貴方がいつまで経ってもあの女のことばかり考えているの、わかったから。見つけた時は驚いたわ。だって、彼女を匿っていたのって、執事だったコーラル、でしょう? 子供も居たけど、あの時はコーラルの子だとばっかり思ってたわ。それでもフローラの失踪はぜったいに貴方が手引きしたんだって、そうにちがいないって思ったから。だから、お仕置きしたの」
「それでフローラに石化の魔法をかけたのか!」
「貴方が裏切るから悪いのよ! わたくしの気持ちなんか考えてもくれなかった、貴方が悪いんだわ!!」
「君との婚約はもともと、親同士の口約束だったじゃないか。事情が変わったから解消しただけだろう。裏切るもなにもない」
「でも、貴方はあの女を愛したんじゃない! それが裏切りじゃなくてなんだっていうのよ!!」
どれくらい気絶していたんだろう。
気がついた時には旦那様と兄様、そしてイライザ夫人が言い争いをしていて。
あたしに罹った石化魔法は、表面の皮膚一枚だけ。
回復魔法を使った時に、ちょうど身体の表面を精霊キュアの金色の粒子が覆ってくれていたから。
だから、きっと、助かったんだ。
「キュアヒーリング!」
あたしは精霊キュアに願う。
呪いを、闇魔法を、浄化して、と。
ぱらり、ぱらりと皮膚の表面の角質部分が剥がれていく。
うん。今のあたしの力じゃ、これが精一杯。
学校を卒業してから毎日母さんに回復魔法を使ってきたけど、いまだに治らない石化の呪い。
表面だけだったからなんとかなった、けど……。
「あなた、まさか、石化の呪いを、解いたの……?」
イライザ夫人が膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込むのがわかった。
◇◇◇
「大丈夫か、マオ。ああ、よかった。マオ、無事で、よかった……」
兄様が駆け寄ってあたしを抱きしめてくれた。
ああ、温かい。
ありがとう、兄様。ほんと、大好きよ……。でも……。
「兄様、ごめんなさい……。あたし、旦那様の、娘、だったです……。たぶんそうだって、旦那様がお父様だって、感じていたけど……。イライザ様の言葉を否定しなかったっていうことは、そうなのですよね? 旦那様……」
「ああ、マオ。そうだ、その通りだ。愛しているよ、君のことも、フローラの事も……」
「ありがとうございます、お父様、って、呼んでもいいです、か……?」
「ああ。もちろんだ。コーラルに真実を聞かされたときは、驚いた。しかし、君の顔を見て、確信したよ。この子はわたしの子だって」
「どう、して……」
聞きたいことはいっぱいある。
どうして偽装結婚だなんてことになっていたのか。
愛していたならどうして、母さんをほかっておいたのか……。
「私は、兄の子であるアンソニーに家督を譲るためにだけに、生きてきた。私を庇って事故にあった兄への贖罪のためだけに、生きていたんだ。だから決して子をなすことはない、そう誓っていた……」
え? ええ? それじゃぁ、兄様は、本当の兄様じゃ、無かった、の?
兄様を好きだって、この気持ちは絶対に隠し通さなきゃいけないって、ずっと、心に秘めて置かなきゃいけないって、そう思ってた、けど……。
「フローラとも、最初は世間体を取り繕うためだけの、偽装結婚だった……。しかし、愛してしまった……。この気持ちは絶対に隠し通さなければいけない。秘めたまま、フローラの幸せを願わなければいけない、そう信じていた。あの日、石化した彼女を見るまでは……」
お父様のお顔がくしゃっとゆがんだ。
「ばかだった。取り返しのつかないことをしてしまったんだと、気がついた時にはもう遅かった。マオ、君だけだよ。そんな私の心を癒してくれたのは……。父親らしいことなんか何もしてあげられなかったけど、せめて君には幸せな人生を送って欲しかった。これは、本当の気持ちだよ……」
あたしは、立ち上がって。
ふらふらと歩いてお父様のそばまでくると、そのままぎゅうっと抱きついた。
「あたしは……感謝、しています……。うちのこだよっておっしゃってくださったお父様の言葉が、ほんとうにうれしかった。だから、離れたくなくて。ずっとここに居たくって……。ごめんなさい、わがままを言いました……」
「マオ。君の事を、娘だって思っていいのかい。私には、そんな資格、ないと思っていた……」
「あたしは、ずっと、お父様だって思ってました。だから兄様のこともあきらめなきゃって、そう思って……」
「マオ……」
「兄様、大好きです。大好きだったから、諦めなきゃって、ずっと、思い込んでいました……」
「バカだな。マオは。だから言ったろ? 僕は真剣に君を愛してるって。父さんも、反対しなかったって。ああ、でも、そういう事なら父さんはむしろ喜んでくれていたのかもしれないな。マオを、堂々と娘と呼べることに」
全てが勘違い、思い違い、掛け違い、だったの、かな……。
母さん、あたし、幸せになれるの、かな……。
「おい、イライザ!」
膝から崩れ落ちしゃがみ込んでしまっていたイライザ様の様子があまりにもおかしくて。
お父様が肩をゆすっても、反応がない。
「これは……」
何か考え込む、お父様。
そうこうしている時だった。
「旦那様、よろしいでしょうか。今総合病院から連絡がありまして……。当家で支援している患者が、目を覚ましたそうです」
え? 母さん!
「わかった。すぐに行くと伝えてくれ。マオ、一緒に行こう」
「父さん、僕も」
「ああ、アンソニーも一緒に」
バタバタと用意された馬車に、三人で乗り込んだ。
イライザ夫人は、そのまま使用人たちに任せて。




