幸せだ。
あたしは今幸せだ。
本当にそう思ってる。
優しい旦那さま。
大好きなアンソニー兄様。
フリーデン侯爵家で暮らしている今は、ほんとにもったいないくらいに幸福だと。
だから母さん。
あとは、母さんさえ目を覚ましてくれたら、もうあたしはどうなってもいい。
お願いよ、母さん。
目を、覚まして……。
こうして母さんの病室で毎日そう祈って。
少しでも、あたしの祈りが届くと良いなって、そう願って目を瞑る。
思えば、最初にこうして母さんの前で祈りを捧げた時は、兄様も一緒にいてくれたっけ……。
旦那さまが優しい声で、「うちの子だ」っておっしゃってくださった翌朝。
朝ごはんの場で初めてお会いした兄様。
お食事の場だっていうのに、母さんのことを思い出して泣き出したあたしに。
「泣かないで、君はきっと笑った顔の方が可愛いよ」
そうふんわりと囁く兄様。
当時まだ十歳の、やっぱり子供だった兄様は、あたしが泣いて母さんのところに行きたいと駄々をこねるのに呆れもせず。
「一緒に行こうか。良いよね? 父さん」
「ああ。任せるよアンソニー。マオを頼んだよ」
「うん。父さんがうちの子だっていうなら、この子は僕の妹だ。兄は妹を大事にするもの、だからね」
「そう、だな。アンソニー」
「マオは僕がちゃんと病院までエスコートしてくるよ。任せて」
溌剌としたお声でそう宣言すると、兄様はあたしの手を引いて食堂を出る。
触れたその手がとても心地よくて、優しい兄様に少しどぎまぎしてしまったあたし。
病院までは馬車で行き、そして病室まで連れてきてくれた兄様。
まだ十歳だというのに、とても大人の人のように見え、頼もしかったのを覚えてる。
実際にはこの時は兄様と二人だけではなかったって、後から知った。
ちゃんと侍従長がついてきてくださっていたらしいけど、その時のあたしには兄様しか見えていなかった。
だから。
もしかしたら、これは刷り込みなのかもしれない。
だけど……。
あたしは、兄様が好きだ。
最初のうちは、兄という存在に憧れているのかも、なんて考えもしたけど、それだけじゃない。
恋に恋している、そういうわけでもきっとない。
あたしは、兄様が好きだ。
でも。
だからこそ、あたしはこの恋を秘密にしなきゃいけない。
大事な兄様を、困らせる結果になってしまうのは、避けなきゃ。
それだけは絶対に、いやだから……。
ああ。母さんも、そうだったの、かな……。
日記にあった。
わたしだけが、どんどんあなたを好きになってしまったことを隠したくて。
こんな気持ちを悟られ、あなたに迷惑がかかるのに、耐えられなくて。
この文章。
あたしの場合、あたしだけ、じゃなくって兄様もあたしを好きだと言ってくれた、けど。
それでも、兄様に迷惑がかかるのに、耐えられないって気持ちはきっと一緒。
だから……。
◇◇◇




