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あなたがすき、だったから……。  作者: 友坂 悠


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22/25

辿り着いたその先で。

 ◇◇◇


 からん


「いらっしゃいませー」

 わたしは大きな声でそうお客さんを出迎える。


 ここは、辺境の街カルタナの中央通りにある食堂、エルメスタ。


 着の身着のまま何とか辿りついたここで行き倒れしかけたわたしを助けてくれたのが、このエルメスタの女将さん、マドラさんだった。

 そのままここで雇ってもらえ、娘を産んだ。


 ほんとに、バカだ。

 わたしは。


 エドワードそっくりな黄金の髪に、サファイヤのように輝く青い瞳の、マオ。

 この子がお腹にいるってわかった時、わたしは……。




 諦めようって一瞬でも思わなかったかといえば嘘になる。

 エドワードに申し訳ないとも思ったし、出産のためにマドラさんにも迷惑をかけることになるのも。


 でも。

 そんなわたしに、マドラさんは言ってくれたのだ。


「どんな男の子供かと思ったけど、あんた、その人のこと好きだったんだね……。事情は詮索しないよ。あんたがここまで逃げてきたってことは、よっぽどのことがあったんだって思ってるから。でもさ、あんたは今でもその男のこと、忘れられないって目をしてる。何もかも忘れて新しい人生を探すつもりなら子供は諦めるべきだとは思うし嫌な望まない相手の子なら無理に産まないって手もあるにはある。だけどね。今ここでその子のこと諦めちゃったら、きっと後悔するよ? あたしも、そうだったからね……」


 マドラさんには子供がいない、らしい。

 昔、子供を諦めた時、処置が悪く二度と子供を産めない体になったんだと、自嘲気味にそう言って……。


「好きな相手の子、だったんだけどさ。そいつ、事故で逝っちゃって。女手一つで生きていくには、子供なんて産んでる暇なかったんだよ……」


 寂しそうに、そう語るマドラさん。


 わたしはなんて返事をすればいいのか、なんて言ってあげればいいのか、わからなくて。

 そっとマドラさんを抱きしめ。


「ありがとうマドラさん。わたし、この子、生むわ。この子と頑張って生きてみる……」


「はは。そうだねえ。あたしもできるだけ力を貸すよ。何だかあんたは自分の娘みたいに思えて、ほっておけないよ……」


 優しくわたしの背中に手を回し、ハグしてくれたマドラさん。


 涙が頬を伝って、落ちて。


 彼女の温かい気持ちが、わたしの心に沁みてくる。




 マドラさんの食堂は、そんなに儲かっているわけじゃなかった。

 だから、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど。

 マオの顔を初めて見た時のマドラさんは、まるで本当の孫でも見るかのように、喜んでくれた。


「まあ、なんて可愛らしい子なのかねえ」


 そう、可愛がってくれて。



 マオの首がすわって、背中におんぶしても大丈夫になったころ。



 わたしはマオをおんぶしたままお店に出ていた。

 いつまでもマドラさんの好意に甘えてばかりもいられない。

 少しでも、役に立たなかきゃ。


 そう思って一生懸命、「いらっしゃいませー」と声をかけ。


 そんな時、だった。



「フローラ、さま!」


 そう、声をかけられた、のは。



「コーラル、さん?」

 どうしてここに……。

 そう言いかけて言葉に詰まる。


 彼の格好はかなりくたびれて。

 靴もぼろぼろ、擦り切れて、服だってかなり汚れていた。

 いつもパリッとした黒の執事服に身を包み、ダンディーなおじさまといった雰囲気だったのに……。


 侯爵家のお屋敷に居た時は、いつもさりげなく助けてくれた。


 ときおり見せるスマートな笑みに、優しいなって思ってた、そんなエドワードの片腕。



「わたしを、探してくださった、のですか……」


 すっと頷き、肯定する。

 押し黙ったままのコーラルさん。

 だけど、その瞳には、「無事で良かった」とでも言わんばかりの、そんな気持ちが溢れてみえて。


 国中を、歩き回ったの、だろうか。

 足取りをさとられないよう、辻馬車を乗り換え乗り換え、時には商人さんに馬車に乗せてもらったり、自分で馬に乗って移動したり。そんことをしながら、最後には歩いて山を越えこの街に辿り着いたのだ。

 といっても山をおりる途中で行き倒れしかけたところを鍛冶屋のゾフマンさん(実はマドラさん今の旦那さん)に拾われ、ここ、マドラさんの食堂エルメスタに運んでもらえ……。それでなんとか助かった、のだったけれど。


 捜索されないだなんて、そんなふうに思っていたわけじゃ、なかった。

 でも、探しても見つからなかったら、諦めるだろう。

 そうも思っていたから……。


「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません……。でも……」


 エドワードに、知られるわけにはいかない。

 この背中の子、マオのことは絶対に、知られちゃいけない。


 それだけは、絶対……。


「その背中のお子は……」


 そう一言だけ言って、また黙ってしまったコーラルさん。


 ああ、だめだ。

 どうしよう。

 どうやったら口止めできるだろう。


「お願いです……。エドワードには、話さないでください……」


 そう言葉を絞り出すのが、今のわたしには精一杯、だった……。












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