フローラ。【いつか王子様が……】
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ここからは、フローラの物語になります。
実は最初にこのお話が降ってきた時に、最初にできたのはこのフローラの章だったのです。
でも、このお話は思いっきり暗いので、ちょっと躊躇して。
最初の日記みたいなのを書いたところで、主人公をマオにして短編を書いたのでした。
マオは、真実の愛、「真愛」と書きます。
ハナが、叶えられなかった、夢。
希望を、この名前に託したのでした。
それでは……。
もうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。
よろしくお願いします。
わたしはとうさんが嫌いだった。
お酒に酔ってかあさんに当たり散らすとうさん。
ろくにお仕事もしないで、財産を食い潰してるそのみっともない姿。
貴族のそれも男爵なんて地位をいただいておきながら、領地のことは執事に丸投げ、自分は王都で毎夜ギャンブルにうつつを抜かす、そんな、とうさん。
七人きょうだいの末っ子だったとうさんは、上の六人全て女性で、みな早くに嫁いで行ったせいか、両親にも姉らにも猫可愛がりされてきた弊害か、とにかくわがままな男に育ってしまっていた。
騎士家の出のかあさんなんか、召使程度に思っていたんだろう。
とにかくいつも横柄で、彼がかあさんに優しくしている姿なんて、見たこともない。
わたしは一人っ子だったから、この家はわたしの旦那様になる人に継いで貰えばいいのかな。
そんなふうに考えていた子供時代。
今にして思えば、この頃はまだ幸せだったのだなって。
ある時。
「お前には財産は残さない。俺は太く短く生きるんだ」
とうさんはわたしの前でそんなセリフを吐いて。
太く短くって、それって早死にしたいってことかしら。
なんて思って冷めた目で見ていたのが気に入らなかったのか。
「くそ! お前は俺をばかにしてるのか!!」
と、癇癪をおこし。
平手で何度も叩かれた。
もう、死んじゃうんじゃないかと思ったほど、苦しくて痛くて。
そのまま二、三日起き上がれなかったらしい。
ううん。
もしかしたら、この時にそれまでのわたしは死んじゃったのかもしれない。
生死の境を彷徨ったわたしは、この時にもう一人のわたしの記憶を思い出したのだから。
別の世界で生きたわたし。
ひどい男に騙されて、自分で自分の命を絶った、そんな情けないわたしの記憶。
思い出したくもなかった。
忘れてしまいたかったのに……。
いつまで経っても、何度生まれ変わっても、きっとわたしは不幸なのだろう。
そんな諦めが、この時に芽生えたのだと思ってる
そして。わたしは悟った。
きっととうさんは、わたしを娘だと思っていないんじゃないか、って。
わたしのことは、かあさんの娘だから面倒を見ているだけだ。
自分の血を引いているかどうかも怪しい。
彼が亡くなる直前。
見舞いにきた親戚に、そうもらしているのを聞いて。
わたしの疑念は確信に変わった。
とうさんが亡くなったのはわたしが十五歳になったばかりの夏。
暑い日だったのを覚えている。
おうちの経済状況も、その時にやっとわたしにも開示され。
もはや立て直しなど不可能に思えるほどの借金があることがわかったのだった。
毎夜、伯母たちが屋敷にやってきてかあさんを責め立てる。
家を立て直すために力を貸してくれるものと思っていたのに、内容は全く反対で。
どうやら伯母たちも、とうさんにお金を貸していたらしく、それを返せというのだ。
彼女らの目的は、なんとなくわかる。
責め立てた挙句かあさんやわたしをここから追い出し、自分たちの身内にこの男爵家を継がせたいのだろう。
借金はともかく、爵位というのは本来お金には代え難い身分の証みたいなもの。
彼女らはとうさんの言い分を信じているのかも知れないけれど、表向き正式にわたしは男爵家令嬢として認められている。現時点でケイプロック家の後継者の資格があるのは、わたしだけ、だったのだ。
現状、金銭での爵位の売買は法で禁じられている。
もちろん養子契約等の抜け道はいっぱいあるから、そういう方法で爵位をお金で買うような成金がいないわけじゃないけど。
それに、そういう方法を強要するよりも、わたしたちが自ら貴族位を放棄して家を出て仕舞えば、国に訴えて自分らの息子の誰かにケイプロック男爵家の爵位を継がせることもできる。
わたしはいいの。
貴族の身分になんか、これっぽっちも未練はない。
むしろ、邪魔だと思ってるくらいだから。
政略結婚が当たり前の貴族じゃ、ほんとうに好きな人との結婚なんて夢のまた夢。
父親から存在を否定されるような、わたしみたいな不幸な子供は産みたくなんかない。
本当に愛している人以外となんか、そういう関係になんかなりたくない。
前世のように、騙され、裏切られるのはもう嫌。
好きでもない人と身体だけの関係なんて、それこそまっぴらごめんだった。
だから、わたしはいいの。このまま貴族院を辞めて平民になったとしても。
でも、かあさんにそんな悲しい思いをさせたくは無かった。
とうさんに虐げられながらも、彼に尽くしてきたかあさん。
そんなかあさんが報われないままこの屋敷から追い出されてしまうなんて、わたしには絶対に許容できなかったから。
わたしは貴族院を辞めて夜の街で働き始めた。
といっても、身体を売ったりは絶対にしないって決めて。
昼の仕事では、とてもじゃないけどかあさんの生活を支えるのは無理だったから、しかたなくだったけれど。
親戚連中にはもちろん内緒で、夜の酒場でお客のお酒の相手をする仕事に就いたのだった。
あの人と知り合ったのは十六歳の時だった。
仕事にも、ちょっとなれたかなってころ。わたしは「ハナ」って名前でお店に出ていた。
「花」だ。
自分のフローラっていう名前を前世風にもじってつけたけど、この世界には「ハナ」って発音に意味なんてなかった。
まあそれでも。なんとなく、自分のことだって感じる名前だったから、お客さんに「ハナ」って呼ばれるのも悪い気はしなかった。
特に、あの人に「ハナ」って呼ばれると、なんだか心の奥底が少しだけ温かくなって。嬉しかった。
そんな彼と、なんだかわたしの身の上話みたいになって、色々お話していた時だった。
いきなり、「なあ。ハナ。私がプロポーズしたとしたら、君は受けてくれるかい?」っておっしゃったあの人。
流石に、ちょっと固まって。
だって、その会話の直前に、「金は出すから嫁に来い」って言い寄ってきた人の話もしたところだったのに。伯爵の第二夫人にしてくれるってそんな話をお断りしたって。
知らない人と結婚するなんてまっぴら。嫌だってそんな感じのことも話してたと思ったのににって。
「え、だって。わたし、あなたのこと、何もしらない、のよ……」
動揺して、声はうわずってた。
もちろん、彼はとてもハンサムで、冗談だとしても喜んでOKする子は多いだろう。
そうして冗談だって明かされ笑い飛ばす。
普通だったら、こんな夜のお店だもの、そんな会話の応酬で楽しむものだろうという、それくらいの分別はあった。
でも、彼の顔は冗談を言っているようには見えなかったのだ。わたしには。
真剣なお顔を少し崩して、彼は続けた。
「そうだよね、困るよね。だったらこういうのどうだろう? 三年だけでいい、私と夫婦を演じてはくれないか? 白い結婚を約束しよう。三年後には君を解放してあげる。そのあとは、君の恋を応援するよ」
「え?」
「実は私も、望まない結婚を強制されて困っているんだ。人助けだと思って受けてくれないか? もちろん報酬ははずむ。君の家の借金くらいなら肩代わりしてあげられるとおもうよ。これでも私の家は侯爵家だからね」
「え? 侯爵様!!? だって、そんな」
「はは。まだ爵位は継いでないけどね。爵位を継ぐにも独り身だといろいろ周囲がうるさいのさ」
「……」
黙り込んで、しまったわたし。
身の上話の最中に、借金があるならわたしならパトロンとかいくらでも捕まえられるだろうだなんて言われて、ちょっと悲しくなって。
好きじゃない人との身体の関係なんて、絶対に嫌だって。そうも言ったっけ。
もしかしたら……。
この人は、そこまで考えてこんな提案をしてくれたの?
パトロンとかそういうのではなく。
お互いに人助け、だなんて言ってるけど、絶対にわたしの方が貰いすぎることになる。
それなのに。
彼は、それでもいいと、そう言ってくれているの?
わたしを、この地獄から、救ってくれるの??
そう思ったら……。
断ることなんてできなかった……。
「どうだろう? 私は約束を守れない人にみえる?」
「いえ、そんなこと、ないです……」
「私は君の恋を妨げることはしない。君に好きな人ができたなら三年後には白い結婚だったと証明し、応援だってする。君は自由になれるんだ。だめ、かな?」
「それが本当なら……」
静かに頷く。わたしの顔は、真っ赤になっていたことだろう。
「本当だ、約束する」
彼はわたしの手をとって。
「この結婚は3年間の期限付き、契約婚だ。お互いに恋愛感情などなしに偽装夫婦を演じよう」
そう宣言した。
いつか王子様が、わたしを救ってくれる。
幼い頃はそんな夢を見たこともあった。
御伽話のような恋。
そんなものに夢を見たことも、あった。
今更、わたしの前にそんな王子様が現れるだなんて、思っても見なかった。
けど。
嬉しかった。
黄金の髪の王子様。
わたしの心は完全に彼に掴まれてしまっていた。




