嫉妬。
「あ、それうまそうだな。私にもくれ」
僕がマオのために運んできた料理に目をつけた殿下。そんなにたくさんあるわけじゃないのに、わけてあげたら僕らの分がなくなっちゃう。
「殿下、あなたの周りには侍従が控えているじゃないですか。ご自分のお召し上がりになる分くらい、彼らに持って来させればいいでしょう?」
侍従とは、黒服に身を包んだ王太子親衛隊の面々だ。普段はあからさまな戦闘服、ではなく、こうして侍従の姿で周囲に溶け込んでいる。
「それはそれ。これはこれ、だよアンソニー。そなたが選んできたものだから、うまそうなんじゃないか」
「しょうがないですね……。じゃぁ少し分けてあげますけど、その代わりあなたの侍従を少しお借りしても?」
「ああ。構わない。おい、ラッツ」
殿下は親衛隊の一人、確か、神速のラッツ、だったかな、彼に声をかけた。
「は、殿下」
「お前ちょっとアンソニーの言うことを聞いてやれ」
「は。わかりました」
「もう、大袈裟だな。僕は殿下が食べる分の補填に、このテーブルに料理を見繕って来てほしいってお願いしたいだけなのに」
「では。行ってまいります」
「ああ。どうせならこのテーブルにいる令嬢たち全員が食べれるよう、いろいろとってきてくれ」
「は。殿下」
ラッツはそのまま素早く外縁のテーブルに料理を取りに行く。
ちょうどそのタイミングで、僕が呼んだボーイがドリンクを運んできた。
「ゆずスカッシュとりんごサワーでございます」
「きたよマオ。ああ、うまそうだな」
「ありがとうございます兄様」
僕はボーイからグラスを受け取ると、ゆずスカッシュをマナの前において。
「いいな、アンソニーは」
「殿下?」
「そのりんごサワー、私も飲みたい」
「もう。しょうがないですね。じゃぁこれ、先に飲んでもいいですよ。僕はまた頼みますから」
「ありがとアンソニー。そなたは優しいから好きだよ」
「それは……。恐縮です、殿下」
クリストファ殿下の母は、アルバート父さんの妹ブリジットおばさまだ。エドワード父様から言うと姉になるのかな。クラリスおばさまはロンウォール公爵家に、デイジィおばさまはレイニーウッド伯爵家に、それぞれ嫁いでいる。
そうするとうちがおばさまたちの実家となるわけで、よく彼女らが里帰りするたびに子供たちも一緒についてきたものだった。
幼い頃は、クリストファ殿下とも、他の従兄弟を交えてよく遊んだ。
最近はそうやって遊ぶこともめっきりなくなったけれど、彼もまだ八歳。
やっぱり寂しいのかな? だったら今日はちょっとはかまってやらなきゃか。
「おー。やはりこれはうまいな。そなた、マオと言ったな。マオもこれ、食べるといいぞ、うますぎてほっぺたがおちそうだ」
「はい、殿下。ありがとうございます。ああ、ほんと、香ばしくってとても美味しいです」
「なあアンソニー。やっぱりこれ、もっと持ってきてくれないか? うますぎてもうなくなってしまったよ」
「もともと僕は少ししか持ってきていませんからね。もうそろそろラッツが戻ってくる頃合いでしょう。もしその中に無くてももう一度取りにいかせればいいじゃないですか」
「もう、いじわるだなアンソニー。私はすぐに食べたいのに」
「ほら、帰ってきましたよ」
黒服のラッツは大きなお皿を2枚も両手に持っている。
さっと優雅にテーブルにおくと、どこからか取り皿も取り出してとりわけはじめた。
お目当てのイカのフリッターはちゃんとあった。
うん。これはちょっとジャンクなお味だから、王宮の食事ではメニューに無いかもしれないな。
僕がクリストファの頼みも聞かず料理を取りに行かなかったのは、マオのそばを離れたくなかったからだ。
歳も近いせいだろうか、クリストファの思いがけない子供っぽい一面も見えたからだろうか、話しかけるクリストファに対し、マオも笑顔で受け答えができるようになっている。
嫉妬?
ああ、そうかもしれない。
このままじゃマオを取られてしまいそうで。
マオとクリストファを二人だけにしたくなかったんだ。
「はは。こっちのもうまいよマオ」
「ええ、ほんとうに」
クリストファはマオに顔を近づけその瞳を覗き込む。
う、近いってクリストファ。
「マオの瞳って、アンソニーそっくりだな?」
「そう、でしょうか?」
「ああ、私が言うんだから間違いない。色もそうだが形もそっくりじゃないか」
ああ、だめだ。
これ以上は。
「マオ。ちょっと席を変わってくれないか?」
い
「え? にいさま?」
「どうしたんだアンソニー。そんなに私のそばに来たいのか?」
「ええそうですよ殿下。今日は久々にいろいろお話ししましょう」
そうして僕はマオと席を交換し、テーブルはマオ、僕、クリストファの並びになった。
クリストファがマオに近づきすぎるのも嫌だったけれど、彼が余計なことを言ってマオを不安にさせるのも嫌だった、から。
席がいっこ離れたところでクリストファがマオに話しかけるのを止められるわけじゃ無いけどそれでもこの方がましだ。
ああ、でも、そうか。
自分ではそこまで気が付かなかったけれど、僕の瞳とマオの瞳が色だけでなく形までもがそっくりだなんて。
「あ、そうだマオ。私と踊らないか?」
ちょっとまって!!
「ちょっとまってよクリストファ!!」
はっとして口を抑える。
クリストファが王太子となったここ数年は、二人きりでも名前を呼び捨てにするなんてことしたことなかったのに。
臣下の身分をわきまえて、ちゃんと殿下って呼ぶようにしていたのに。
「あ……。申し訳ございません、殿下……」
出てしまった言葉はもう取り戻すことはできない。
僕は……。
「あはは。いいよ、アンソニー。というか、よっぽど驚いたんだね。そんなに取り乱すだなんて」
クリストファは、「私が淋しく思っても殿下呼びをやめてくれなかったのに」とぼそっと呟いてから。
「そんなに、私がマオと踊るのは、いや?」
そう、項垂れた僕の顔を、斜め下から覗き込むようにして、悪戯っぽく微笑む。
顔をあげると、マオが「兄様……」と小声で囁く。
ちょっとおろおろしているマオの顔をみたら、落ち着いた。
「すみません、殿下。マオはまだこういった場で踊るのには慣れていません。とても殿下のご期待に応えられるかは……」
ふむ。と、あごを触るクリストファ。
こういう仕草はほんとう、まだ八歳の子供にはみえない。周囲にいるのが大人ばかりだからだろうか。
今日ずっと見せていた子供らしい一面を塗り替えるように。
「では、そなたがまずマオと踊ってみせるといい。それを見て判断しよう」
はっきりと、そうおっしゃったのだった。




