契約婚の誘い。
◇◇◇
いくつものお店をまわったが、条件にあいそうな女性にはなかなかめぐりあえなかった。
そんななか、ハナは……。
容姿。はすっぱな女性が多かった夜の街にいる女性とは思えないほどたおやかで美しく。
気品。お店での会話はくだけたものが多かったのにも関わらず、その根底には慎まやかな気品を感じられた。
教養。話していてわかる。
どんな会話にも当たり障りなく答えてくれる。
それも、決して自己主張するのではなく、内容についての問題点まで判断した上で答えているのではないかと思わせる会話力。
適当に相槌をうっているわけでもなく、しかし相手を否定したり不快にさせることは一切ない。そんな教養の高さを感じ。
いや。
そんな条件以上に、エドワードはハナと話をするのを楽しんでいた。
彼女との会話が心地いい。
もっと彼女とはなしたい。
そんな思いから、毎晩通い詰め、ある程度気心もしれた頃合い。
エドワードは「ハナはどうしてここで働いているんだい?」そう聞いてみることにした。
「え? どうしてって……」
目を見開き、驚いたような顔でエドワードの瞳をまっすぐに覗き返す、ハナ。
「だってそうだろう? 君はこんなっていったら失礼だろうけど、こんな夜の街で働いているようなふうには見えない。君なら、もっとちゃんとした仕事だっていくらでもあっただろう?」
「もう。ほんと失礼ね」
ふふふと笑みをこぼしながら、エドワードの肩をかるく叩くハナ。
「でもいいわ。許してあげる。そうねえ、どうしてって言ったらそりゃあ答えは一つよ。わたしには、お金が要るから、ね?」
お金、か。
それはそうだろうと納得する。
昼間の仕事では、暮らしていくだけのお金しか稼げないだろう。
何か他に、必要がある場合でないと、こういう高額時給のところには来ないだろうし。
「君なら、パトロンの一つもすぐにみつかりそうだけれどね」
「やめて。わたしはこんな、あ、言っちゃった。ごめんねママにはいわないでね。こんな夜職で働いてるけど、身体まで売る気はないの。それをしちゃったら両親に、というか母に申し訳ないもの」
「身持ちは固いんだね」
「そうねえ。お金は出すから嫁に来い、って言い寄ってきた人もいたわ。もう40過ぎのおじさま。お貴族様、伯爵様だったわ。伯爵の第二夫人にしてくれるってそんな話。だけどお断りしたの」
「そうか」
「それでもね……。もう、断りきれなくなるかもしれないわ……。じゃないと、借金の形にうちの領地全部差し出さなきゃいけなくなりそうで……」
「君は、貴族、なのかい?」
「ふふ。実はそうなの。これでも男爵令嬢、だったのよ。いまじゃ令嬢だなんて名乗れたものじゃないけどね」
「そうだった、のか。しかし、断りきれないって……ハナはそれでもいいのかい? お金持ちの貴族との結婚は、一応は玉の輿みたいなもにだろう? 君だって幸せになれるかもしれないし」
「いや、なの。それだけはどうしても嫌。愛してもいない相手と身体の関係になるのは、嫌なのよ……」
「なあ。ハナ。私がプロポーズしたとしたら、君は受けてくれるかい?」
助けて、あげたかった。
純粋に、彼女を嫌な結婚から、借金から、助けてあげたいと思った。
幸いにして、実家の侯爵家は裕福だった。
自分が自由にできる資産も充分にある。いや、きっとエドワード自身では使いきれないだけの、そんな金額が手元にはある。
いや、自分の結婚のためだと言えば、両親だって喜んで資金を出してくれるだろう。
父なら、「ここで使わなければいつ使うのだ?」くらい言いかねない。
人を、民を、助けることに厭わない、そんな父だ。
まあ、ただ施すのではなく、恒久的に資産が巡るようそんな商才にも恵まれていた父だったけれど。
「え、だって。わたし、あなたのこと、何もしらない、のよ……」
戸惑いをみせる、ハナ。
他の女性であればエドワードの容姿だけでもくいついてくるような、そんなシチュエーションだったろうに。
(だから、この子は信頼できる)
そう微笑ましくなる。
「そうだよね、困るよね。だったらこういうのどうだろう? 三年だけでいい、私と夫婦を演じてはくれないか? 白い結婚を約束しよう。三年後には君を解放してあげる。そのあとは、君の恋を応援するよ」
「え?」
「実は私も、望まない結婚を強制されて困っているんだ。人助けだと思って受けてくれないか? もちろん報酬ははずむ。君の家の借金くらいなら肩代わりしてあげられるとおもうよ。これでも私の家は侯爵家だからね」
「え? 侯爵様!!? だって、そんな」
「はは。まだ爵位は継いでないけどね。爵位を継ぐにも独り身だといろいろ周囲がうるさいのさ」
「……」
黙り込んでしまったハナ。
でもその顔は、100パーセント断ろうとかいうような、拒否の表情には見えなかった。
「どうだろう? 私は約束を守れない人にみえる?」
「いえ、そんなこと、ないです……」
「私は君の恋を妨げることはしない。君に好きな人ができたなら三年後には白い結婚だったと証明し、応援だってする。君は自由になれるんだ。だめ、かな?」
「それが本当なら……」
静かに頷くハナ。そのほおは、赤く染まっていた。
「本当だ、約束する」
エドワードはハナの手をとって。
「この結婚は3年間の期限付き、契約婚だ。お互いに恋愛感情などなしに偽装夫婦を演じよう」
そう宣言した。




