娘。
コーラルは辺境の街、ライオネルに腰を落ち着かせ、そこで商売を始めたと聞いた。
全てはフローラのためだ。本当に申し訳なく思ったけれど、実はコーラル自身もフローラのことを想っているのでは? そうも感じていた。
もし、フローラがコーラルのことを憎からず思っているのであれば、それならそれで仕方がない、と、観念し。
それでも、コーラルの店で働くようになった彼女は生活も落ち着いて、なんとか幸せに暮らしているのだという知らせを受け取り、安堵した自分がいたのも事実だった。
定期的に、彼女が無事だという連絡だけ受け取っていた。
決して会いに行こうだなんて、せず。
それが自分の罪なのだと。こうして遠くから彼女の幸せを祈るだけが、自分にできる全てなのだと、そう納得していたのだ。
そう、今の今までは。
辺境からここ、メルロマルクの総合病院に移送されることになった彼女を待つ間。
気がきではなかったエドワードは何度も早馬を送りコーラルと連絡をとった。
そこでわかったことは、フローラは命だけはあるものの、石のように固まったまま動くことも話すこともできない、石化病になってしまっているという事実。
兎にも角にも、もう辺境ではできることが限られる。
至急首都に移送するので受け入れをお願いします。と、コーラルから懇願され二つ返事で引き受けた、ものの。
怖かった。
彼女が死んでしまうことが。
悲しかった。
そばにいてあげられなかったことが。
彼女が幸せになるのであれば、と、手を離してしまった自分に腹が立ち。
こんなことであれば、彼女の居場所がわかった段階で、彼女に拒否をされてもいい、会いに行くべきだったと、会って、自分の思いを伝えるべきだったと、後悔した。
やっと彼女を乗せた馬車が首都に到着したという知らせが入った時、エドワードはコーラルに、「病院に行く前にまず侯爵家の屋敷に来るように」と伝えた。
馬車が到着するとそのままエドワードの面前に赴くコーラル。
かなりやつれた顔をした彼に、思いがけない言葉を聞かされた。
「今、フローラ様は一旦応接室に通しましたが、実はもう一人、同行しているものがいます」
「同行者? どういうことだ?」
「申し訳ありませんエドワード様。こればっかりはどうしてもあなたには内緒にして欲しいとフローラ様から言われておりまして、ご連絡、できなかったことなのですが……」
小さく、「そうでなければ自分はまた逃げ出さなければならなくなるから、と、おっしゃられて……」と付け足す。
「同行者、とは、五歳になるフローラ様のご息女です。あなたのお嬢様でいらっしゃいますよ、エドワード様」
なんということだろう。
もしかして、あの一日で、彼女は孕ったというのか!?
頭が割れるほどの衝撃に打ちのめされつつ、それでもこっそりと応接室を覗き込む。
ひと目見て、納得した。
ああ、この子は自分の子だ、と。
顔立ちはフローラによく似ているが、その黄金の髪とサファイヤブルーの瞳は間違いない。自分の、この家系の証だ。
そして、その瞳から漏れる魔力も、自分自身の魔力とよく似ていると感じる。
これは、他人にはわからないかもしれないが、自分自身にはわかる。そう、確信していた。
他の貴族、親戚すじの血、ではない。
間違いなく自分の血を引いた、我が子、だと。
「なぜ、フローラは私にこのことを伝えないようにお前に……」
そこまで言葉にし、思い返す。
ああ。
違う。
自分が彼女に言ったのだ。
「この結婚は3年間の期限付き、契約婚だ。お互いに恋愛感情などなしに偽装夫婦を演じよう」
彼女と契約を結んだあの時、エドワードは確かにそう言ったではないか。
エドワードは子供がいらないのだ、と。
むしろ迷惑なことなのだ、と。
彼女がそう思ったのだとすれば……。
彼女が身を隠したのも、子供がいることを内緒にしたのも、全てエドワードのため。
それでも、そんな彼女が自分の子供を産み育ててくれたということは、決して嫌われていたのではなかったのでは……? そうも思う。
いや、逆だ。
彼女はエドワードを愛してくれていたのだ。
だから、エドワードの迷惑にならないようにと姿を消したのでは、ないか……。
そう考えると、全てが納得できた。
もしかしたら違うのかもしれない。
だけれど、エドワードにはもう、そうとしか思えなくなっていた。
コーラルは改めて、娘を自分に紹介してくれる場を設けてくれた。
「マオくん。君はこの屋敷でお世話になることに決まった。さあ、挨拶しなさい」
そういうコーラルに従い顔をあげるマオ。
そこにはフローラの子供の頃はこうだったのだろうと思える愛らしい顔が会った。
その青い瞳は、サファイヤのように煌めいて。
「マオ、というのか。君は」
「ええ、母さんは、真実の愛という意味があるのだと、そう教えてくれました」
「そうか。良い名だ」
そう言って、マオの頭をくしゃくしゃって撫でる。
我慢しようと思っていたけれど、愛おしさについつい手が出てしまっていた。
泣くのを我慢していたのか、彼女の感情の塊が込み上げてくるのがわかる。
彼女の魔力が、そんな感情の色に染まっているのが感じられた。
「良いんだ。もう、我慢しなくていい」
頭をなでながら、そう囁く。
「ごめんなさい、旦那様……、我慢、できな、くて……」
マオの涙が止まらない。留めなく頬を伝い、ボトボトと落ちていく。
「もう、大丈夫だ。大丈夫、だよ……」
エドワードはその大きな体を屈めて、マオをふんわりと抱きしめて。
マオの体温が、温かくなっていくのがわかった。緊張の糸が途切れたのか、マオはそのままエドワードの腕の中で寝入ってしまっていた。




