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あなたがすき、だったから……。  作者: 友坂 悠


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母さん。

短編で描いてた「あなたが好きだったから」を長編連載化しました。

アルファポリスさんで先行公開していますが、途中、若干設定を変更したバージョンとなっています。


楽しんでいただけたら幸いです。

ありがとうございます。


 

 あなたが好きだったから、わたしは身を引いた。

 もともと、3年だけの契約婚だった。

 恋愛感情なしに、偽装夫婦を演じよう。

 そういうあなたに同意をして一緒に暮らし出した日々。

 それなのに。


 約束の期限の三日前、まさか酔ったあなたとそういう関係になるなんて、思わなかった。


 だから。 わたしはそのまま翌朝家を出た。

 わたしだけが、どんどんあなたを好きになってしまったことを隠したくて。

 こんな気持ちを悟られ、あなたに迷惑がかかるのに、耐えられなくて。





 それから三年。

 辺境の街に逃れていたわたしは、一人の子を生み育てていた。

 かわいいかわいいマオ。この子は、わたしの宝。


 だいすきよ。マオ。

 ごめんね。

 あなたにお父様をあげられなくて。



 ◇◇◇







「おはようございます!」


「ああおはよう。今日も早いね」


「ふふ。だってこんなに気持ちのいい朝なんだもの、いつまでも寝てるのなんてもったいなくって」


「ははは。そうだね。ああ、これ持っていきな。サービスだ」


 朝市の屋台が並ぶ、このシュレイン広場を走り抜けようとしていたあたしに、いつも挨拶する果物屋さんのおじさんがリンゴを一個投げてよこした。


「はわわ」

 ジャンプして両手でなんとかキャッチして。

「ありがとうおじさん」

 そうお礼を言いつつ、りんごにかぶっとかぶりつく。

「美味しい」

 思いっきり笑顔を見せて、お辞儀をした。


「まあいいってことよ。それよりも、お前さん、今日も急いでるんだろ? さあ、行っといで」


「ほんと、いつもありがとうおじさん! じゃぁ、行ってくるね!」


 そのままくるっと振り向くと、また急いで走り出すあたし。


 広場を抜けて少し行ったところにある総合病院。そこに入院している母さんの顔を見に行くのがあたしの日課。

 お仕事前の少しの自由時間を使って行くのに、この広場を迂回してたら時間がもったいなくて。ついついこうやって中を走り抜けてしまう。


 うん。「顔を見に行く」ってあたしは言った。

 会いに行く、じゃない。

 石のように固まったまま寝たきりの母さん。

 もう10年、意識が戻らない、ままだ。


 病院の門を通り抜け、裏口から入る。

 桜の並木にはもう満開の花びら。風に揺られひらひらと舞うその花片が、あたしの髪にもふわりとかかる。振り払う時間も惜しくてそのまま建物の中に。

 実は面会時間は午後からだ。本当はこんな朝早く来るのは許されないんだけど、あたしは特別に許可をもらってこうして毎朝ここを通してもらっている。

「おはよマオちゃん、今先生の巡回中だから気をつけてね。廊下は走っちゃダメよ」

「はい、すみませんレイン師長。歩いていきますね」

 待合を通り抜け入院病棟の入り口を駆け抜けたところで、いつもお世話になってる看護師長のレインさんに叱られて。

 気を取り直し早足で歩き、母さんの病室まで急いだ。


 母さんの病室は、個室になっている。


 普通の病室は大部屋が基本。カーテンで仕切られただけのパーソナルスペースで寝かされているのが普通のこの入院病棟において、母さんは特別な存在、ではあったから。


 基本、動くこともなく、眠ったままだ。

 ううん、生きているのかさえ、遠目に見てもわからないだろう。

 生命活動は著しく低下し、まるで冬眠でもしているかのように、呼吸音すら聞こえない。

 肌も青白く硬化してしまっている。

「石化病」とは、よく言ったものだ。

 本当に石になってしまったわけじゃぁないけれど、まるで石像にでもなったかのように、身動き一つ見られなかった。


「母さん。おはよう」


 そう挨拶しても、反応があるわけじゃない。

 じっと眠り姫のように目を瞑ったままの母さんは、柔らかな薄い金色の髪までが、彫刻のように整ったまま、真っ白なベッドに横たわっていた。


 あたしは母さんのこの病気が治りますようにと目を瞑って祈り、そして……。


「あたし、好きな人、できたんだ……。だけど、この恋は絶対内緒にしないとって思ってる。母さん、母さんも、そう、だった?」


 今日はそれだけをお話しして、部屋をあとにする。

 金色の髪も、青白い肌も、母さんは10年前から時が止まったかのようだ。

 10年前、まだ二十五歳だった母さん。

 あたしももう、十五歳になったよ。

 もう、親子じゃなくて姉妹にしか見えない、よね、これじゃぁ。


 そんなことを考えながら、あたしはもときた道を戻る。

 8時には、お仕事が始まる。

 それまでに戻らなくちゃいけない。急がなくちゃ。





 ◇◇◇


 おうちの床で硬くなった母さんを見つけたのは、あたしが五歳になったばかりの頃だった。


 お外で遊んでおうちに帰ってきたあたし。

 いつものように、「母さん、ただいまぁ」と部屋に入ったあたしが見たのは、床に倒れ込んで身動き一つしない母さん、だった。

「母さん! 母さん! どうしたの!!」

 駆け寄って抱きついて。

 冷たくなってしまっていた母さんをゆすって。

「いや。母さん、いや、起きて母さん!!」

 そう泣き叫んでも、起きてくれない母さん。


 このまま母さんが死んじゃうんじゃないかと思ったあたしは、泣いて隣の家のゾフマンさんに助けを求めた。

 それから、慌ただしくやってきた医者。役所の人、母さんの職場の人。

 母さんに縋り付いて泣くしかできなかったあたしに声をかけてくれたのは、母さんの勤め先のご主人、コーラル様だった。

 優しいおじさま。母さんのことをいつも気にかけてくれていたのはわかっていた。

 こんな人が父さんだったらなぁって、そうほんのり思っていたけど……。


「マオくん。君のお母さんフローラは『石化病』に罹ってしまったようだ。この病気はとても珍しい病気でね、ここでは治療の方法がないんだ。フローラは首都、メルロマルクの総合病院に移送することになる。君は……」


 コーラル様は、母さんだけ連れて行こうとしている?

 そう不安に思って、あたしは母さんに抱きついて叫ぶ。


「いや、母さんと離れたくない!」


 コーラル様が、困った顔をしてこちらを覗き込んだのは、わかった。だけどあたしは……。


「ふむ……。君は、頑張れる、と、誓える、かい?」


 思案するように顎に手を当てて、そうおっしゃってくれたコーラル様。


 あたしは、ぜったいに母さんと離れるものか、と、コーラル様の目を見て。


「なんでもします。がんばります。だから、お願い。母さんのそばに、いたいです」


 そう懇願していた。

読んでいただきありがとうございます。

お話はここから始まります。

よろしくお願いします。



そして……。


何か感じていただけたり、興味深い、面白い、と少しでも思ってくださったなら、何か反応をいただけるとすごく喜びます。

ありがとうございます。

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