非道なる者たち①
ボルンとの交渉を終えた私は、一度リューベン首都に設置されたプロイド軍本営へと戻り、この地に進出してきたマクシリアとクルーガ大将の三人で善後策を練っていた。
「ハッハッハッ、まさかお前が遅れをとるとはな。ボルニアの毒蛇の娘ちゃんも中々にやりおる」
報告を聞いたマクシリアは何が面白いのか愉快に笑い、場を和ませる。が、目は笑っていない。つまり、しっかりと私の失策として捉えているらしい。
「陛下に大任を任されながら、面目次第もございまん」
「良い。この失敗を挽回する機会なら、いくらでも用意してやる。……それにお前のその目、失敗に打ちひしがれている者のそれではないからな」
マクシリアは私の冷え切った瞳を覗き込み、満足げに口角を上げる。そう、既に私の中では彼女を「処理」する方法が確立している。
「陛下。アニスが話したボルニアの救援が眉唾ものでも、その希望を糧に我々に敵対する勢力が時間と共に盛り返すのは必定。ボルニアの目的は、このリューベンでの紛争を長期化させ、介入している我々の国力を削ぐことと推測します。それを防ぐには、可及速やかに敵対勢力を根絶やしにするのが、肝要かと」
「ほう。穏やかそうな話ではないが、続けるがよい」
私は卓上に広げられたリューベン全土の地図に、指先を走らせた。
「まず、ボルンに与する貴族領主の領地を手近な順に攻撃を仕掛けます。その際、敵勢力をまるこど包囲するような形にしたいので複数の軍に分けて事に当たるのと、こちらの正当性は担保したいので短時間でも良いので降伏勧告をして頂きたいです。『降れば命は保障する。逆らえば町村全て焼き払う』とね」
「だそうだ。できるか大将?」
「北部のボルン陣営の推定兵力は一万程度に対し、我が軍が南部に展開させた兵力は三万五千。兵力分散での作戦行動は問題なく可能ですし、領地攻撃による敵戦力の誘引という意味では部分的に賛同しますが、軍としては宰相殿の案に反対です」
マクシリアの質問に対し、クルーガ大将はキッパリと反対する。
「軍としては、敵本隊の野戦殲滅こそ、本問題解決の最善策と考えております。軍を小分けにして広範囲に展開させては、迎撃にきた敵を撃退できても、連携した包囲殲滅は不可能。また降伏勧告も貴重な時間を浪費する行為であります」
「敵本隊の野戦殲滅。それは、イーフェン要塞に主力が籠城することを危惧してで?」
「いかにも。その通りです」
イーフェン要塞とは、リューベン北部最大の経済湾港都市、イーフェンに設けられた要塞のことである。小さな半島に作られたこの要塞は背後から両側は海上という天然の要害に囲まれ、地続きの正面は高さ10メートルを超す城壁に護られており、二世紀前に勃発した『僭称帝ゴッドミールの乱』では、リューベンに逃げ込んできた帝室を追討すべく派遣された10万の賊軍の攻勢を二年間持ち堪え、官軍の勝利に多大な貢献した不沈要塞として歴史に名を残している。
「もし、敵主力の撃滅に失敗し、イーフェン要塞に籠城された場合、最低でも陥落までに半年はかかると想定しております。しかもこれは冬の期間も攻め続けた場合の数字であり、冬営を挟むとなると来年初夏までは掛かる見込みです。さらには戦略的要因からに、イーフェン要塞には食糧物資なども豊富に備蓄されていると見たほうがよろしいでしょう」
つまりは、私が提唱していた兵糧攻めも効果が薄いと言いたいらしい。大将の懸念はもっともだが、私は静かに首を振った。
「クルーガ大将、残念ながらその前提が、変わったのです。果たして、我々が村や町を焼いても、ボルン殿下や彼の高潔な家臣たちが、軍を率いて助けに来るでしょうか?」
「? 当然そうでしょう。君主は家臣を護り、家臣は領民を護る。それが君臣関係の基礎では………」
最後まで言い切る前にクルーガ大将は、ハッとしたように手で口を覆う。
「正解だよ、クルーガ。先ほどフィラーネが言った通り、アニスちゃんの目的は我らに対して、徹底的に一日でも長く嫌がらせせすること。別にリューベンの君臣関係が壊れようが、民がいくら死のうがしったこっちゃない」
そう、マクシリアの言う通りだ。普通、家臣の領地が他勢力に侵略された場合、君主は多少無茶でも救援を送り護ろうとする。権益を護るという姿勢を示すことで、他の家臣らも君主に忠誠を近い国が保たれるからだ。
言葉を変えれば、人は力を有する者に従うということであり、アニスはその心理を逆手に取ったといえる。
「恐らく、アニスはボルニア王による救援と、紛い物とはいえガルド帝室の威光を笠に、ボルン陣営の実権を握っていると思われます。しかも我々が領地を奪い続ければ奪い続けるほど、アニスの求心力は高まることになります。なんせ、全てを失いかけている連中が最後に頼れるのが、彼女の謳う来るかどうか分からないボルニアの救援だけになるわけですから。ボルン陣営が我々との決戦を最初から避け、全力でイーフェン要塞に籠城するのは想像に難くありません。そして先ほど大将が仰った通り、力攻めでの攻略は困難」
私は地図上のイーフェン要塞を、扇子でトントンと叩いた。
「ならば、その全てを逆手に取り、かの鉄壁の要塞を巨大な墓場に変えるのみ」
「宰相殿の戦略は分かった。……しかし、これは余りにも苛烈過ぎはしないか?」
どうやらクルーガ大将も私が何を成そうとするのか察したらしい。高潔な武人である彼は、明らかに動揺に揺れている。
「全ての業は、発案者である私が負います。そして、この方策こそ最終的にはもっとも流血の少ないものだと、確信もしています。なのでマクシリア陛下、クルーガ大将。どうか、ご理解を」
クルーガ大将は目つもりながら、頷く。
「……承知した。将兵の犠牲少なく勝利できるならば、私の本意でもあります」
マクシリアは、いつもの軽い様子で答える。
「我も賛成だ。が、そう張り切るな。お前は、我の半身と思っている。だから手柄も半分、怒りも半分、そして非道も半分だ」
いや、違う。口元は確かに、いつも通り愉快そうに弧を描いている。だが、その金色の瞳の奥に、私は怒りの感情をみた。
「へ、陛下?」
「我が選んだ知を、我が魂の一部を、あの程度の小娘が惨めだと侮辱した。我が至宝を、塵芥のように扱ったのだ。……万死に値すると思わぬか?」
低く、地を這うような声音。先ほどまでの戯れ言の温度は、既にどこにもない。マクシリアが私の失策を笑い飛ばしていたのは、私を責めていたからではなかった。私という存在を軽んじられたことへの、あの笑い声で辛うじて押し殺していただけだとに今になって気がつく。
私は、その身を焼くような寵愛の熱に、一瞬だけ思考を奪われながら、深く頭を垂れる。
「……恐悦至極に存じます、陛下。ならば、共に勝利の美酒も、悪虐な非道も分かち合いましょう」
あぁ、やはり良い。私の才を肯定し、守護しようとするこの圧倒的な主君の狂愛は。
そして待っててね、アニス、そしてヴィルム。私はこの人と一緒に、全身全霊をもって貴方たちを追い詰め、その時、何者を敵に回していたのか分かるまで教えてあげる。
そして十分に理解してくれたら、丁寧にかつ執拗に、粉砕してやるんだから。




