リューベン介入
「──以上が作戦概要であり御命令あれば一ヶ月に以内に『反乱軍』を鎮定し、彼の国の全土を陛下に献上することを約束いたします」
大臣会議の場で痩身で小柄ながら軍人らしさに不足しない威厳ある声でクルーガ陸軍大将は断言する。
今日、この王城の一室では『リューベン』問題介入を討議すべく、大臣たちが参集していた。
事の発端は良くある家督問題だった。プロイドの隣国であるリューベン公国には文武両道で人望も厚い長子ボルン王子と、女遊びが激しく酒癖が悪いと評判の次男ドロシア王子がいた。どちらが次期公王にふさわしいかは論ずる必要がないくらいハッキリしていたが、母親らの実家の威信を掛けた政治的工作によって後継者として指名されたのはドロシア王子の方であった。
帝都政権もそれを承認しており、世が平和ならいずれはドロシアが次期王として即位するはずであったが、戦乱の世によって全てひっくり返される。
予期された父王の病死と期せずして起こった帝都政権の崩壊。この二つが重なり後ろ盾を喪ったドロシア王子に対し、ボルン王子は自身の支持者を結集することで反旗を翻したのである。
こうして両陣営が睨み合いリューベンは二つに引き裂かれた。武力衝突にまで発展しなかったのは両陣営の実力が拮抗し、頼るべき周辺諸国も似たような国内問題で手一杯だったからに過ぎない。
そのような情勢の中、ドロシア陣営からの和平仲介を名分に軍隊を送り込み漁夫の利を狙うのが私たちと言うわけだ。
「こらこら、クルーガ大将。人聞きが悪いことを言うんじゃない。我々は正当なリューベン公王のドロシア陛下を奉るべく、進駐するに過ぎないのだ」
外務大臣ホフマンは牽制するようにそう言った。この策謀劇は大臣の作品であり、茶々を入れるなという事なのだろう。
「押し入り強盗だろうが、弱味に漬け込んだ籠絡だろうが他人の土地を奪うのは変わらんじゃないか諸君。天命宰る皇帝陛下はもういない、もう少しくだけて事に挑もうじゃないか。なあ、陸軍大将に叔父上殿」
そう事も無げにマクシリアが言うと会議室は失笑に包まれた。だが彼の言う事は的を得ている。仲裁と制裁を使い分け、大陸を支配していた帝都政権は崩壊し、今やこの世は弱肉強食だ。強者から身を守るには弱者を喰らい強くなるしか無いのだから。
だがあえて、私は言った。
「恐れながら陛下、確かに我々の行動を邪魔する存在はないかもしれません。しかし、私は個人の幸福や尊厳が犠牲になるような行為には賛同できません。リューベンの人々にも、それぞれの生活があり願いがあるはずです。我々は武力ではなく、彼らの心に訴えかけるべきです」
瞬間、多くの人間が私に驚きの視線を向ける。それも当然だ。この二年間、明確に王族の親戚で事実上この国ナンバ2の外務大臣との対立を避けていた私が、突然ホフマン肝いりの策略にケチをつけたのだから。
そして次には喧嘩を売られたホフマンへと視線を向ける。それが怒りか癇癪か敵意か、どちらにしても彼の負の感情が隆起するのを恐れていたからだ。だが、外務大臣は誰もが予想外の反応を顕にした。
「はっはっはっ、まったくその通りですな宰相殿。臣民に寄り添い、苦痛を取り除くのが為政者の務め。いやいや、これは一本取られましたな」
我儘娘をあやすよう父のような朗らかな態度でホフマンは応える。私などまともに相手にしないという事なんだろう。
「で、宰相殿は、どのような方法で民心を掴むおつもりで?」
ホフマンは優しくも挑発的な声色で質問してくる。
「もちろん算段はつけています。ただ外務大臣殿の計画を修正する形になりますが、宜しいでしょうか?」
「もちろんですとも、流血なくして獲られる勝利に勝るものはありませんからな。してその内容とは?」
私は躊躇わずに答えた。
「一ヶ月以内にリューベン公王位をマクシリア陛下に禅譲するようドロシア、ボルン両王子に説得します。なのでその間、陸軍の軍事行動を控えて頂きたい」
「軍事行動ではなく、進駐ですぞ。しかし、一カ月ですか、大きく出ましたね、宰相殿」
ホフマン外務大臣が、面白そうに目を細めて私を試すように見つめる。 会議室の空気は私の軍事行動停止の提案に戸惑うが、私は揺るぎない確信を持って言葉を続ける。
「ええ。ホフマン殿、貴方が手配しようとしていたのは『ドロシア王子を傀儡に据えた進駐』ですが、それではボルン王子を支持する軍勢や民衆との間に、将来にわたる火種を残します。私が目指すのは、リューベンそのものを『無傷で』我がプロイドに溶け込ませることです」
「ほう、無傷で。具体的にはどう動くつもりだ?」
マクシリアが、楽しそうに身を乗り出す。
「鍵は『食糧』と『恐怖』です」
私は淡々と、しかし冷徹に計画を説明を続ける。
「まず、放蕩家であるドロシア王子には、彼の借財をすべて我が国が肩代わりし、『終身の贅沢』を保障することを条件に、即位と同時に禅譲する密約を結ばせます。彼は王冠よりも、一生遊んで暮らせる金と酒を望んでいるので」
それにドロシアとは個人的な知り合いでもある。余り好ましい人物ではないが。
「それは容易だろうが……。問題は人望のあるボルン王子だ。彼は国を売るまい」
クルーガ大将が口を挟む。
「ええ、ですから彼には『民の救済』という毒杯を差し出すのです。現在、リューベン国内は二派に分かれ、経済活動は停滞し、食糧の備蓄も限界に近い。このまま冬を迎えれば、彼が愛する民が飢え死にするは明白。なので、私は彼にこう伝えるのです。『プロイドの傘下に入れば、我々が持つ備蓄物資を直ちに開放し、リューベンの民を明日から満腹にさせる。だが、抵抗を続けるなら、プロイドはドロシア王子のみを支援し、貴公の領地を兵糧攻めにする』とね」
私はマクシリアに視線を移す。
「彼が真に高潔であればあるほど、自分の誇りのために民を飢えさせることはできない。彼は『国の守護者』として、屈辱を飲み込んでマクシリア陛下に忠誠を誓う道を選ぶはずです」
会議室に沈黙が流れる。沈黙を破ったのは、低く、愉しげなマクシリアの笑い声だった。
「……ハッ、ハハハハハ! 毒杯、か。フィラーネ、お前は本当に恐ろしい女だな。先ほど『個人の尊厳』だの『心に訴えかける』だのと言っていたのに、実にえげつない」
マクシリアは膝を叩き私を凝視する。その瞳には私という『道具』を使いこなすことへの歓喜が宿っていた。
「お褒めに預かり光栄です、陛下」
私は表情を崩さず静かに頭を下げた。視線の端で、外務大臣ホフマンが苦々しく、しかし認めざるを得ないといった様子で溜息をつくのが見えた。
「……認めましょう、宰相殿。私の描いた傀儡劇よりも、貴女の毒杯の方が遥かに甘美で、かつ確実だ。だが一つだけ懸念がある。ボルン王子がその誇りゆえに、民もろとも玉砕を選んだ場合はどうする?」
「その時は、クルーガ大将の出番です」
私は軍部の方へ顔を向け、淡々と言い放った。
「飢え、疲れ果て、それでもなお戦えと命じる指導者に、民衆がいつまでも付き従うとお思いですか? その瞬間に我々が『解放軍』として食糧と共に進駐すれば、城門は内側から開くでしょう。ボルン王子の首は、彼が愛した民の手で差し出されることになります。……彼が真に聡明なら、その結末まで読み切るはずです」
私の言葉に今度は軍人であるクルーガ大将がわずかに身震いしているようだった。マクシリアは身を乗り出し、命じた。
「よかろうフィラーネ。その作戦、全面的に委ねる。一ヶ月だ。一ヶ月以内にリューベンの大地を我がプロイドの地図に塗り替えてみせろ」
「御意に陛下。……直ちに、特使を編成いたします」




