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偽りの策②

「両雄を出し抜くか……。面白い、具体的に策を聞かせて貰おうか」


 声には、先ほどまでの敵愾心が無くなったように感じる。とりあえず、私が叩き切られる心配は、もう無さそうね。


「はい、ありがとうございます。では、『第一の策』の第一歩として、マクシリア様の授けてくださった『完璧な作戦指示』を、ここで完全に無視します」


 私は卓上に広げられた、緻密な計算の結晶であるを作戦指示書を、指先で無造作に払いのける。


「人智を超えた彼の計算に従うことこそが、最善手であるとジャライカ殿から聞いていたが、君は君主を裏切り、それ以上の最善手が打てるというのか?」


「ええ、あの方の計算は常に『正解』です。ですが、その正解の代償はルーテという国の壊滅。あの方は、ルーテを『辺境伯軍を削るための消耗品』として使うことを前提に、勝利を組み立てておられます。あの方の策に指示に従うということは、従順に使い潰されることを意味するのです」


 私はカシム殿を真っ直ぐに見据えて、あえて不敵に微笑んでみせる。


「それにユーリクも、自身と同じ領域にあるとマクシリア様の動きを読むのに全身全霊を傾けているはず。我々のことなど、意志を持たぬ駒て無視してるでしょう。そこを我々が予想外の動きをすることで、彼らが無意識で共有している前提(・・)を崩すのです。具体的には。」


 私は地図の国境地帯の上に置かれているルーテ軍を模した駒を、公都周辺まで引き下げる。


「国境に配置された八万の兵を、マクシリア様の指示する防御陣地から意図的に撤退させ、公都周辺へ呼び戻します。そして、彼らが喉から手が出るほど欲している大穀倉地帯をガラ空きにするのです」


 カシムは血相を抱えて反論しようとするが、すぐに意図を察し、その言葉を喉の奥で飲み込んだ。


「……なるほど。私がそれをやれば、誰もが『罠』だと疑うだろう。民と家臣を護る王が、戦わずして穀倉地帯を明け渡すなどあり得ないからな。だが……」


「ええ。プロイドから派遣された私が、私欲のために軍権を奪い、国を私物化したとしたら? 手元に軍を置こうと公都に兵を集中させのは不自然でもないし、いざという時穀倉地帯が 略奪されるくらいなら全て焼き払えと、追放令嬢(・・・・)が命令を下しても何にも不思議ではありません。実際、シルヴでも似たような事をし、悪名に不足は無いですしね」


 私は、自身を指差して冷ややかに笑う。


「カシム殿が泥を被る必要はありません。あなたはあくまで『非道な女に幽閉された悲劇の王』であればいい。民の恨みも、プロイドの裏切りという汚名も、すべて私が背負います。そこまでして始めて、ユーリクもマクシリア様の目を欺ける事ができる」


「……分かった、君の策に乗ろう。ただし、成功の暁には私からマクシリア殿に弁解させてくれ。フィラーネ殿だけに、すべての泥を被せる訳にはいかん」


 私はわざとらしく肩をすくめて見せた。


「お優しいですね。でも、ご安心を。私の悪名は天下に轟いており、今さら気にしてもどうしようも無いので」


 カシムとひとしきり笑った後、私は次の策を喋り始める。


「さて、もちろん辺境伯軍をプロイドに向かわせて終わりではありません。むしろ、ここからが本番。辺境伯軍がプロイドに進路を取ることを確認次第、『第二の策』を放ちます」


 ────


 そんな事を思い出しながら、今さらになって不安が足元から沸き上がってくる。


 もちろん、自分の理論が間違っているとは思わない。古今東西、寡兵で大軍を破った名将は数多くいるが、兵糧を無視しての勝利は皆無。むしろ、歴史に名を残す名将はどんな粗暴な人物でも、兵が餓えないよう工夫を凝らしてきた。


 あのユーリクとて、その枠組みから外れる事はない。それに、かつて牢獄で対面した際、ユーリクが見せたあの「視線」は私を明らかに侮っていた。


(……だからこそ、あなたは選ぶはずよ。ユーリク)


 穀倉地帯を焼きかねない「狂った女」がいるルーテより、万全の補給が約束されたプロイド本国を最短距離で食い破る。それが名将が導き出す、「正しい合理性」なのだから。


 私の策が成功するか否かは、ひとえに「ユーリクがどれだけ私を舐めているか」という、極めて不愉快で不確かな一点に懸かっていた。


 作戦室の重厚な扉が、乱暴に押し開かれた。


「報告申し上げますッ!」


 飛び込んできた伝令兵は、息を切らし、顔を紅潮させて叫ぶ。


「東方辺境伯軍、本隊二十万が動きました! 彼らはルーテに向かう街道を外れ、西へ旋回!  北西のプロイド国境沿いへと、全軍進路を変更しましたッ!」


 その瞬間、作戦室の冷たい空気が一瞬で熱気へと変わる。カシムが伝令に、怒鳴るように問いかける。


「別働隊は! ルーテに向かっている、別働隊は無いのか!!!」


「はい! 確認されておりません!!!」


「分かったぁ! フィラーネ殿、『第一の策』が完全にはまったぞ!」

 

 私は、震えそうになる指先を隠すように、そっと腰の短銃のグリップをなぞった。安堵が、冷や汗となって背中を伝い落ちる。


 全ては杞憂に終わった。後は死力で挑み、勝利を掴むだけ。私は冷静をよそおいながら、言った。


「目論見通り、敵は罠になりました。それではこれより、『第二の策』を放つとしましょうか」

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