そして二年
───二年後
私が帝国から追放されてから二年後、大陸情勢は私が予想した通りに、、、いやそれ以上に悪化していた。
ボルニア公国からの食糧輸入は帝都と地方大領主の分断を招いただけでは無く、豊富に食があるという幻想を抱いた棄民が合法非合法とわず帝都に押し寄せる結果となったのだ。
粛正人事で私の優秀な部下らも追放した帝都政権に対処することができるはずも無く、この年ボルニアから輸入食糧では賄えないほど人口が急増した帝都で発生した暴動件数は例年の十倍を記録。
それに加え諸州の大領主は無力無能な帝都政権を見限り、有力な公国諸侯と与して露骨に独立を仄めかし始め、そして各地の公国諸侯も帝国での政変を察知したのか、一部が帝国封建下の公王ではなく独立君主たる王を自称。帝国とその勢力圏はたちまち空中分解する有様であった。
このようにガルド帝国の経済・政治体制は崩壊しつつあったのだが、帝都政権がただその様を指を加えて眺めていた訳ではない。
もはや国家規模の略奪行為でしか生き残れないと判断した帝都政権は叛徒討伐の大号令を天下に発し二十万を越える鎮定軍を招集。鎮定軍総司令官にヴィルムを据えると、最も反抗的かつ帝国最大の穀倉地帯を抱える南部諸州へとその軍勢を差し向けたのである。
ヴィルムは要塞化された南部諸州国境の支城を大軍を以て包囲すると圧倒的な数の力業で攻め落とし、その余勢を駆って帝国の名だたる大領主が割拠する穀倉地帯へ侵攻。瞬く間に占領地を広げるが突如その進撃は止まることとなる。
進撃を阻んだのは南部諸州軍ではなく、鎮定軍内の分裂であった。豊かな穀倉地帯を策源地とした各将軍らは野心を芽生えさせ現地で軍閥化し、手に入れた権益を独占すべく鎮定軍本隊に反乱を起こしたのである。
こうして総司令官ヴィルムは僅かな供廻と私の実家ランバスタ公爵家の私兵を引き連れてボルニア公国へと落ち延び、それ以外の見捨てられた鎮定軍は反乱軍と現地民の猛攻を前に壊滅。大敗の報によって混乱と怒りの坩堝に陥った帝都ではローデリア帝族に対する不満が頂点に達し、これまでの暴動が子供の喧嘩に見えるほどの騒乱が勃発。300年大陸の中心部で支配と栄華を誇っていた帝都は平穏な時代とともに灰燼に帰したのであった。
そしてこの大乱の時代を前に野心を剥き出しにする有力諸侯が黙っているはずもなく、各々が己の野望成就のため行動を開始するのであった。
───
「第一皇子殿下の亡命先よりからボルニア王、及び皇帝を僭主するヴィルム討滅の勅命が届いたが、どう思う宰相殿?」
マクシリアはそう言いながら檄文をヒラヒラとさせる。
「僭帝ヴィルムを戴くボルニア王の勢力は今や大陸西部において随一。帝族の威光が潰えたとはいえ、国境を接すしボルニアを脅威と捉える多くの国はこの機に連合を組み、包囲網を形成するでしょう。しかし所詮は蟻と巨像、徒党を組むとはいえボルニア王の相手になり得ません」
私はマクシリアから檄文を受け取りながらそう答える。
「なるほど。ではどうする」
「ここはあえて距離をおいて静観すべきでしょう。大陸中の視線が『西』に向いている今、我々はここ『東』で行動を開始すべきです」
そう言いながら私は檄文を破り捨てる。
「機は熟し、大義名分も不要。今こそ存分に隣国を切り取りましょう」
むろん私達の軍事行動に対し近隣諸侯は抵抗し、もしかしたら対ボルニアと同様帝族を祭り上げ連合を組むかもしれない。
しかしそうはさせない。この二年、私が執政を取り仕切ったことでプロイド公国の軍事力と官僚機構は大幅に強化拡充され準備は万端。
つまり新征服地を武力で鎮撫し余剰役人を派遣することで現地民から早期に税を取り立てることが可能なので、戦禍にさらさなければ征服地域は即国力とみなすことができる。
この機に周辺諸州を併呑し、その国力をプロイド公国の増強に充てれば短期間で大陸東部地域最大の勢力と成るだろう。
ともなれば逆に第一皇子を始めとする帝族連中も我々の力を頼らざるおえなくなる。少なかれボルニアとヴィルムと敵対するならそうなる。
「よろしい、ならば善は急げだ。今すぐ侵攻作戦を開始せよ」
「仰せのままに陛下」
私は仰々しくお辞儀し、顔を上げるとマクシリアは笑いを堪えるような表情をしていた。
「まだなにか?」
「いや、な。ここ二年、お前を前を見ていたが今は特に良き顔をしていると思ってな。あの可憐な公爵令嬢も随分と俗世に染まったものだ」
「ふふっ、そうですね陛下。たしかに今の私は俗物ですよ。この才で乱世を制し、かつての私を奈落に追いやった連中の全てを破滅させる。それが今の私の願いであり、生き甲斐ですので」
「ハッハッハッ、頼もしいな友よ。頼むから我の敵にだけはならないでくれよ?」
「さぁ。それは陛下次第なので」
私は微笑みながら答えると踵を返し退室する。
さぁ、始めましょうか。
私の、私による、私のためだけの下剋上を。




