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マクシリア戦役①

 大陸の中心地、ガルド。帝国本土と封建公王から構成されるこの地域より外側は化外の地とされ、事実ガルド地域では当たり前の十万人規模の都市も、片手で数えるほどしか確認されていない。


 しかし、この日。ガルド外縁より東方五百キロ地点に、突如二十万人規模の都市が出現した。いや、それは正確には「都市」と呼べるほど緻密なものではなかった。


 整然とした石造りの街並みではなく、数多の天幕と粗末な小屋だけ。それは、東方辺境伯ユーリクが率いる二十万の軍勢が作り上げた、巨大な野営地であった。


 化外とされる様々な人種から構成される軍勢は、彼らが共通の現人神と崇める東方辺境伯ユーリク指揮の元、今まさに世界の中心地に向かって大進撃を開始しようとしていた。


 ───


「まったく。供回りも連れずに敵国かもしれないルーテに一人早馬で乗り込むなんて。しかも、カシムの説得にも失敗。親父殿は一体何しに行ったのですか?」


 ガルドの人々からすれば、浅い顔立ちで切れ目の印象のチャウジーは嘆息しながらそうボヤく。彼は東方辺境伯領軍改め、帝国東部鎮定軍の一将にして、主に策略を担当する謀臣として、ユーリクからの信任が厚い一人である。


「ガハハハ! 言っただろ、説得じゃなくただカシムの野郎の顔を見に行っただけだ。奴め、鼻垂れ小僧からは一丁前に君主らしく成っていたぞ。これから殺すのが惜しいぐらいにはな! それだけでじゃないぞ。あの『追放令嬢』フィラーネにも会って来た!」


 ユーリクは豪快に笑いながら、侍女から手渡された蒸留酒をぐいっと一息に飲み干す。


「ほぅ? あの帝都政権では辣腕を振るい、内政外交でプロイド躍進を支えてる、あのフィラーネ・ランバスタで?」


「なんだ!? お前もやっぱりうら若き令嬢が気になるってか! このムッツリスケベが!」


「いやいや、今の会話の流れでどうしてそうなる。てか、その見た目で酒に激弱なの詐欺すぎるでしょ……」


「うるしゃい! 酔ってなんかないわ! あと酒もう一杯!」

  

 ユーリクは見事なT字バランスを見せつけ、自分が酔ってないことをアピールするが、チャウジーは酒を持ってきた侍女に、渡さないよう手で制す。


「……で、親父殿。冗談はさておき、そのフィラーネという女はどうでしたか。マクシリア・リーデンベルクの懐刀、その評価に値する器で?」


 チャウジーの問いに、彼は空の杯を弄びながら、野性的な口角を吊り上げる。


「おう! 器ありどころか名器だなありゃぁ。しかも、欲求不満ときたもんだから、堪んねぇぜ!」


「いや……、そう言う卑猥な話ではなく」


「誰も下ネタなんか言っとらんわ!」


 ユーリクは、「いいからいいから!」と侍女が持ってきた酒を優しく奪い取ると、再び一息で飲み干す。


「いいか、チャウジー。世の中じゃあ、あのお嬢さんを恐ろしく冷徹で有能な策略家にして実務家つう評判だが、その中身は俺たちと同じ、血生臭い戦場にしか居場所のねえ『獣』の熱が詰まってやがる。それがマクシリアの野郎は、あんな極上の獣を『支配』という名の退屈な鎖で繋いで飼い殺しにしやがって。俺の元に来れば、最高に輝かせるてやるんだがなぁ」


「なるほど、ルーテでは一人の女を口説くのも失敗したと」


「重ね重ね、うるさいわ!」


 酔いが深まりつつも、ユーリクの瞳から鋭い捕食者の光が漏れる。彼は空になった杯を指先で回しながら続けた。


「まぁそれはそれとて、俺がいない間に随分と情勢を動かしてくれたなチャウジー?」


 ユーリクが放つ言葉とその雰囲気に、シャウジーは反射的に姿勢を正してしまう。


僭帝(・・)ヴィルムが旗頭で、俺たちが帝国の官軍だと? シャウジー、お前がボルニア王国と太いパイプを持っていのは承知しているが、まさか毒蛇(ボルニア王)の毒に惑わされてないだろうなぁ?」


「……無論、全ては親父殿のための判断です。しかし、自分が勝手な行動をしたのは事実。それについては、如何なる処分も受け入れる所存です」


 ユーリクが身を乗り出した瞬間、天幕の中の空気が物理的な重さを伴って凍りついた。先ほどまでの酔態は影も形もなく、東方諸勢力を平らげた「凶獣」の剥き出しの殺気によるものだ。チャウジーの額からは一筋の冷や汗が頬を伝い落ち、周りのいる侍女たちは震え、なかには失禁するもいた。


「ほう。如何なる処分も、か。俺が不在を良いことにコトを進め、安々と毒蛇の誘いに乗った事が何を意味するか分かるか? 誇り高き東方の覇者である俺たちが、バカ皇子ヴィルム擁するボルニア王に服属したに等しいのだぞ!!!!!」


 大きく、大地を揺るがすような声。ユーリクの大きな手が、無造作にチャウジーの細い首筋へと伸びる。指先が触れただけで、血管の鼓動が止まりそうなほどの威圧感。静寂。外で蠢く二十万の兵たちのざわめきすら、この一瞬だけは遠くへ消え去ったかのように思えた。


 だが、その手がチャウジーの喉を握りつぶす直前。


「ガハハハハハハ! そんな青白い顔して震えやがって、冗談だよ、冗談!」


 ユーリクは一転して大爆笑し、チャウジーの背中を、骨が折れんばかりの勢いでバシバシと叩いた。あまりの衝撃に、チャウジーは思わず「ぶふっ」と変な声を漏らしてよろめく。


「……親父殿、笑い事ではありません。私は……」


「いいんだよ! 独断専行と抜け駆け上等が俺たちのモットーだろ? それに事実、カスとはいえ錦の御旗効果で、マクシリアやカシムが味方に引き込もうとしていたシルヴとアムトラが降ったんだ。おかげで、ルーテとプロイドを直接攻撃できるってもんだ。奴らを捻り潰すなんてもう簡単さ。ただし、それからが忙しくなるぞ?」


 ユーリクはギラついた瞳をさらに細め、自らの野望を吐き出すように続けた。


「マクシリアとカシムを片付けたその足で、俺らを操っているつもりのあの『毒蛇』、ボルニア王の首も獲りに行ってやる。そしてガルドもそれ以外(化外の地)も、まとめて俺の胃袋に収めて真の大陸統一だ! 誰にも文句は言わせねえ、この世の全てを俺達の手に掴んでやろうぜ!」


「……ええ、そうですね。親父殿は、あの太祖ヴィランツすら越える、本物の英傑なんですから……!」


 チャウジーは、この男の底知れない渇欲に改めて戦慄と、熱狂を覚える。ユーリクにとっては、マクシリアやカシムはもちろん、帝族のヴィルムもボルニア王も、単なる食卓へ並ぶまでの「前菜」に過ぎないのだ。


 しかし、冷や水を浴びせるように、天幕の入り口が乱暴に跳ね上がった。


「報告!  緊急伝ですッ!」


 飛び込んできた伝令兵は、泥と汗にまみれ、死線から逃げ延びてきたような形相で叫んだ。


「シルヴ公国およびアムトラ公国に入城した、我が鎮定軍先遣部隊より報告! プロイド・ルーテ連合軍による電撃侵攻により、我が先遣部隊が敗走し、両国のほぼ全土が掌握されたとのことです!」

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