揺らめくルーテ①
マクシリアとジャライカとの会談から一カ月。その間に東方辺境伯領ユーリクからプロイド含めた各国に親書が届けられる。
内容は予想通り、騒乱を収めるための「帝都入城」と、その道中に存在する国々対し「軍事通行権と物資の提供」であった。
無論、私たちの返答は拒絶。だが、下手に返答して刺激しても面倒なので、保留という形で無視を決め込んでいる。
それと同時に私が奉じた一連の策はマクシリアの裁可の元、正式は方針として採用された。
それ以降、私の仕事は総督府の通常業務に加え、リューベン軍の早急な再建と拡大、東方三国のうちルーテ国との外交取次を担当などが加わり、非常に忙しい毎日を送っている。
で、特に頭を悩ませているのが、ルーテとの交渉だ。
ルーテ国成立は、ガルド帝国建国期までさかのぼる。大陸を制覇した初代皇帝ヴィランツ一世は、プロイドのような服属する地方有力者に「公王」号を与えることでローデリア一族を頂点とする帝国封建体制下に組み込むと同時に、それら外様を監視・監督する目的として地方に帝族や譜代家臣をトップとする副王領を配置し、軍事・外交の両面で強大な権限を持たせた。
その一つが、ルーテ国を支配するアーヴィン家である。初代后の実家で多くの建国功労者を生み出したアーヴィン家は、ルーテの豊かな黒土地帯から産み出される農作物や特産品を諸国に輸出する事により繁栄。
黄金期にはあの小さな国土からガルド帝国圏総人口の約三割を賄うほどの食料を供給し、その圧倒的経済力に物を言わせて編成された「ルーテ騎士団」の武威により、名実ともに東ガルド最強国の地位にあった。
が、今やそれも過去の栄光。貧しい土地ながら商工業を推進し経済大国にのし上がったプロイド。蛮族鎮定の大義の元、東に勢力圏を拡大し続けた東方辺境伯領の台頭。さらには農作物輸出の大口顧客であった帝国本土が自国領主保護のために関税を設けるなど、様々な要因が重なり相対的な国力は低下し続けた。
そこに追い討ちをかけるような、冷害による食料不足に端を発したガルド帝国圏内の騒乱により、遠方への輸出ルートが途絶。
本来なら稼ぎ時なのにも関わらず、ルーテ国内では食料が余り散らし価格が下落。結果、他国とは真逆な理由で、まったく同じ小作民の棄民化現象が発生し、農業主体のルーテ経済は大混乱に陥った。
そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、プロイド公王の座についたばかりのマクシリアだった。棄民受入政策による食料不足を見越し、ルーテから毎年大量の食料を買い付けることで、ルーテの農業経済を買い支えたのである。
しかも、プロイドの領土拡大政策は経済圏の拡大という形でさらなる食糧需要を生み出し、プロイドとルーテは毎年増加する農作物の輸出入でさらに経済的結び付きを強くした。
もっとも、彼らもマクシリアの救済が慈悲などではなく、ルーテをプロイドとその拡大政策のための「胃袋」として永続的に支配するための高度な経済植民地化政策であることは、最初から薄々感づいていたのだろう。
そして今、軍神ユーリク率いる「天災」が迫る中、彼は気が付いてしまったのだ。自分たちが両大国の運命を左右する、キャスティング・ボードを握っている事に。
───
「フィラーネ様。こちらルーテ国からの親書の返事です」
「ん。ありがとう、エリカ」
エリカから手紙を受け取り、封筒を空けて読み、そして頭を抱える。
「……露骨なので一応聞きますけど、あんまりよろしくない返事で?」
エリカが恐る恐る聞いてくる。
「良いことも悪いことも書かれてない。だから、今の状況じゃ最悪の類ね」
親書を読み終えた私は、こめかみを指で押さえる。
書面にはこれまでのプロイドへの感謝の言葉がこれでもかと並べられている。しかし、肝心の協同戦線についてはのらりくらりと明言を避けていた。それどころか、戦禍を回避するための「中立的立場」の検討や、プロイドからのさらなる経済支援などなど要求する始末だ。
甘かった。アーヴィン家は帝国圏でも一、二を争う名門。元は自分らの陪臣格で、一度降った者に徹底的な主従関係を強要する東方辺境伯には、プライドのため死んでもなびかないと思っていたのに……。
「裏切り、ですか?」
エリカの問いに私は冷たく笑う。
「いいえ、まだそうとは言い切れないわね。まぁ、あの軍神相手に睨まれてるんだから、安易に立場表明できないんでしょうけど」
とは言いつつも、やはり解せない。ルーテ国の農作物は、土地生産力に比して人口過多のプロイドには必要だが、土地生産力と人口がつり合っている東方辺境伯領はそうではない。
利用するとしても、せいぜいルーテを進軍する際の現地調達ぐらいだろう。彼らからの立場で考えると、辺境伯軍が勝利しても得意先のプロイドが崩壊すれば昔のような深刻な経済不振と、膨大な搾取を受けるだけ。プロイドが勝利すれば、真っ先に報復されてしまう。
そして何よりも腑に落ちないのがこの手紙の内容だ。
「ん〜。なんか色々と協同戦線を組めない理由を羅列してますけど、なんかとっ散らかっていて、何を要求しているのか分からないような」
横から手紙を覗くエリカがそう呟く。そう、違和感の正体はそこだ。アーヴィン家のような老獪な名門がこれほど論理性の欠けた「下手な言い訳」を並べるはずがない。普段の彼らなら、もっと簡潔で、もっともらしい「正当な理由」を突きつけてくるはず。
家中が分裂……。或いはここに書かれていない、別の思惑が邪魔している……?
「……ええい! 机上で考えるだけ無駄ね」
私は親書を机に放り投げた。
もしこれが現ルーテ公王の本心だとしたら、アーヴィン家の血筋も随分と焼きが回ったものだ。けれど、もしそうでないとしたら──。
「エリカ、旅の支度をして。明日早朝、リューベンを発つわ」
「えっ? 発つって……どこへ?」
「ルーテよ。直接乗り込んで、ルーテ公王を問いただす」
エリカが絶句する。当然だ。一国の総督がアポなしに、友好国とはいて敵対の兆候を見せ始めている国へ少人数で向かうなど、自殺行為に近い。
「フィラーネ様、それはあまりに危険です! せめて向こうの了承と正規の手続きを踏んでからじゃないと、どんな不足の事態が起きるかわかりません!」
「もう、そんな時間的猶予なんてない。もし、ルーテが味方になる見込みがないなら早急に戦略を考え直す必要があるのよ! さぁ、急ぐ急ぐ!」
「あぁ、もう本当に強引なんだから! じゃあちょっと旅の支度してきますね!」
エリカは半泣きになりながら部屋を飛び出るのを見送り、暗雲が垂れ込める東の空を私は睨んだ。
さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。突撃交渉と洒落込もうじゃない。




