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いざ亡命

 ガルド地方の一豪族に過ぎなかった太祖ヴィランツ一世が大陸を制覇してから約300年。諸国をその圧倒的武力で鎮撫し、聖女教世界の守護者として君臨することで保たれてきたガルド帝国による秩序は、歴史の常がそうであるように廃滅の時を迎えようとしていた。


 帝都政権の腐敗と堕落、半臣半王に過ぎなかった公王らの独立勢力化、そして長引く寒冷化による不作と経済の不振。


 帝国の天命が潰えたのは誰の目からも明らか。その時代の流れを必死に止めようとし、思い空回りして理不尽に婚約破棄された私は今、傷心旅行も兼ねてある国を訪れていた。馬車の窓から外を覗くと、大通りには数え切れないほどの露店が立ち並び多種多様な人種が練り歩いてる。


「相変わらず賑やかな街なのですね」


 ここはプロイド公国の首都シャルシカ。プロイド公国はガルド帝国から領地を封建された『公王』が治める国の一つで、最も多種多様な人種と文化を抱える国としても名を馳せている。


 もっとも昔からこうだった訳ではなく、ここまで急速に国際都市化が進んだのは三年前に新公王が即位し大量の移民が流れ込んだためだ。


 移民、といえば聞こえがいいがこのご時世だと大抵は故郷で食い詰め、着の身着のままで他国に流れ込んだ棄民に過ぎない。ここ十数年、大陸全土で続く冷害によって穀物の不作が続き、畑を捨て棄民化する小作民の数は年々激増の一途を辿っている。  


 そんな棄民を普通の国は受け容れようとはしない。自分たちの国民に食わせる食糧すらままならないのに加え、往々にして社会から爪弾きにされた棄民は徒党を組んでマフィア化し治安を悪化させるからだ。


 むしろ、困窮した国民が食い詰めて暴徒化する前にわざと追放し他国に押し付けることを平気で行う国家もある。そんな人々を表向き(・・・)憂慮し、人民救済を旗印に国境を開放しているがこの私の前に座っているプロイド公国の若き公王、マクシリア・リーデンベルクなのである。


「敬語はよせフィラーネ、我とお前の仲ではないか。こうして観光にも付き合ってやっているのだから少しは楽にせい」  


「そういうわけにもいきません。陛下は今やプロイド公国の王であらせられ、私はただの他国の平民(・・)なんですから立場を弁えさせてください」


「ほぅ、ならばあの噂は真実であったか」


 マクシリアはどこか嬉しそうに目を細める。


「はい。ヴィルム殿下との婚約破棄に加え自ら帝国の公職より身を引きましたら、公爵家から追放されてしまいました」


「阿呆の極みにある第二皇子にくわえ薄情な家族よの。いや、時勢が読める愚物達と言ったところか」


「ひとえに私の不徳ゆえです、陛下」


 私は婚約破棄の条件として複数兼任していた国の政務を一切合切辞めることを望み、当然私を疎ましく思っていたヴィルムはそれをアッサリと承認した。


 そして私が婚約破棄と政務の仕事から手を引いたことを夕食時に伝えると、父は一言『そうかと』とだけ呟き、その後家令を経由して公爵家追放の決定だけが伝えられた。帝政の中枢から永久追放された私にはもう顔を見る価値もないらしい。


 もともと私は前妻の連れ子で父との血の繋がりがないからしょうがないと言えばしょうがないが、それでもアホ皇子(ヴィルム)の予言通りになったのは少し腹が立つ。


 悲劇はそれだけではない。出国手続きと友人達への挨拶のため帝都に滞在していたら妙な噂が私の耳に入ってきた。なんでも『悪徳商人とつるんで帝都での食糧価格を吊り上げ』、『帝族の婚約者という立場を利用し国政を壟断』し、『権力を笠に貴賤関係なく男漁りに明け暮れていた』とんでもない女悪党フィラーネが追放された、という噂である。


 手の者を使って噂の出どろころを調べたところ、やはりというか当然というか第二皇子と懇意にしている貴族と商人に辿り着いた。根も葉もない出鱈目な話であったが、往々にして人々は下衆な噂を好むものだからタチが悪い。


 しかもその噂がだんだんと加熱すると嘲笑から憎悪に転じ、街の至るところで私への怒りと憎しの言葉が飛び交う事態となってしまったのだ。


 一向に出国手続きも進まず、身の危険を感じた私は知り合いの行商に紛れて命からがら出国し、今に至るのである、


 そうしてめでたく家なき子どころか国なき子になった私が頼ったのがこの国の公王、マクシリアであった。マクシリアとは彼が帝国での人質時代からの付き合いで、その才覚から私と同様に将来を渇望され、国と立場は違えど今日まで互いに切磋琢磨してきた仲である。


「しかしボルニア公王も大した悪党だな。安価な輸入食糧によって一時的に帝都に住む人間は喜ぶかもしれんが、全員の腹を満たせる量の調達なぞできるはずも無く、帝国経済の柱ともいえる大領主の没落と反発を招くとわかっていながら」


「はい、実際それが狙いなのでしょう。帝国の経済は地方大領主が経営する農園で生産される食糧と、これを帝都に住む膨大な人間で消費することによって循環していました。これが崩れれば地方諸州は帝都政権を見限り、独立の道を進み始めるでしょう」


「となれば足元が崩れた帝国という巨人は一気に倒壊する、か。帝国が乱れればいよいよ大陸全土が穏やかではいられまい。まさしく300年ぶりの乱世の到来だな」

 

「ボルニア公王はそれが狙いなのでしょう。なにせ彼は先帝陛下に奸雄と最も警戒されていた人物ですから。貴方と並んでね」


「ハッハッハッ。友人に対して酷い言い草だな。我の力量は我の元に集う人民を養うだけで精一杯よ」


 マクシリアは冗談を誤魔化すように手を払う。


「隠さなくて良いのですよ陛下、所詮私めは都落ちした元公爵令嬢。この街の賑をみれば陛下が棄民に仕事を差配し、支配が行き届いているのは分かります。まさしく棄民たちにとって陛下は希望の光と言ったところでしょう。しかし悲しいかな、このまま流入する民が増え続ければ国の食糧は尽きることでしょう。それを防ぐための方策はただ一つ──」


 私は窓の外に視線を向ける。


「あの陛下を慕う民らを軍旗の元に結集させ、乱世につけ込んで国を拡大する。それしかありません」

 

 マクシリアはニヤリと口角を上げる。どうやら正解らしい。


「くどいぞフィラーネ。まさかそんな講釈をたれるために我の元へ来たわけじゃあるまい。そろそろお前も目的を言え」


 私は小さく会釈すると、自分がここに来た本当の目的を告げる。


「単刀直入に言います。私の才を買って麾下に加えていただけないでしょうか」


 私がそう言うとマクシリアは左手で頬杖をつき、そして誰から見ても上機嫌とわかる笑みを浮かべる。


「それで我は何を得られるのだ?」


「この天下に存在する皇帝位から草木の一本まで。ただ望むままに」


 私の答えを聞いたマクシリアはついに堪えきれなくなったのかゲラゲラと笑い始めた。


「ハハハハハッ! いやはや恐ろしい女よ。自分を捨てた帝国に報復するのに我を担ぎ上げるつもりか!」


 ええそうですとも。これまで人々にも父にもヴィルムにも私個人の感情を殺しでまで、国のため臣民のためと散々尽くして来たのに彼らはそれに感謝するどころか、精神的に凌辱し、侮蔑し、そして私を棄てた。


 だから誰かの都合の良い人形であることはもう止めた。これからは自分の才能は自分のために使う。


 そして私を足蹴にしてきた全ての人間に思い知らせてやる。何者を敵に回し、なぜ自分がこんな不幸に陥っているのかを。わからなければ何度でも懇切丁寧に説明してあげよう。


 そして全て理解させた後に必ず破滅させてやる。そう絶対にだ。

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