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現御神の逡巡①

 私は今、マクシリアの別荘があるプロイド首都シャラシカの西郊外に来ていた。


 非常に、極めて非常に気乗りしなかったが、会談場所がマクシリアが密談に良く利用する別荘かつ、要件が曖昧な書状を見るに、ただらなぬ事と察し、 私は急ぎ馬車を走らせ、今に至る。


 護衛に案内された部屋の簡素な扉が開くと、そこには華やかな宴の気配など微塵もなかった。狭い部屋で出迎えたのは、緩い私服を着て姿勢を崩して座るマクシリアと、そして横には将官服に身をつつむジャライカ中将の二人の姿があった。


 その瞬間、疑念が確信に変わる。ジャライカ中将は南方大陸の部族出身で私と同じ新参者ながら、マクシリアにその軍才を認められとまたたく間にルクセ攻略軍の司令官まで出世し、かつ軍事部門におけるマクシリアのご意見番を務める秀才。


 その一軍のトップが、前線を離れてこんな密室にいる。それだけで、プロイドの屋台骨を揺るがすような事態が起きていることを物語っていた。


「……お呼びにより、参上いたしました。マクシリア様」


 私が一礼すると、マクシリアは手に持っていたワイングラスをゆらりと揺らし、気だるげに視線を向けた。


「大義である、フィラーネ。最近はリューベンの民心も掴めているようだな。市場での一件(・・)のおかげかな?」


 ふん、この男には全部筒抜けということね。


「学ぶことは、多くありました」


「大変結構。お前を総督に推薦した我として鼻が高い。ジャライカにもルクセ攻略の暁には、同地の総督職を任せようと考えている。先輩のお前からも、良く教えてやってくれ」


「滅相もございません。私などはまだまだ、陛下と殿下に忠誠を誓う一介の武人に過ぎませんので。フィラーネ総督閣下、お久しぶりで御座います。リューベン攻略戦での神算鬼謀ぶりはお聞きしております。フィラーネ様こそ、まさしくプロイドの至宝といって過言ではありませんな」


 ジャライカ中将は座っていた椅子から音もなく立ち上がると、非のうちどころのない所作で深々と頭を下げた。戦場を血で染め抜いてきた猛将という先入観に反して、その物腰は驚くほど柔らかい。南方大陸特有の褐色肌の精悍な顔立ちには、育ちの良い青年のような清々しい微笑みが浮かんでいる。


 だが、その整った軍服の袖口から覗く指先が微塵も揺れていないことに私は気づく。礼儀正しさの裏側に、研ぎ澄まされた刃のような冷徹さが同居している。でなければ、奴隷身分出身の彼が才能のみでマクシリアの側近として寵愛を受ける筈がない。


「閣下がリューベンの地で、あえて民と同じ泥を被られたというお話、感銘を受けました。統治とは単なる力ではなく、心をも支配すること……。私のような若輩者には、到底及びもつかぬ高みです」


「……過分なお言葉です、中将。私はただ、己の職務を果たそうとしたに過ぎません」


 私は努めて冷静に返したが、背中には薄ら寒いものが走っていた。この礼儀正しい「青年」が、マクシリアの意図を汲んでどれほどの冷酷な策を執行してきたか、私は知っている。


「ハッハッハッ、このまま歓談と行きたいが無論、そのために呼んだ訳ではない」


 マクシリアに促されるまま、私はジャライカの対面の席に座る。マクシリアは手元のワインを一口飲むと、卓上へおもむろに地図を広げる。


「東方辺境伯ユーリク・デイ・ベルガドット。奴が極東鎮定作戦を突如取り止め、二十万の精鋭とともにここガルド地方に向かっていると報が入った。真意は分からんが、帝都入城、及びその途上の邪魔な勢力排除が目的なのは確実。そして、その邪魔な勢力の一つに我々が入る公算大だ」


 私は言葉を失う。東方辺境伯ユーリク。専横極めるベルガドット家先代当主を有力家臣団と共に討ち果たし、十五歳で当主を継いでから五十年、東方への外征に次ぐ外征により僅か一代で広大な辺境伯領の支配領域を倍増させ、世界の果てとされる極東まで飲み込もうとする怪物。


 曰く『望めば皇帝になり変われる男』、曰く『神に愛された天災』、曰く『軍神』。人生のほぼ全てを東方での外征に費やしたため、ガルド地方の帝国本土人で彼の姿を見た者はごく僅かたが、その名と異名を知らない者は帝国広しといえど皆無だ。


 二年前から続く帝国本土騒乱にも無反応であった男が突然牙を剥き、その重い腰を上げたというのか。


「……あり得ません」


 私の唇は、自分でも驚くほど乾いた音を立てた。


「あの御仁は五十年の間、ひたすらに東を向き続けてきた。帝都の椅子取りゲームなどには興味も示さず、ただ領土の拡大と武勇の研鑽にのみ心血を注いできたはず。それがなぜ、今になって西へ回帰するなんて……」


「理由など後からいくらでも付けられる。重要なのは、奴が本気だということだ」


 マクシリアは卓上の広大な地図を指先でなぞった。その指が極東から帝都へと最短距離で引かれた、赤く太い進軍経路をなぞる。


 その線は、何の慈悲もなくプロイドと、私が今朝までいたあの街、リューベンのど真ん中を貫いていた。


「恐らく近々、ユーリクは進軍経路にある国々に対して軍事通行権という名の服属要求を送ってくるだろう。そこで、フィラーネ、ジャライカ。お前たちの意見を聞かせて欲しい」

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