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フィラーネ様は愛嬌が足らない!④

 グエルが一歩踏み出す。エリカの指が平民の服の下に隠した短剣の柄に掛かったのを私は気配で察した。


「エリカ、待って。手は出さないで」


「でも、フィラーネ様! こいつら、明らかにカタギの用心棒じゃありませんよ!」


「分かっているわ……」


 私はエリカの腕を制し、私の前に立ちはだかるグエルを見据えた。


「お初にお目に掛かります、フィラーネ総督。今日はどの様な御用で、この市場に来たのですか?」


「ただ買物に来ただけです。リューベンの民の一人として」


「はははつ! 『リューベンの民の一人』だと? 笑わせてくれる!」


 グエルは腹を抱えて笑い、次の瞬間、氷のように冷たい視線を私に叩きつけた。


「イチゴを食って俺たちの仲間になったつもりか? 北部に火を放ち、この国をプロイドの属領に突き落とした張本人が、よくもまあそんな白々しい台詞を……。あんたは民じゃない。俺たちの日常を、尊厳を、そして、この国の正当な主(ドロシア)を奪い取った『侵略者』だ!」


 周囲の民衆から、しんと静まり返った空気の中に、同意の混じった殺気が滲み出す。エリカが「……っ!」と一歩前に出ようとするのを、私は強く制した。


「……ええ、その通りよ、グエル元大尉」


 エリカだけを連れて来たのが裏目に出たわね。私のことを恨んでいる人間なんて、この国にごまんといると言うのに。  


 もし、この男が後先考えずに私の殺害を決意すれば、簡単に成し遂げてしまうだろう。


 私は震える指先を隠すように、エリカから借りた大きな袖をぎゅっと握りしめた。


「私が北部に下した焦土作戦の命令で、多くの家が焼かれ、多くの命が失われた。この国を戦火に包み、勝者としてここに立っている事実は、どんなに服を着替えても、どれだけイチゴを美味しいと称賛しても消えない。貴方たちにとって、私は憎むべき侵略者以外の何者でもないわ」


「分かっているなら今すぐ消えろ。その汚れた金で買ったイチゴごと、総督府へ引きこもっていろ!」


 グエルの怒号。しかし私は逃げない。私は彼を含め、敵意の視線を向ける群衆も見据えた。


「拒絶されるのは覚悟の上よ。嫌悪も、罵倒も、すべて私が背負うべき対価だわ。……でもね、これだけは言わせて」


 私は一呼吸置き、静かに、けれど市場の隅々まで届くような毅然とした声で語りかけた。


「私がこの地で総督の椅子に座っているのは、プロイドの利益のためだけじゃない。これ以上、この国の人間が飢えず、凍えず、不当な略奪に怯えることのない日常を護る責任があるからよ。貴方たちが私をどれだけ憎んでも構わない。けれど、私がこの国の未来を繋ぎ止めている事実は、誰にも邪魔させない」


 そうよ、リューベン支配を目論んだのも、アニスの介入があったとはいえ、北部の焦土作戦を提案したのも私。それは否定しない、その非道を誰かのせいにするつもりも無い。


 だけど。だからこそ。私はこの国を投げ出すわけには行かない。戦火を広げ、多くのものを奪った私が、今さら『知りません』、『仕方がなかった』と背を向けて逃げ出すことこそが、死んでいった者たちへの最大の冒涜であり、そんな下種(ゲス)に、私は成り下がりたくない。


「……反吐が出る。自らの手を汚した自覚がありながら、厚顔無恥にも善人面でこの街を歩くというのか」


「善人面なんてしていないわ。私は貴方たちが私を一生許さないであろうことを前提に、それでも職務を全うすると言っているの。それでも納得できないと言うのなら」


 私は一歩、さらにグエルの方へと歩み寄った。エリカが小さく息を呑むのが聞こえたが、構わず彼の眼前に立ち、その濁った瞳を正面から見据え、そして頭を指差す。


「その手に持つ得物で、私の頭を砕けばいい」


 市場の喧騒が、嘘のように消え失せた。跪き、首を差し出した私を、グエルは呆然と見下ろしている。エリカが背後で「フィラーネ様!?」と叫び、駆け寄ろうとする気配がしたが、私は片手でそれを制した。


「……何だと?」


「言った通りよ。納得がいかないのなら、今この場で私を殺しなさい。私は無抵抗でそれを受け入れるわ。……ただし。私を殺した後に起こる混乱の責任は、貴方が取りなさいよ」


「っ……貴様……!」


 グエルが握る鉄パイプが、小刻みに震えている。怒りか、それとも困惑か。私は構わず言葉を続ける。


「こっちだって、命張ってんのよ。さぁ、周りの貴方たちそう! 私に恨みがあるなら、今この場で晴らすと良いわ! それで、少しでも気分が晴れたなら」


 私は跪き、大声で叫ぶ。


「どうか、今は一致団結してリューベン復興に力を貸してほしい! そしてその後は、二度と他国に蹂躙されない強い国を自分たちの手で作り上げて欲しい! そのための踏み台に、私という存在を使い潰してしまっても構わない!」


 叫んだ私の喉はひりつき、肩は激しく上下した。  跪き、首を晒したままの私をグエルは射抜くような視線で見下ろしている。握りしめられた鉄パイプが、ギチ、と嫌な音を立てた。一秒が、永遠のように長く感じられた。


「…………ふん」


 不意に、鼻を鳴らす音が聞こえた。グエルは、今にも振り下ろされそうだった鉄パイプを、乱暴に肩へと担ぎ直した。


「……狂ってやがる。マクシリアの飼い犬が、これほどまでに往生際が悪く、図太い神経をしていたとはな。帰るぞ、興ざめだ」


 彼はそれだけ言うと、仲間の男たちを促し、雑踏の中へと消えていった。張り詰めていた空気が一気に解け、代わりにざわざわとした、困惑と驚きが混じった囁き声が市場を包み込む。


「……フィラーネ様!」


 エリカが駆け寄り、私の肩を力強く支えた。彼女の手の震えで、どれほどの無茶をしたのかを今さらながらに実感する。


「……愛嬌どころか、命の投げ売りになってしまったわね」


 私はエリカの腕を借りて、震える膝をどうにか押し止めて立ち上がった。エリカの顔は真っ青で、いつもは朗らかな彼女が、今は泣き出しそうなほど険しい表情をしている。


「もう、笑えませんよ。本当に、心臓が止まるかと思いました」


 エリカの低い声。彼女の武人としての誇り、そして私を護るという使命感を危うく無下にしてしまうところだった。私は「ごめんなさい」と小さく呟き、大きなチュニックの袖で額の汗を拭った。


 ふと、視線を感じて顔を上げた。そこには、遠巻きに私たちを眺めている市場の人々がいた。先ほどまでのような一方的な憎悪ではない。そこにあるのは、困惑と、ほんの少しの毒気を抜かれたような眼差しだった。


「……おい、アンタら。ちょっと、こっち来な」

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