フィラーネ様は愛嬌が足らない!②
「……はぁ? にんち? あいきょう?」
あまりに政治の場にそぐわない単語が飛び出し、私は毒気を抜かれてポカンとしてしまった。
「そう、認知、それに愛嬌! いいですかフィラーネ様、民衆ってのは現金な生き物なんです。お腹減った時に食べさせて貰ったら、無条件に感謝しますが、お腹がいっぱいになれば、今度は別のことであれこれ文句を言い、その一つに指導者個人の好き嫌い、好感度が入ってくるんですよ。なのに今のフィラーネ様ときたら、視察に行けば背筋をピンと伸ばして、難しい顔で書類と地面ばっかり見てるでしょう? あれじゃあ街の人から見れば、『プロイドから送られてきた、冷徹で血の通ってない高性能な執務人形』にしか見えなくて、好感度なんて上がりませんって!」
「に、人形……っ。私は、彼らのために最善を尽くしているわ! 予算だって、彼らの自立を第一に……」
「そんな事、おそばにいる私なら分かりますし、私の中でのフィラーネ様支持率は300%超えです! でも、一般の皆さんはそうじゃない。一生懸命書いた完璧な報告書や予算案じゃなくて、フィラーネ様が『今日のご飯は何かしら?』ってちょっと鼻歌交じりに歩いてる姿とか、『あら、この果物美味しそうね』って目を輝かせてる姿とか、そういう『あ、この人も私たちと同じ人間なんだぁ』って思える隙を見たいんですよ!」
エリカは身振りを交えて熱弁を振るい、最後には私の机の上のティーポットから勝手に紅茶を注いで、ズズッ、と行儀悪く喉を鳴らした。
「つまり、話をまとめますと。今のフィラーネ様に必要なのは、完璧な政務ではなく、民衆と直に触れ合うアピール活動なのです!」
そう、脈絡の無いことを言い切るエリカに、私は呆れかえる……、とは一概に言えない………。
思い返して見ると、エリカの言い分にも一理あるかも知れない。帝都政権時代からプロイド公国の宰相時代まで、私は裏方での事務仕事ばかり精をだし、市井の暮らしなんて報告書の数字を通して把握するだけで、直に見たことは殆どない。
マクシリアにしても忙しい政務の合間に良く市中へ視察に出ては、飛び込みで平民の酒盛りに参加したり、子供の遊びに交じったりして、私は呆れていたもんだが、あの男個人の熱烈な人気はそういった行動によって生まれていたのかもしれない。
思えばあの男がプロイドの民から熱狂的に支持されているのは、公平な統治の結果だけではない。マクシリアは「自分がどう見られるか」という演出において、天才的なセンスを持っている。
それに引き換え私はどうだ。正しい予算を組み、最短の復興計画を立てれば、民は自ずと付いてくると信じて疑わなかった。だが、それは統治の骨組みであって、そこに血を通わせる努力を、私は事務作業の山の中に置き去りにしていたのかもしれない。
「……確かに、私は彼らの『顔』を直に見ていなかったわね。報告書の数字が改善すれば、それで救えているのだと思い込んでいたわ」
私がポツリと漏らすとエリカは待ってましたと言わんばかりに、キラリと目を輝かせる。
「そうですよ! 数字は裏切りませんが、人は理屈じゃ動かないんです。フィラーネ様が一生懸命働いているその『熱』を、直接街の空気に伝導させなきゃ! というわけで……」
エリカは私の執務机に回り込み、羽織っていた総督の重厚な上着をひょいと脱がせにかかった。
「ちょ、ちょっと! 何をするのよ!」
「お着替えです! そんな金糸の刺繍が入った立派な服じゃ、街のおばちゃんも緊張しちゃいます。もっとこう、春の街角に溶け込むような、親しみやすい格好に着替えましょう。私の予備の私服を貸してあげますから!」
「……貴女の服? サイズが合うわけないでしょう。私は貴女みたいに大きくないわよ」
「あはは! そんなの丈は詰めればいいんです。ほら、まずはその眉間のシワを伸ばして! これから行くのは戦場じゃなくて市場なんですから! あと私、出店の串肉も食べたいです!」
強引に腕を引かれ、私は呆れ半分、諦め半分で席を立った。
マクシリア。貴方がこの「裏表のない嵐」のような娘を私に付けたのは、こうして私が自分の殻に閉じこもるのを防ぐためだったというの? だとしたら、本当に、どこまでも私の先を読んでいるようで癪でたまらない。
「わかったわよ。ただし、串肉は十本までね」
「フィラーネ様の太っ腹ぁ! そういうところ大好きですよ! じゃあ、さっそく行きましょう!」
私は執務室の机に残された山のような書類を一度だけ振り返り、それから観念してエリカが導く春の陽光の中へと足を踏み出しす。
あまりにも騒々しく、けれど不思議と悪くない春の午後の始まりだった。




