フィラーネ様は愛嬌が足らない!①
リューベン先王の病死で始まり、ドロシアの死とボルン王子の降伏で終わった『リューベン騒乱』から四か月。厳しい冬は終わり、春の暖かい日が多くなった昨今。
私はリューベン総督という新しい役職を与えられ、政務に向き合う毎日を送っている。
正直、四か月前の私はこの席に着くとは思ってなかった。なんせ私はプロイド古参家臣団から見れば外部から来た新参者だし、宰相という名前だけ立派な肩書も、実際はマクシリアの相談役に過ぎなかったし、なによりもそのマクシリア本人を殴るという、普通に大逆を犯していたからだ。
特に最後のはやはりというか当然というか、私の処遇を巡って家臣団内で論議が巻き起こり、総督指名など以ての外で、国外追放処分や死刑処分が望ましいという至極真っ当な声すら上がっていたらしい。
だがそれらの意見はマクシリアと、そして外務務大臣ホフマンの二人によってねじ伏せられ、私のリューベン総督が決定した。
まぁ、ホフマンが私を推薦したのは、恐らくマクシリアと私を引き離す為だろう。つまりは栄転に見せかけた左遷。が、私にとっては渡りに船だった。
大分私の心の整理もついたが、どうもマクシリアとはギクシャクした関係が続いている。実際、この四か月に交わした言葉は、総督就任式の儀礼式なものだけで、私的な会話は一切無い。
それどころか、あの日以来私は彼の顔をまともに見ることすら避けていた。
手紙のやり取りもすべて公的な報告書。語尾に至るまで、感情を削ぎ落とした事務的な文体で統一している。彼から届く返信もまた、私の要望をすべて飲み込んだ完璧すぎて可愛げのない許可証ばかり。
……だが、今はそれでいい。総督としての仕事は捗るし、何よりも気分が紛れる。
そんな事を考えていると、誰かが執務室の扉をノックしてくる。
「失礼します! 今月の調査報告書、お持ちしました!」
元気よく入室してくるやたら長身で、がっしりした体格の彼女の名はエリカ・ハースト。私の総督就任にあたり、マクシリアの元から派遣されてきた秘書官兼連絡係、兼恐らく監視係である。
最初、あの男の部下なのだからどんなくせ者かと思ったが、なんの事は無い。彼女は裏表という概念を母親の胎内に置いてきたのではないかと思うほど、竹を割ったような天真爛漫さを地で行く娘だった。
「フィラーネ様! 今日も一段と書類の山が険しいですね! これ、片っ端から私がスタンプ押しちゃいましょうか?」
「冗談でもそんなこと言わないで、エリカ。内容も確認せずに承認するわけにいかないでしょう」
エリカは悪びれる様子もなく『あはは、そうですか!』と、ガハハと豪快に笑いながら、重たい報告書の束を机にドンと置いた。
まったく、この娘を見ていると自分が悩んでいるのがバカバカしく思えてくるわね……。
と、そんな事より仕事仕事。私はエリカが持ってきた調査報告書に目を通し、そして顔をしかめる。
「何か悪い事でも書いてるんですか? そんな芋虫を噛み潰したような顔をして」
「苦虫よ、それ。書いてある数字は悪くないわよ」
そう、書いてある数字は悪くない。私が指示した焦土作戦により甚大な被害を受けた北部の復興の進捗は予定通りで、戦火を免れた南部での経済活動は騒乱前の水準に戻っている。
税収も、貴族領主の領地を接収、私が送った官僚団から直接総督府に送付されるため潤沢。それを道路の舗装や孤児院の設立、さらには新たな灌漑事業へと回せてる。
プロイド軍の協力もあり、治安も回復傾向。新生リューベン軍も再建中だから、いずれ彼らにも治安活動に参加してもらえばさらに良くなるだろう。
私の差配が間違ってないのは、この数字が証明している。それなのに、どうして。
エリカがヌッと横から報告書を覗き見る。
「あちゃー、総督府に対する支持率。前月割っちゃってますね」
「……そう、それも三割近くね。過去最高の低下率よ」
私は報告書の一点を指先で強く叩いた。北部の腹を満たし、南部の商いを活発にさせ、街に灯りを戻した。為政者としてこれ以上の正解があるだろうか。それなのに、支持率は最初の一ヶ月の上昇傾向からの、ずっと低空飛行状態。
「どう考えても騒乱前以上の生活水準を与えてるのに。ほんとに、分からない!」
「うーん、分からない、ですか。私は何となく分かるけどなぁ」
「!? ちょっとそれ知ってるなら教えなさいよ!」
私はエリカの肩を掴み、前後に揺さぶるって脅す(身体デカくて全然動かんが……)
「え? え? え? い、言って良いんですか? 普通に失礼なこと言いますけど、怒ったりしませんか!?」
「こっちは、この件で本気で悩んでるの! 逆に勿体ぶらずに言いわないと怒るわよ!」
「そ、そこまで言うのなら、言いますよ。言ってやらァ!」
エリカは私の手を優しく払い除け、咳払いする。
「民衆の支持率が低い原因は、フィラーネ様本人にあると私は思います」
「わ、私に。それっていったい……!」
「それは……」
「それは!」
エリカは人差し指を私の鼻先に突きつけ、堂々と言い放った。
「それはですね! フィラーネ様という人柄の圧倒的な認知不足と、愛嬌不足です!」




