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 〈4〉



 とても立派とは言えない大学の門へと再び相まみえる信濃。

 夕方に見た、夕焼け混じったオレンジ色のキャンパスとは打って変わって、街灯がコンクリートを転々と照らしている光景はいつもの雰囲気と違って見えた。

 暗くなっていても駐車場にはいくつもの車が変わらずに留まっている。

 風太郎はあの炬燵に飲み込まれる瞬間、「大学で落ち合おう」と言ったが、信濃がいくら待てども待てども、この正門に近づいてくる人影はどこにもなかった。

 こうなったら、信濃は校舎内を彷徨いながら、どこかにいる風太郎を探さねばならない。

 信濃は眉をひそめて、寄った皮膚を摘まんで思考する。

 正門から出ていく人から向けられる視線を気にもせず、信濃は次にどう行動すればいいかを考える。

 その結果、〝とりあえず歩きながら考えた方が効率がよい〟という結論に至った。

 遠くに光り輝くサッカー場や野球場が見える中、あちこちに佇む学部ごとの校舎をジッと一瞥しては、〝風太郎が理系キャンパスに居座る訳がない〟という逆説的な信頼をもとにして、ここにいないと見切りをつけてゆく。

 そして、可能性は低いけれど一縷の望みをかけて、学生食堂を一瞬だけ覗いては通り過ぎ、武道場やトレーニング施設、第一、第二、第三体育館も「見逃していたら二度手間過ぎる」という思考からか、やはり一瞬だけ覗いてはすぐに通り過ぎていく。

 〝大学キャンパスは広い〟ということを頭の中では理解しているけれど、実際にあてどなく歩き回ると実感を伴って理解させられる、と思いながら信濃は肩で風を切りながらグングン歩みを進めていく。

 キャンパスの闇を切り裂くように闊歩する。

 やはり、風太郎は民俗学科の生徒であるが故に、学科が入っている人文社会系の棟にいるのだろうか。

 とりあえず行動したことで、徐々に何処へ行けばいいかが絞れてきた感覚を噛みしめながら、信濃は方向を見定める。

 弓道場とプールの間に挟まる道路を抜け、遠くに見える学生宿舎の明かりに人間の営みを感じながら、信濃は目的の棟へとたどり着いた。

 パッと見ても電気が点いている教室があまりないので、全体的に暗い雰囲気を纏っている。辺りに建物が無く、と同時に街灯が少ないのも相まって、魔物の住んでいる住処に見えなくもない。

 信濃はグッと肩に力を入れて気合を入れなおす。

 そして、透明な自動ドアをくぐり、いよいよ中へ這入る。

 棟内に這入ってみても、階段やまだ人がいるらしい教室から漏れる明かり以外ほとんどなく、外観を見て感じた通り、無機質で暗い空間が広がっている。

 暗闇の中に自販機のボタンの明かりだけが浮いて見えたり、火災報知器の場所を知らせる赤いランプが暗闇に浮かんでいるのを見ると、怖いとは思いつつも、冷静に見るとその情景に少しロマンを感じるのは、信濃龍城が男だからなのかは分からないけれど、そのちょっとしたワクワク感が、湧き出る恐怖感を大分と中和してくれていた。

「〝大学で落ち合おう〟って言ってたけどよぅ……具体的な場所が分かんなきゃ逢えないだろうがよぅ」

 小声で愚痴りながらも校内を散策する信濃龍城。

 一階の廊下を歩いてみたけれど、風太郎がいそうな気配はなかったので、さっき見かけた階段を上る。

 階段だけはちゃんと明かりが点いているはずなのに、周りとのコントラストのせいか余計に雰囲気が出ていた。

 そして、再び暗い廊下へと出る。一階よりも明かりが少なくて、怖さは増していた。

 信濃の頭の中に突如として『おばけなんてないさ』の歌が浮かんで、思わず大声で歌ったろうかという衝動が高まる中、そういや電話すればいいじゃねえか! とすっかり頭から抜けていた当たり前を思い出した。

 すぐさまスマホを取り出し、風太郎へと発信――プルル。


 プルルルル……プルルルル……プルルルル。


「バァ!」


 ビクッ、ビクンッ!?

 信濃龍城は、突然背後から浴びせられた大声に何の心構えもできていなかった(できないのも当たり前だが)ため、声にならない声が漏れて、肩がありえないほどに跳ね上がった。

 肩だけでなく、全身が跳び箱のロイター板みたく跳ね上がり、その反動で前方に飛び上がった後、半回転しながら尻餅をつく。

「いってえぇ!」

「……ごめん。そんなに驚くとは思わなカタヨ」

「ごめんで済むかよぉ……ったくよ……」

 信濃はぼそぼそと愚痴を吐きながら、ポンポンとズボンに付いた埃を払って立ち上がる。

「ていうか、なんで電話でないんだよ!」

「え、だってお前ん家に置いてったから」

「……その場合は、まぁ、仕方ねえか」

「そうでしょう?」

「でも、それで脅かしていい理由にはならなんじゃあないですかねぇ!?」

 ぎろりと鋭い視線が風太郎を刺す。

「許してくれよぉ」

「……まぁ、今日だけは許してやるけど、明日は無いぜ」

「ありがてぇ、ありがてぇ」


「風太郎君、良かった。会えたんだね」


 手を合わせて信濃を拝む風太郎の後ろから女の子の声が一つ。

「あぁ、佐藤さん……会えましたよぉ」

「え、佐藤だ。なんでおるんじゃい?」

 佐藤と呼ばれた彼女は、部屋の明かりで逆光になっていて、スポーティーな服装をしたシルエットが浮き立っていた。

 金髪のボブカットを揺らす彼女は、どうやら前から信濃龍城と面識があるらしかった。

「あれ? 龍城(たつき)じゃん! 風太郎君が探してたのって龍城だったんだ!」

「いや待て、今はそんなことよりもだ。佐藤……あの炬燵は一体なんだっていうんだよ!?」

「あーあれね。ごめんごめん、ちょっと手違っちゃって!」

 佐藤はてへっと舌を出した。どうにか愛嬌で誤魔化そうとしているらしい。

 フレンドリーな対応をする佐藤と信濃を目の前にして、風太郎密かに生まれていた「希望」が地に落ちていくのを感じるのだった。

「ここ死ぬほど寒いからぁ、早く部屋に戻ろうにゃあ」

「賛成~!」

「まだ心臓がどきどきしてるから、寒いのか分からんけどまぁ入らせてもらうか」

 三人がすぐそこにある教室へと足を踏み入れると、


「あ、戻ってきた~」

「いぅぇ、お、男の人ぉ、また増えたぁ……」


 温かい照明に照らされた教室の真ん中で、炬燵に入りぬくぬくと暖を取っているの女子が二人、それぞれからお出迎えを受けた。

 風太郎は佐藤に二人が一年生である事を教えてもらっていたので、信濃にも教えておくことにした。名前はまだ教えてもらっていない。……名前、教えてもらってないな。

 風太郎は今更になって、佐藤の教えてくれる順序が変なことに気が付いた。

「あー、五人だと炬燵に入りきらないかぁ」

 佐藤が炬燵を見てそう言った。

「塩見さん……長机のおこたぁ、出してあげたほうが、いいかも……」

「えぇ……! 疏三(そみ)ちゃん……まさか私一人であんなに重い炬燵出せって言うのー?」

「そんな我儘言わないよぉ、私も手伝うよぉ」

 炬燵に入っていた女子二人は立ち上がり、せっせこせっせこ動きながら四人用の炬燵をどかして、長机の炬燵に置き換えていく。

 風太郎は疏三(そみ)という名前に聞き覚えがあったような気がしたけれど、どれだけ思い出そうとしてもよく思い出せなかったので、サラサラと砂のように興味が薄れていってしまった。

「なんだか悪いな……」

 ただ椅子に座ってその光景を見ていた風太郎は、申し訳なさそうな表情で呟いた。

「いーや、悪くないね! 俺たちゃ佐藤たちのせいというか、この女子らに巻き込まれたせいでこうなってるんだからよ」

「まぁそれもそうだけどねぇ……。それにしても〝炬燵研究サークル〟の『暖々おこた』ねぇ……。申し訳ないけど佐藤さん達から話を聞くまで存じ上げなかったよ」

 無数に存在するサークルに対して接点を持つ、というのは以外と難しいという現実を目の当たりにして、今自分達がやっている活動の壮大さが身に沁みる。

 この会話を聞いていたのか佐藤が口を開いた。

「あんたら、色んなサークルを調査して記録しようとしてるんでしょ?」

「おう、そうじゃよ」


「それってさ……何が楽しいの?」


 その言葉は鋭かった。

 たとえ、〝どういう考えで活動したって自由〟なのだから、一意に定めるのはナンセンスな気はするけれど、それでもその言葉を聞いて迷いなく言える「答え」があるかと言えば、それは怪しいというのが信濃と風太郎の共通した感覚だった。

 「蒐集」を楽しいと思えるかどうかの違いもあるのかもしれない。

「うーん、その質問は何とも言えないにゃあ……じゃあ参考に聞くけれども、佐藤さんはどうしてこのサークルを?」

「そりゃあ、私がこの世界で一番「炬燵」を愛しているからこのサークルを作ったわけで、それ以外の理由なんかいらないでしょ」

 まるで愚問だわ……みたいな口調に感じるほどの自信でそう言われたのなら、それはもう頷くしかなかった。

「それならば俺たちも同じ理由だって言えるだろう」

 信濃が毅然とそう言った。

「同じぃ? 私のこの炬燵愛に匹敵するって言いたいわけ?」

「え、あ、いやそんな凄まれても……ふ、風太郎もそう思うよな? やっぱ俺たちも『愛』……あるよな?」

 狼狽えながら風太郎に助け舟を求める信濃。

「まぁ、あるけど……炬燵愛にはかなわないですわ。やっぱり」

「(おい、風太郎!)」

「ふん、やっぱりそうだよねー! それに比べて龍城ときたら本当に……はぁ、もう一度私の炬燵愛を叩きこんでやらないとだめだね」

 まるで死刑執行が決定した瞬間みたいな絶望を浮かべて、信濃はガックシと肩を落とした。

「皆さん……炬燵温まってきたので、その、どうぞ」

 申し訳なさそうな声で疏三さんが呼びかけてくれた。それを皮切りに遠慮なく炬燵へと入っていく面々一同。

 じわじわと足先を暖めてくる炬燵の暖かさは、信濃の家にあったものと違って、清涼感と暖温加減が絶妙で素晴らしかった。

 やはり、本家本元の「良い炬燵」は、心地よさが比べ物にならないということと、日々改良を重ねているのだろう、という企業努力をその身で感じることができた。

 急須で入れたお茶を配給され、ミカンが入った籠が二つ置かれた。その完璧な布陣を目の前にして、風太郎と信濃は極上の茶室に招かれた武将の気分になった。

「そんじゃあ、今回の〝事件〟に対する言い訳を聞かせてもらおうか!」

 ひとまずお茶とみかんをもって落ち着いたあとに放った信濃の第一声。やはり毅然とした態度で意気揚々と突き付ける信濃龍城。


「それはこのサークルのリーダーである私が説明するわ!」


 佐藤が自信満々に手を挙げて説明を始めた。

「今回のこの件に関してましてはですね……まず、なぜこのようなことが起きたのか、ということを細かく説明するところから始めなくてはなりません。元々研究していた炬燵や普通の炬燵、サンプルとしてストックしてある炬燵など、周りを見てもらえれば分かる通り……」


 そんな感じで、滔々といかにして炬燵を作り、そしてそのストックがあるのかを語り、やがて熱を帯びるように口の回転数が上がってゆき……。


「――であるからして、人間の感情により生まれた空間の歪みと宇宙における次元トンネルの発想を」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ、結論だけを言うとさ。どういう事なのよ」

 他の人の為にも割って入り、話の整理を促す風太郎。

 その誘導に素直に従って佐藤は話をまとめ始める。


「――要はつまり、こっちの手違いで特殊な炬燵を龍城に渡してしまって、あろうことかそれを忘れて「炬燵転移機能」を起動して、それで、そのまま知らず知らずに風太郎くんを引っ張ってしまった……というこっちの大きな過失です」


「やっぱりそうやろがい!」

 信濃はそう叫んだ。

「なので、はい、お二人ともすみませんでした……」

 深々と頭を下げたので、炬燵に隠れて消えてしまった佐藤。

「謝ってくれたんならもうそれでチャラ! これ以上責めるつもりはないさ! なぁ風太郎」

「うん。そんで、帰り用のトンネルを作ってくれるのならそれで帰るんでね、俺たち」


「……あ! え、待って! やっっばいことしたかも」


 突如として慌てだした信濃。

「え、なにさ、なにさ」

「俺、家出る時、炬燵の電源を消したわ……どうしよう帰れないわ」

「へー、お前ってやっぱり真面目なやっちゃなぁ」

「……怒られないの? 俺」

「もうそんなことどうでもいい。普通にお腹空いたからラーメン食いたい」

 そんな話の輪にショルダータックルで入ってきた塩見さんが、

「え! それ良いじゃん! 行こう行こー!」

 と上機嫌で言った。

 段々と性格を理解してきたのだが、塩見さんはギャルだ――グイグイくるタイプが苦手な風太郎はそう確信した。

「んじゃあ、この五人で行くかー! ラーメン!」

「それ良いね! 炬燵で暖を取るのが至高な行為ではあるけれど、冬の寒い中でありつくラーメンを胃に入れたときのあの多幸感は、炬燵に匹敵すると言ってもいい……。私も賛成だわ」

 相変わらずの炬燵愛を語りながらだったが賛成する佐藤。

「……あ、あの、わ、私はここに残るぅので、皆様で――」

「変な縁だけど、同じ鍋を突くことで仲が深まるってもんだよねー!」

 ラーメンなので同じものは突かないけれど、発破をかけた本人なので一番ノリノリな様子の塩見。

「あ、あのぉ……」

「んじゃ決まりだな! いやー楽しみだなラーメン!」

「あら、疏三さん? どうかしたの?」

 何かを言いかけていた疏三に気づいた佐藤が話しかける。

「……」

 一同の視線が疏三へと降り注ぐ。

 疏三は一度俯いたあと、顔を上げて、

「な、なんでもないです、た、タノシミダナーラーメン」

 一度流れた川を塞き止めることは不可能に等しい。

 そんな自然界の厳しさに似たような情緒が疏三の中に浮かんだことを、ここにいる誰も知らない。

 その後は、皆そぞろそぞろと炬燵から出て、荷物を持って大学を後にするのだった。


 ―――………


 腹を満たし、心を満たした一同は、その後すぐに解散した。

 その間、一応、この五人でのチャットグループを作り、いつでも情報を収拾できる手段は確保した。

 アップデートを欠かさないのが優秀な情報屋である。

 餅は餅屋に、炬燵は炬燵研究サークルに。

 どんな些細なことだろうと、探せば専門家はいるのが分かったというのが今回の大きな収穫と言えるだろう。

 否、そう言わせてもらおうか。

 ……なぁ、信濃もそう思うだろう?

「糖質スパイク炸裂中のぼんやりした頭で、急な同意を求められてもよお……」

「というかさぁ。銭湯行きたくないか」

「はぁ? お前、それはさ……流石に、ナイスアイディア! よし、行こう!」

 メンバー二人というまだまだ少数のサークル活動ではあるけれど、地道に活動するのが彼らであり、その行く末はまだ誰も分からない。

 円環の中に蒐集を求める欲求は未だ留まるところを知らないのである。


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