〈2〉
「じゃあ、炬燵も温まったということで、サークル・イン・ザ・サークルの活動報告会を始めるかぁ……」
風太郎のやる気ない掛け声と共に会議の幕は開けた。
「一応、この前一緒に決めた口上も言ったほうがいいんでねぇの?」
「あぁ、新入のサークルメンバーが入った時用に決めたやつね……いや、別に今はいないしなぁ、めんどくさいから俺はパスして……じゃあ信濃龍城〝副リーダー〟からお願いしもーす」
「こういうのは予行練習が大事なんだーよ? ったく、んじゃあ俺から言いますわ。……こほん」
信濃龍城はわざとらしく髪を整える仕草をした。
そして、襟なんか付いていないのに架空の襟を正して、ネクタイなんか巻いていないのに架空のネクタイを締める仕草をして身を正す。
炬燵から足を抜いて立ち上がり、架空のスタンドマイクの高さを調節し、大手を広げて高らかに宣言する。
「我が『サークル・イン・ザ・サークル』は、他のサークルの調査と活動内容の蒐集を目的としています。そして、その人脈や情報を活用し、困ったときや助けが必要な人がいたら互いに協力し合える関係を作り合えるのが理想なのです!」
「おぉ」
パチパチと一人分の拍手。
「んなもんか」
「いやー上出来だねぇ」
「人にやらせておいて上から目線よの……」
パチパチ、パチパチ! パチパチ!! パチパチ!!!
「拍手を増やせっていう話じゃあないわい!」
ひとくだりが落ち着いて。
「口上を聞いて思ったんだけどさぁ……」
風太郎が神妙な面持ちで口を開いた。
「なにさあね」
「わんちゃん、大学からの公認貰える可能性ないかぁ?」
「風太郎はん、あっし的にですな? そいつはかなり無理筋な話にしか聞こえないですぜい」
「えぇ……無いっすかねぇ信濃殿ぉ」
「実績と人数次第だな!」
「よし、それならその内の一つ、「実績」ってやつを今、振り返ろうじゃないかぁ」
「乗った! そんじゃあ俺からいかせてもらおう」
先陣を切った信濃龍城は、口頭でつらつらと「実績」を話していく。
「過去を振り返ると、俺達が調査したサークル団体のうち、俺が記録担当だったのは『死に戻り研究会』と『タコの塩茹で呪術会合』、あと『睡眠時浮遊病研究サークル』だな。調査の詳細については、まずお互いの目次を開示してからにしよう」
そう言って、信濃は風太郎に架空のマイクを手渡した。一応それに倣って受け取る仕草をする風太郎。
「おーけー。んじゃあこっちの調査報告ねー。俺が記録担当だったのは数あるサークル活動の中でもかなりのメンバー数を有している有名サークル、『オカルトサークル』。それとどこから知ったのか『テニスサークル』が向こうからコンタクトをとってきたね」
「テニスサークル、なんて一括りに言っているけど、俺たちが調査したのは『爆弾テニスサークル』とかいう危なっかしい集団じゃんか……」
「まぁ、でも「テニス」って付いてるし、何故かは分からないけど『公認』貰ってるからなぁ」
大学のサークル活動には、「公認サークル」と「非公認サークル」の二種類がある。大学からの公認を貰うには〝ある程度の実績〟と〝一定以上のメンバー数〟が必要となる。公認を貰えると、学校の設備などを使えたり、補助金が貰えたりするところもある。
「いや、それなぁ……なんでなんだろうなぁ……。うちももっと沢山サークルメンバーがいれば、あわよくば公認取れるだろうし、人海戦術的な立ち回りをしてもっと実績を増やせるのになぁ……うーん、めんどくさいにゃあ」
「まぁ、今はサークルメンバー集めよりも、実績を積み上げる方が大事なんじゃないか?」
「同意~」
腑抜けたギャルみたいな言い方をする風太郎。
「……んじゃあ目次が出そろったところで、詳細を振り返りながら情報をまとめせうよ~!」
信濃が風太郎のギャル口調を上手く踏襲しようとして、ちぐはぐな古風ギャルになってしまった事について、特に何の羞恥も反省も無いまま、少し残った変な空気を横目に次へと進むのだった。
――――………
それはそれはもう、熾烈な体験談の振り返り合戦が繰り広げられた。
――「塩茹でされたタコが巨大化してサークルメンバーに襲い掛かってきた時は、本当に死ぬかと思ったぜ……」「あぁそうだったぁ……もう思い出したくもない。SAN値が下がるというのはああいう気分なんだって初めて知った。もう二度とごめんだねぇ」
――「『オカルトサークル』は一つの大きな組織じゃなくて、細かい分野ごとに派閥があるのが興味深かったというか、めんどくさかったというかぁ……」「あっちに行っても、こっちに行っても、この妖怪が! この幽霊が! って、それがどのぐらい凄いのかを一時間ほど延々と聞かされたのが苦行すぎたな」
などなどと。
そして、そんな振り返り会の最後は、地味でめんどくさい「資料として見れる形に整形する」作業へと移ることとなる。
炬燵の上で向かい合って開かれた二台のノートパソコン。
テレビの無いテレビ台に置かれたマーシャルのスピーカーから、カフェで流れていそうなラテンジャズがランダム再生されている。
風太郎は口には出さないも、部屋とBGMとが相まってまるで女を喰ってそうな空間だなぁ、と思いながらキーボードを打ち込んでいく。
足の裏に汗をかいては、足を外に出し、また冷えたら炬燵に逆戻りを繰り返して、上半身では資料を整えながら、下半身はサウナ的に整っていく。
「ふぃー……大体こんなもんでいいやぁ」
一足先に作業を終えた風太郎は、ググっと背伸びをしてそのままぱたりと横に倒れた。
風太郎の目線からは、ノートパソコンの前でうんうん言いながら作業している信濃が、炬燵テーブルに見切れてぼんやりと映る。
視界がぼやけてきて、まるでモザイクアートでも見ているような気分になって……。
――ギュンッ。
突如として、風太郎の目が見開いた。その勢いのままガッと立ち上がる。
急に立ち上がった風太郎を全くとして意に返さず作業に没頭する信濃。
信濃は思わなかったのである。まさか風太郎が〝唐突にリビングの電気を消す〟なんて。
カチッ。
「おい! 急に何すんだー!」
画面から伸びる光に照らされて、暗闇に顔面を浮かせる信濃がそう叫んだ。
「サカナクション」
「――いや、MacBookじゃないんだから、何にも浮かび上がらないだろ! というか、あの光るリンゴマークは2017年のMacBook Air以降、販売されてないからね! わざわざ中古で買わないとだからね!」
「知らん情報までありがとう。でも、うんそうだね。こっから見ても何にも浮かび上がってない。信濃の顔が幽霊みたいにぼんやり浮かんでいるだけで」
「じゃあ今すぐやめろ! 目が悪くなるわい!」
この思い付きの行動は、どう考えても風太郎が暇になったからであった。
そうやって暇を持て余した風太郎は再び炬燵に這入り込み、横たわってSNSのタイムラインをぼんやりとスワイプ――スワイプ――。
「俺の知り合いの話なんだが、いつもその体勢でスマホを見続けた結果、片一方の視力だけが終わってた。挙句、乱視になってたからガチで気を付けた方がいいと思うぜ」
「怖……いいや、もう目瞑ろ」
カタカタ、カチッ、ッターン!
エンターボタン押す音うるさいな……なんて思いながらも耳を傾ける風太郎。
エアコンが駆動する音、車が道路を走る音、遠くで線路の上を揺れる電車の音。
ずっとスマホの中に囚われている生活に慣れてしまったからだろうか。ブルーライトの光から離脱し、聴覚を通して、久しぶりに外の世界と繋がっているこの感覚が意外と好きだったりする。
「信濃」
目を瞑ったまま語りかける風太郎。
「なんじゃい」
「サークル部員増えるかね」
「……うーん」
信濃はキーボードから手を離し、座椅子の背もたれに体重を預けて腕を組む。
「風太郎はやっぱり増えてほしいかね」
「そりゃあ、そうだろう?」
「俺はまだ……二人のままでもいいかなあって思わなくもないかな」
「えぇ……きもぉ」
「そういう気持ちで言っちゃあねえよ! ただ、最初は二人で作り上げる楽しさみたいなのも大事にしたいっていうかよ、分かるだろ?」
「えぇ……えもぉ」
「反応の流用やめてね」
「……トゥンク、って言う方が面白かったか」
「反省するトコそこじゃないだろ」
お戯れもほどほどに。
まとめ作業へと戻り、加速度的に集中していく信濃龍城。
比べて、手持ち無沙汰のせいなのか炬燵の暖温マジックのせいなのか、睡魔を呼び起こしてうつらうつらと瞼を重くする下総風太郎。
その間、数回スマホを顔面に落としては驚異の反射神経で回避した挙句、意識する間もなく静かに入眠した。