〈1〉
サークル・イン・ザ・サークル。
そんな名前のサークルがあると聞いた時、どんなサークルだと予想するだろうか。
まず、スポーツをするサークルではないことは明確だろう。
文化的な活動かと言われれば……まぁ、考えようによってはその可能性も捨てきれないのがまどろっこしい昨今のサークル事情。
そんな、弱小サークル『サークル・イン・ザ・サークル』の総人数はおよそ、細かい人数を省いて考えて大体、大まかな概算してみた結果として――二人だった。
そんな弱小サークルは、今日もあてどなく周る。
二人でも円は作れるのである。
―――………
「風太郎、全員集合してこのサークル活動ができるってこったあよ……これは、マジで、偉いってことじゃあねえか?」
日も暮れてきて、冬に片足を突っ込んでいるこの季節であるからして、ひとたび太陽の光を失った途端ひどく冷え込む。
そんな中、お世辞にも立派とは言えない大学の正門を歩いて、大学校外へと抜けていく男が二人。
その片方、喋るごとに身振り手振りのアクションが大きな男、信濃龍城は馬鹿みたいに当たり前なことを主張した。
信濃のこの砕けた口調は、大学生の幾時分かはそのような口調で喋りたくなる時期があるのだから仕方がない、という見方もある。
「うーん……? でもメンバーが俺ら二人だけだから、その評価はちょっとおかしくないか? ……って思ったけど、いや、そうでもない、かもな。俺達って偉いのかもな……あぁ、偉い偉い」
信濃龍城に「風太郎」呼ばれた男、下総風太郎は、手を深くポケットに突っ込んだまま、視線だけを信濃に寄越してそう言った。
風太郎は大胆にも、信濃の言葉に対して真に受けるふりをし、めんどくさそうな態度をごまかすでもなく〝前面にだして〟、適当にあしらったのだった。
面倒と好奇心を行ったり来たりすることこそが、彼の標榜する人生の豊かな歩み方であり、それを達成するためには、何事もいとわないが故に飛び出すその「歯に衣着せぬその物言い」に、面白がって興味を持たれることも多かった。
その内の一人であるところの信濃は、そんな風太郎の言葉を聞いて喜々と表情をほころばせる。
「そうだよな! テンション上がってきたー! よし、ダッシュしよう! こんなくそ寒い中ちまちま歩いてたら、一生俺ん家着かない気ぃしてきたぜ」
信濃はその場で足踏みをした後、大層だるそうに歩いていた風太郎の周りをせせこましく回る。まるで散歩を切望して堪らない犬のように、ぐワンぐワンと回る周る。
「えぇ、歩いていくのぉ? それは流石にめんどくさいにゃあ……。というか、大学からお前の家まで徒歩で何分かかると思ってるんだぁ」
「んなもん考えている間に足動かして走ってたら着くだろうが! よし走るぞ!」
風太郎は、ハムストリングスを弾ませながら笑顔で風を切り走る自分自身を一人想像する。「うげぇ」と悶えながら苦い顔を浮かべて、確固たる意思において頑なに拒否をした。「嫌だ! 俺は絶対に走らない! たとえ事故の確率が高まるとしても電動キックボードに乗って、そんで行きかう人々の奇異な視線を浴びた方が千倍マシだ!」
「走ってりゃあ寒さなんか忘れて、運動も出来て、家にも着いて、『一石三鳥』っていうのにな……じゃあ、電車乗って帰るか」
「最初っからその考えしかなかったさ。はぁ、駅まで歩くのしんど」
―――………
電車内と外気温の差が激しすぎるのは、解決しようにもなかなか難しい事案だろうけど、ぜひ解決してほしいというのが大多数の意見だろう。
信濃龍城と下総風太郎が電車に乗った時間と、帰宅ラッシュの始まりとが重なったのが不幸と言うしかなかった。
辛うじて椅子に座れていた二人が、人間でスシ詰めになった隙間をどうにか、どうにか、かき分けて最寄り駅へと降り立つ。
「あっちいなー! 人の熱気ってただでさえじっとりしてるのに、そこに加えて暖房が掛け合わさったらもう、地獄すぎるだろう!」
「異論なし。同感だ……あぁ、外気が気持ちいいなぁ」
すっかり真っ暗になった夜空が、眩しくホームを照らすライトの逆光越しに広がっている。
肺から吐き出した温まった空気が、工場の白煙みたいに宙へと霧散する。
風太郎は襟の高いアウターに顔を半分埋めて、冷えを感じる前に手をポケットへと突っ込んで隠した。
二人はエスカレーターを上がってホームに別れを告げ、改札に財布をかざして通り抜ける。
すっかり街灯に照らされて、光と影がコントラストを描いている道の上を歩いていく。
途中、コンビニに寄って温かい飲み物をカイロ代わりにしながら、しばらく歩いてようやく信濃の住んでいるアパートへと着いた。
小さな川の近くにあるこの小綺麗なアパートは、間接照明がぽつぽつと灯り、壁面をオレンジ色のグラデーションに染めていた。
「あ、明日燃えるゴミだから出さないと」
「偉いな」
「偉いっつうか……当たり前じゃねえか?」
「お前の〝偉い〟の基準がもう俺にはわかんねぇのぉ」
そう言った後――俺がまだ実家暮らしだから分かんないだけかもな、と一人勝手に腑に落ちる風太郎だった。
二人は二階へと上がる階段を上り、その階の一番奥にある扉に鍵を差し込み、部屋へと入る。
玄関の電気を付けて靴を脱ぎ、リビングへと進む。
真っ暗なリビングに明かりを点けると、そこはシンプルな家具と家電が理路整然と置かれていて、まるでモデルハウスみたいな部屋が広がっていた。
特に何かが飾ってあるとかでもなく、味気ないと言っちゃ味気ないが、それ故に掃除が行き届いていることがよく分かる綺麗な部屋だった。
「あれ、この炬燵どうしたんだ?」
「んー? あぁ! それ、知り合いの子からもらったんで、俺が引き取ったよ! っつー話やな」
信濃は向こうの洗面台で手を洗いながら、でかい声で返事をよこしてきた。
「というか、風太郎も手ぇ洗えよ!? この時期あぶねえだろ、色々とよぉ」
荷物を置き、上着を脱いだので、いざ炬燵へと入ろうと炬燵布団をめくっていた風太郎は、大層めんどくさそうな表情を浮かべながら洗面台へと向かう。
「……めんどくせぇなぁ」
「まぁまぁ、この時期は体調崩しやすいって話だかんなぁ……用心するに越したことはない」
「……反論の余地がなさすぎる話だにゃあ」
人間の歴史というのは、世界を恐怖に陥れるウイルスとの戦いであったと言っても過言ではない。
抗う術は地道な手洗いうがいという、灯台下暗しではあったけれど子供の頃から言われていたことなんだよなぁ、と風太郎は泡をコネながら思うのだった。
「めんどくさい、なんて「邪」なこと言ってたらよぉ……お前さん「風太郎」じゃあなくて「風邪太郎」になっちまうぜ?」
「ぐぅまいごどいっでんじゃでえぞ(うまいこと言ってんじゃねえよ)」
「うがい中は喋るなって……鏡に飛ぶじゃろがい」
「ぺっ」びちゃ――「確かにね」
小さいタオルで口を拭き、リビングへと戻る信濃と風太郎。
そして、いの一番に炬燵布団を捲り、いざ炬燵へと入り込む風太郎。
その速度はめんどくさいをモットーにしている風太郎とは思えないほどの機敏さだった。
そして、炬燵布団から顔だけ出した生首風太郎は一言。
「寒いいぃぃ! 電源ついてないいいぃぃ!」
「当たり前じゃろうて。節電は大事だし、何かあって火事にでもなったら目も当てられない。炬燵くれた子も悲しむだろうし」
「分かった。分かったから早くつけてくれ……しぬぅ」
「あいあい、今付けたる」
信濃は炬燵布団の下に埋もれた電源スイッチを掘り起こし、電源を付けることにより炬燵に命を吹き込んだ。
電源が入り、「ぶおおん」という低音の起動音が布を挟んだ内側から小さく聞こえてくる。
そして、適度な設定温度で暖房も付ける。
暖房で手足はちょっと寒い程度の室温にして、炬燵の価値をぐぐんと高めると同時に、電気代の削減にも繋げられるという素晴らしい環境が完成した。
いや、完成〝する〟。まだ〝していない〟。
だってまだまだ全然温かくないよぉ、と眉間にしわを寄せながら耐える風太郎は、生首だけ出ているのも相まってかなり可笑しい見た目に仕上がっていた。
やはり寒さの前に人は無力である。