表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
1章 偽物聖女、龍を拾う。
7/45

1-7 毒花

(アリシアとどう合流しましょう)


 人ごみを抜け出したサフィーはふっと、そんなことを想った。

 元々、鉄砲玉のように飛び出していったサフィーである。後先のことまで考えていなかったのだ。


 彼女は宮殿に残っているのだろうか。だとしたら、彼を誘導して宮殿まで戻る必要がある。

 しかし、それはなるべく避けたい。この龍人は、わずかだが怪我をしているし、長距離を歩かせるのは気乗りしない。さらに言えば、すれ違いの可能性だってある。そうなれば、王宮に向かっても無駄足だ。

 だからといって、ここでずっと留まるわけにもいかず、どうしたものかとサフィーは考えた。

 

 すると、見覚えのある馬車がこちらに向かってきているのが見えた。緑がかった控え目な黒に金色の装飾が施された馬車は、サフィーの前にやってくるとぴたりと止まった。

 この馬車、サフィーが先ほど乗っていた馬車に違いない。


 すると、中から慌てた様子のアリシアが飛び出してきた。


「お嬢様、お嬢様っ、ご無事で」


 彼女は飛び出してくるや否や、サフィーを抱きしめた。どうやら、よっぽど心配をかけてしまったらしいとサフィーは苦笑いを零す。そうして、サフィーは彼女の背中に手を回し小さくはにかんだ。


「ええ、この通り、無事よ」


 サフィーが答えると、アリシアは「よかった」と小さくため息を零し、離れた。

 すると、彼女の瞳がサフィーの後ろへと向く。そこでアリシアははじめて龍人の存在を認識したようだった。彼女は、龍人の姿を見るなり目を見開いた。

 そういえば、この龍人を家に連れていくにはアリシアの容認が必須である。むしろ、なぜ今の今までそのことに気づかなかったのか不思議なくらいだった。


 サフィーは数度視線を彷徨わせた後、おずおず、と言った様子でアリシアに問いかける。


「アリシア、申し訳ないのだけれど家に置けないかしら」

「なりません」


 ぴしゃりと。隙がない答えだった。

 当然と言えば、当然だった。子猫や子犬を拾うのとは何もかもわけが違う。龍は人々にとって恐怖の対象にも等しい。サフィーが平気でも、一緒に屋根の下に暮らすアリシアを怯えさせてしまうのも気が引けた。

 そうなったら、村の外れの小さな空き家の民家を借りて彼に過ごしてもらうしかないかと、サフィーが考えはじめたときだった。


「お嬢様には婚姻前でグレイモント殿下という許嫁がいます。その手前、異性を家に置くなど不埒です」


 不埒。今度はサフィーが驚く番だった。

 

(そっちなのね――)


 アリシアの一の字に結ばれた口元を見ていると、彼女が冗談としてそれを言っているわけではないことが分かる。

 どうやらアリシアの中では龍人である種族問題よりも、性別が優先されるらしかった。さすがというべきか。クリスタス家に長年仕え、お転婆なサフィーに付き合わされてきただけある。


 しかし、こうなれば、サフィーも特に気を遣う必要はないように覚えた。


「でも、兵士たちが彼に手を上げたみたいなの。傷だってあるわ。私が王国に返してしまったら彼は何されるか分かったものじゃない」


 そうなれば、サフィーのとった行動はすべて無意味になってしまう。それどころか、使用人の許可が下りず連れて帰れませんでした、と城に渡すなど笑い者どころの話ではない。アリシアもまた、複雑そうな表情を浮かべた。

 彼女も状況は分かっているのだろう。サフィーは続けた。


「マインヴィーニはアルテリオ王国に隣接している領土よ。きっと帰りたくなったら帰るわ。

 それに、ハーベリスの人間が彼に不敬を働いたというのなら、ハーベリスの人間が尻ぬぐいする他ないわ。例えば、そうね――彼は、使用人として我が家にいる。そうすれば、不埒なことなんて何もないでしょう」

 

 得意げにサフィーは胸を張った。こうなるとサフィーがてこでも動かないことは、幼少期から彼女を見てきたアリシアが一番よく知っていた。そのため彼女は頬に手を当て、少し考えるような素振りをした。そうして、変わらずサフィーの目がまっすぐなことを見て、諦めたのだろう。

 頷いた。


「――分かりました」


 アリシアの答えを聞いたサフィーは、満足そうに笑った。


 サフィーは馬車の扉を開けると、自分が先に乗り込み龍人を手招いた。彼は、薄紫色の髪の隙間から金色の目でじっとこちらを見つめていた。だが、やがてゆっくりと馬車に乗り込んできた。


 ここからマインヴィーニに戻るまでは、半日ほどかかる。王族の馬車ということもあって、今から領土まで送ってもらうのは気が引けた。それはアリシアも同じようだったようで、彼女は「少し話をしてきます」と告げて、御者のいる席へと向かった。おそらくは王都とマインヴィーニにある中間地点の町で馬車を乗り換えることになるのだろう。

 そのため、出発まではいくらか間があった。


 サフィーはそれを確認して、対面に座った龍人をじっと見つめる。

 やはり、どの角度から見てもその角、その尾を除けば、姿かたちはほとんど人だ。

 だからこそ、おそろしい。あのとき、あの瞬間、龍人の手元が光った。あれは、紛れもない。魔法だろう。人の姿ではありながら、人の持ちえない力を目の前の彼は持っている。

 故にサフィーは問いかける。いや、問いかける必要があった。


「――ねえ、龍人さん。人を殺したことはある?」


 その言葉に、龍人はゆっくりと顔を上げた。覗く瞳からは、揺らぎも何もない、凪と言えた。彼は、数度ゆっくりと瞬きした後、口を開いた。


「――いいえ」


 長らく口を閉ざしていたのか、声はいくらか掠れていた。にも関わらず、ずいぶんと澄んだ声だとサフィーは思った。興奮や、動揺は微塵もない。夜の海のような声だ。

 サフィーはそんな声に耳を少し傾けて「そう」と頷く。そして、心の中でどこか安堵した。


「だったら、その方がいいわ。

 あなたにとって、人を殺めるなどということはきっと造作もないことでしょう。でも、1つしてしまったことは2つに増やすことはできても、減らすことはできないわ。人を殺めるのも、同じことよ。もし、あなたが人を殺めることでしか晴れない怨嗟をかかえているのだとしたら、私はきっとあなたを止める筋合いも、言葉も持ち合わせてはいないわ。けれどそういった類のものがないのであれば、しないほうがきっと利口だと私は思うの。

 あなたが――あの時、何をしようとしていたのかは、私は知る由もないけれど」


 龍人は、サフィーの言葉にわずかに目を見開いた。それは感情も、起伏も一切見せなかった龍人がはじめてサフィーに見せた表情だった。その表情が思考を読まれていたことへの驚愕なのか、あるいは別の何かなのかはサフィーには判別する由もなかったが、彼のその稀有な表情は一瞬にして消え失せた。


 あの時、あの一瞬、あの一抹の光が多くの人を殺す。その可能性を、サフィーは無碍にできなかった。故に、問わずにはいられなかった。


 ただ、もし彼が人を殺す気がなかったとすれば、サフィーのこの発言は失礼極まりないことに今更ながら気が付いた。とはいえ、もう口に出してしまった言葉は戻せない。ふっとした泡のような不安感が押し寄せたものの、幸いにも龍人は不愉快そうな反応を見せなかった。


 サフィーはほっと肩を撫でおろし、幕で遮られた窓に視線を投げた。状況が状況だ。王都を離れるまでは、外の様子は見られそうにない。


(退屈ね)


 結局は、視界を愉しませるものがないためサフィーは龍人に向かいなおることとなった。

 そして、龍人に声をかけようとして、気づく。


「そういえば、あなた、お名前は?」


 名前、ないはずはないだろう。と、サフィーは思った。

 すると、龍人が口を開く。


「――リュシオラ」


 リュシオラ。その言葉に、サフィーは目を瞬かせた。

 

「リュシオラって、それは本当なの?」


 聞き間違いかと、サフィーはもう一度聞き直した。

 しかし、龍人は黙って、まぶたを深く閉じただけだ。だが、それが肯定の意味であることがサフィーにはすぐに分かった。


 毒花のリュシオラ――インダロス帝国最高峰の兵器として、名高い花だ。

 なぜ、そのような花の名前を。いや、それを考えたところで、今は仕方がない。

 ただ1つ、間違いなく。


(これは――他の名前を名乗らせた方がいいわね)


 間もなく、アリシアが馬車に乗り込んできた。その様子からして、話がついたのだろう。がたりと馬車は揺れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ