9-3 星聖女のサフィーリア
そうして、ルナスが差し出した手へと、自分の手を重ねた。何を言うでもなく、指が引き寄せられるように絡む。
(また、来るわね。お父さん)
サフィーが振り返ると、そこにはまだ真新しい墓石が静かに佇んでいた。
「ねえ、ルナス」
サフィーの呼びかけにルナスは歩みを止め、サフィーを見た。無意識のうちに、彼の手を握ったサフィーの手のひらに力が籠る。
「私を、選んで、後悔しない?」
その問いに、ルナスはじっと視線だけをサフィーに向ける。サフィーは続けた。
「私は、きっと、間違いなく、あなたよりも先に墓石の下に眠るわ。あなたを、置いていってしまう」
それは、ずっとサフィーがルナスと蜜月を過ごすようになってずっと気にかかっていたことであった。どうあがいても、サフィーとルナスの間には埋められない空白がある。魔法ですら、きっとその空白を埋めてやることはできない。
だから、聞いておきたかった。今更、どうということはできないが、気づかないふりをし続けたくはなかった。
サフィーは、ルナスを見る。彼は少し瞼を伏せて「そうですね」と呟いた。
「あなたと過ごした日々を後悔はすると思います」
その言葉とは裏腹に、彼はサフィーに応えるようにその握る手にほんの少し力を込めた。
「でも、生きているのだから、後悔はなくならないでしょう。きっと、あなたにできたことだとか、したかったことだとか、後悔は何をしたって尽きません。ずっと、ずっと湧き水のように溢れて来る。けれど――あなたを選んだことは決して後悔しませんよ」
そう言うと、ルナスはサフィーに近づき、難ともなしにひょいとサフィーの身体を抱え上げた。あまりにも、唐突だったので、サフィーは小さく悲鳴を上げてルナスの首に腕を回す。「もう、もうっ」と憤慨するサフィーをよそに、ルナスはくすくすと笑っていた。
サフィーが真剣に考えていたことは、彼にとってはどうやら大きな問題ではないようだった。
(自分だけ悩んじゃって、馬鹿みたいじゃないの)
きっと、ルナスは最初からその覚悟でサフィーの隣にいることを選んだのだろう。それでも、共に手を取り合うことを選んでくれた。
ふくれっ面になりながらも、サフィーはルナスの首に回した腕を解く気にはならなかった。すると、ルナスは続ける。
「もし、私があなたのことで、本気で後悔するとしたら、そうですね――」
少し間を置いて、ルナスは言った。
「あなたに私を選んだことを後悔させることでしょうか」
きょとっとしたサフィーだったが、その発言には思わず腕を解く。そして、じっとルナスの顔を見た。
「後悔しないわよ」
不服である。そんな飽き性で、とっかえひっかえ男と遊ぶような器用さなどサフィーは元々持っていないし、持つ予定もないし、なんだったら持ちたくもない。彼から見たら、そういう女に見えるということだろうか。不満のあまり唇が少し尖ったサフィーを見て、ルナスはふっと噴き出した。
ルナスは、あまり笑わない。だからこそ、こういう彼の表情を見るとサフィーはいつも「まあ、いいか」と思ってしまう。我ながら、甘いとは、サフィー自身思う。
ルナスは、少し目じりを下げてサフィーの顔を覗き込んだ。
「約束してくれますか」
「もちろん」
ふんと、胸を張って答えたサフィーに、ルナスは目を細める。そして、彼はゆっくりとサフィーを地面に下ろした。
決して、ルナスに抱え上げられることは嫌いなわけではないが、やはり地に足がついていたほうがサフィーはほっとする。
サフィーは、ルナスを見上げた。
「ねえ、ルナス。さっきも言ったけれど、私はあなたよりも先に死んでしまう。だから、もしその時が来たら――今度は花になってあなたの隣に咲くわ」
その言葉に、ルナスは少し目を見開いた。そして、わずかに、口元が緩む。
「でしたら、青い花で咲いてください。そうすれば、すぐに分かりますから」
「青い花、青い花ね――」
サフィーは頷いた。
そして、もう一度2人は手をつないだ。それが合図だと言わんばかりに、どちらからともなく口づけを交わした。触れるだけの、本当に互いの熱を確かめる程度の口づけだった。これより深いものをサフィーは知らない。少し、じれったい気持ちはいつもある。
しかし、性急になるべきものではないだろうし、何よりルナスとの関係にその性急というものは似合わないような気がする。だから、これでいいのだ。今は、まだ。
欲深くなるのは、もう少し先でいい。
しかし、唇が離れると、やはり冬の冷たい空気を強く感じる。
(家に帰ったら、ねだってみようかしら)
そんなことを、考える。サフィーは自分からねだったことはないので、ルナスの反応を考えると少し楽しくなった。
2人が歩を進めた時ふわりと甘く深い香りが風に乗り鼻腔をかすめた。華やかさの中に、どこか凛とした冷たさが潜んでいる、生の香り。そうだ――と、サフィーはルナスの顔を見上げた。
「ルナス、いつかはあなたも死ぬのよね」
「――当たり前でしょう。形あるもの、終わりはあります」
「そうよね、そうよね」
当然である。その当然を聞いてきたサフィーにルナスは「呆れた」と言わんばかりに目を細めたが、一方のサフィーはほっと肩を撫でおろして笑った。
つまり、それはルナスも同じ土へと還るということだ。時間がたとえどれだけ開いても、還る場所は同じということだ。
「じゃあ、そのときは私の隣に咲いてくれるかしら」
「ええ、もちろん」
それに、サフィーは頬が緩む。進む足取りが軽やかになり、跳ねるようにサフィーはルナスに並んだ。
「約束よ。そうね、そうね。じゃあ、その時は――」
サフィーは振り返る。彼女の視界には、墓石の前、朝焼けの薄紫をそのまま吸い取った花束が映った。花弁が、ゆらゆらと揺れる。まるで、手を振っているようで、サフィーの頬は自然に緩んだ。
今のサフィーにとって彼の花は、大なり小なり毒花かもしれない。だが、花となれば、そのままの彼もきっと受け入れられるだろう。何よりも、分かりやすい。
サフィーの言葉を聞いたルナスは笑った。その笑顔が嬉しくてサフィーも笑う。
毒花は、そんな2人を祝するように、その背が見えなくなるまでずっと薄紫色の花弁を揺らし続けた。
これで、偽物聖女と毒吐きの龍は完結となります。
お付き合いいただいた方々ありがとうございました。だらだらここに書き連ねるのもあれなので、あとがきらしきものについては活動報告の方に書かせていただきました。
ここまで見てくださった方ありがとうございます。
また、お会いできることを楽しみにしています。




