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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
9章 星聖女の毒花
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9-2 涙

 曰く「インダロス帝国がリュシオラの遺伝子を変え、幻覚や依存の効果を高めたのは間違いありません。ですが、それは元から大なり小なりリュシオラにあった作用です。多少なら問題ないとはいえ、人間には害がある花なのは間違いありません。なら、私はあなたにとって、無害でありたい。だから、ルナスでいいです。あなたがくれた、月彩晶がいいです」と彼は言った。そう言われてしまえば、サフィーは何も言えなかった。言えるわけもなかった。付け加えるようにして、彼は「ただ――公共の場ではリュシオンの方が助かりますかね。ややこしいですが」そう言って、悪戯に笑った。

 ルナスという龍は、そういう龍なのだ。


(だから、大丈夫よ。お父さん)

 

 しん、と――そんな彼女の語りかけに応えるのは静寂。当たり前だ。父は、もう、死んだのだ。

 サフィーを誰よりも応援し、褒めてくれた父。きっと、今回のことを生きている父が聞いたら、驚いて椅子から落ちていたかもしれないが、最後にはきっと抱擁してくれただろう。だが、どう夢想したところで、それらが返ってくることはない。サフィーの頭を撫でてくれたあの手も「頑張ったな」「偉いな」そんなたった一言すらもうない。

 そう、改めて思った瞬間、再び収まりかけていたはずの涙が溢れ始めた。


「不思議ね、今まで人前で泣くことなんて滅多になかったのに」


 そう言って、サフィーは背後の墓石に目を向けた。星聖女という肩書きを背負ってから、ろくに顔を出すこともできなかった――父の眠る墓石だ。

 幼少期から、サフィーはそうだった。駄々もこねない、手間のかからない子供だったと、父やアリシアは言っていた。

 そのせいか、父の死体を見た時も、葬式でも泣かなかった。ただ、漠然と、その進んでいく様子を見ていた。薄情だと、自分でも思う。なのに、なぜ今更、こうも涙が出るのだろう。まるで堰が切れたかのようだった。また、涙が溢れそうになり、サフィーは濡羽色の睫に縁どられたまぶたをきゅっと、閉じる。


「別に涙は悪いものではありません。弱さの証でもない。だから、泣きたいときに泣けばいいんですよ」


 その声に、慈悲や同情などはない。ただ、本気でそう思っているのだろう。


「うん」


 どもった声でサフィーが頷けば、まるでそれでいいと言うようにルナスはサフィーの頬を包み、目を細める。


「あなた、お父様の葬儀の時に泣けなかったのでしょう」

「――どうして?」


 サフィーはそのルナスの問いに、目を開き顔を上げて尋ねた。


「私がそうだったからです」


 あっけらかんと、ルナスは答えた。それに、ぱちぱちと、サフィーは瞳を瞬かせる。涙も散ったような気がする。


(ルナスが――)


 彼は、贔屓目をもってサフィーが見ても、薄情だ。それでいて、強い。だから、あまりピンとこない。


(ルナスが、泣くなんて)


 サフィーが、あまりにもじっとルナスの顔を見つめていたためか、彼はその視線の意味に気付いたようだった。


「信じられませんか」


 その問いかけに、サフィーは言葉を詰まらせる。あまりにも想像がつかないので、頷きそうになった。ただ、ルナスとて、血が通っている。サフィーはそれを見た。だから、きっと涙だってある。だが、頭では理解できても、納得に繋がるわけでもなかった。

 悶々としているサフィーの様子を見て、ルナスはふっと笑った。


「祖母が亡くなった時です」


 あ、とサフィーは思った。以前、なんでもできるのねとサフィーが問いかけた時、彼は祖母のことを話していた。多くを聞いたわけではないが、それでも彼女がルナスという龍に大きな影響を与えたのは間違いなかった。


「祖母は、朝、起きてきませんでした。従者が様子を見に行くと、眠ったように亡くなっていたのです。

 そして、そのまま取り急ぎ葬儀が行われました。私は、祖母が好きでした。好きだと思っていたのです。しんと湖畔のように静かで、かと思えば、はっきりと物を言う人でした。そして、龍の中で私が1番信用できる人でした。だから、好きだと思っていたのです」


 好きだと思っていた。その言葉に、サフィーは自分と似た何かを感じた。


「ただ、葬儀の最中、涙は出ませんでした。周囲のいくらかは泣いているというのに。私は、親族の中でも祖母と共に過ごした時間は特に長かった。それなのに、泣けなかった」


 喪失感。周囲が涙を流すさまを見て、自分だけが、泣けなかった。なんと、薄情なんだろうと、父が亡くなったときそう自分を責め立てた。


「ルナスは――そのとき、自分のことが薄情だと思わなかったの?」


 だから、聞きたくなってしまった。ルナスは、自分のことをじっと見つめるサフィーに視線を返す。


「思いました。私は、人や物に対して関心が薄いです。自覚はあります。ですから、唯一幼子の頃から慕ってきたはずの祖母の死に泣けない自分へ落胆しましたし、軽蔑しました。ああ、自分が思慕だと思っていた感情というのはこの程度で、感情だと思い込んでいただけだったのだと」


 話の腰を折ったというのに、ルナスは顔色1つ変えずサフィーの問いかけに丁寧に答えてくれた。

 しかし、だからこそサフィーは理解できた。


「それから少しして、祖母がよく過ごしていた部屋の植物が1つ、また1つと枯れていきました。世話をできる者がいなくなったからです。あの植物たちは気難しい植物たちでしたから、単に水やりをするだけではだめだったのです。その様を見た時、泣いたんです――ああ、祖母はもういないんだと。祖母の死を頭が理解していても、心の底から理解も、納得もしていなかったんでしょう。その時まで」


 サフィーも、ルナスも、きっと薄情でもなんでもない。サフィーは、木枯らしで少し乱れたルナスの髪を背伸びをして撫でた。彼はそれを黙って受け入れながら、続ける。


「自分の中で相手の存在が大きければ大きいほど、その死を理解するのには時間がかかる。だから、いいんですよ。時間がかかっても。ただ、時間がかかっても、涙を流したのなら、それははじめて相手の死を受け入れられたことになる。受け入れられないよりは、少しは楽かも――分かりません」

「そう――そうね」


 ルナスの話し方は淡々としていた。だが、その彼の声の奥に淡い温もりがあることを、サフィーは知っていた。それは、どこかこの冬の中の空気と陽だまりによく似ている。冷たくて、温かい。


「サフィー、帰りましょう」


 その言葉に、サフィーは頷く。

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