8-6 欲するもの
その言葉に、サフィーは首を傾げる。彼が、ではなく龍が、約束をしないと言ったのだ。ルクスラは、そんなサフィーに静かにほほ笑むと続ける。
「私たちはね、狡猾で、凶悪な生き物だ。そんな生き物に裏切りまで与えてしまえば、龍はもっと恐ろしい生き物になると、そう星々は考えた。
だから、そんな恐ろしい生き物へとなり果てないよう、星々は私たちに呪いを与えたのだろうね」
まるで、彼から語られる話はどこかの国のおとぎ話のように聞こえた。ルクスラの整った容姿も相まって、それはなおのことだ。ただ、作り話であればどれほど良かっただろうかと、サフィーは思う。
(呪い――)
嫌な汗が、滲む。サフィーは息を呑んで、ルクスラの言葉の続きを待った。
彼は天井画を見上げる。そこには、星々の物語が描かれているはずだ。彼の金色の瞳が、眩いものを見つめるかのように細められた。
「――約束を破った龍は、死ぬ。そんな呪いだ」
サフィーは、それに目を見開いた。
(死ぬ? 約束を破れば、龍は、死ぬ?)
わずかに口元が震えているのが分かった。口元だけじゃない。身体も、震えた。一気に体温がぐっと下がって、下がったのにも関わらず、汗がわっと噴き出すような感覚。
ルナスは約束してくれた。サフィーが本物の星聖女であることを証明することを。そして、それはおそらくは叶えられた。
なぜなら、インダロス帝国の件でサフィーはルナスの手があったとはいえハーベリス王国を守りきり、ハーベリス王国には平和が訪れた。それだけじゃない、アルテリオ王国の手から、リュシオンの手からサフィーはハーベリス王国を守ったのだ。サフィーが星聖女であると証明する手助けをしてくれた。
だが、もう1つはどうだろうか。ルナスは、言った。
――約束します。貴方の傍にいると。
その言葉に、サフィーはどれだけ縋ってきたのだろう。その言葉が、嘘だとしても構わない、そう思ってしまうくらいには助けられてきた。人知れず、孤独にひっそりと喘いでいたサフィーの慰めには、あまりにも十分だったためだ。
だが、それは、サフィーがその龍の呪いを知らなかったから、勝手に思っていたことで。
(まって、まって、だめ、これじゃ――)
ルナスが死ぬ。
その事実に、手足の先が冷えた。熱を失っていくのが分かった。いやだ、いやだ、いやだ。そう心の中で繰り返すも、何をどうすればいいのか、サフィーにはまったく分からなかった。
サフィーは戸惑いながらも、リュシオンを見つめる。彼には、おそらく死がにじり寄っているはずだ。にも関わらず涼しそうな顔をしていた。それが、えらく腹立たしい。人目がなければ、ずいずいと歩み寄って頬に平打ちでもひとつ叩き込みたいところだった。
最悪だと、最低だと罵ってやりたい。こんなにも、優しくしておいて、彼は平然とサフィーを置いておこうとしているのだ。身勝手だ。いっそ騙されただけなら、どれほどましだったことか。こんな仕打ち、あんまりだ。
ルクスラはおそらくサフィーの変化に気付いているようだったが、特段触れようとはしなかった。そうして、彼はルシアンに目をやった。
「念のため、確認させていただきます。ルシアン国王殿下。不服な点は」
ルシアンは、その言葉に静かに目を細めた後、ゆっくりと首を横に振った。その様子を見たルクスラは、穏やかに笑う。
「それでは、吉報を」
そうして、背を向けたルクスラはゆらりと長い白の尾を揺らした。
「リュシオン」
「――はい」
ああ、彼が、ルナスが、行ってしまう。本当に、手の届かない場所へ。サフィーの手が、無意識に宙を掴んだ。そうして、それと同時に言葉が溢れた。
「待って、待ってください」
その言葉に、ルクスラとリュシオンが歩を止めた。
「私からの、お願いをたった1つ、たった1つ、聞いてください」
サフィーの声が震える。最初に振り返ったのは、ルクスラの方だった。リュシオンは、振り返らない。だが、確かに歩みは止まっていた。
だから、サフィーは必死に言葉を続ける。彼の足が止まっているうちに、伝えなければ。
「ルナスを、リュシオンを――私にください」




