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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
8章 すべてはこの手のひらにあった
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8-2 理解

 それにサフィーは、わずかに目を細めた。一見、サフィーの意見には破綻もずれもない。しかし、どこかに、穴があるということだろうか。サフィーがぐるぐると頭を回転させる中、リュシオンはそれを見据えたように呟いた。


「龍に、善性というものは備わっていません。あなたの言う通り、私は自らの首を晒すことで戦争の火種を得るためにこの土地を踏みました。

 ですが、そもそもなぜ火種を得ようとしていたのか。それは自国の民が細い土地で貧しい想いをしているから――などという崇高な理由ではありません。無論、表向きにはそう語るでしょうが、言い換えればそれは二の次だ」


 「崇高」その言葉をサフィーは自分の中で反芻させる。そうして、リュシオンの手札の1枚に手をかけたサフィーは、彼の言葉の意味を理解した。

 しかし、それが事実だとしたら、あまりにも身勝手だ。だが、それと同時に、彼らは龍だ。龍なのだ。


「サフィーリア、手が止まっていますよ」


 その言葉に、我に返ったサフィーは彼の手札の中から一枚を慌てて引き抜いた。揃わない。

 揃わないことからくる焦りなのか、あるいはそのリュシオンが考えているであろうことを認めたくない逃避からくる焦りなのか、サフィー自身もよく分からなかった。ただ、ここまで踏み込んだのだ。目を背けることは、きっとずるい。

 サフィーは震えた声で、リュシオンに問いかけた。


「ねえ、まさか――ただ、戦争がしたかった、それだけなの?」


 その言葉に、ゆっくりとリュシオンの目がサフィーへと向いた。周囲が息を詰める。

 その瞳が、一瞬だが上限に歪んだ。


「ええ、はい。その通りです」


 そう言うとリュシオンの吊り上げられた口角の隙間から、人の喉を容易く嚙み砕けそうな鋭利な歯が覗いた。


(わからない、わからないわ)


 いつの間にかリュシオンの番は終わっており、サフィーは彼の手札からまたカードを抜き、2枚を捨て札に置いた。


 ゲームに集中しなければいけない。何せ、この勝負にはハーベリス王国の命運がかかっているのだ。それは、サフィーも百も承知だった。

 ただ、考えてしまう。どうして、それなのに彼は隣にいてくれたのだろうかとか、やっぱり自分に語らった、傍にいるという言葉は慰めだったんだとか。もう、サフィーの隣にいた、ルナスと呼んでいた、彼のことがよく分からなくなっていた。分からなくなってしまった。いや、最初から、自分が分かっていたつもりになっていただけなのかもしれない。


 彼は、サフィーのことをよく理解してくれていたのに。苦しいときに寄り添い、嬉しいときも傍にいてくれてたのに。自分は彼に同じことを返せていたのだろうか。

 もし、返せていなかったら。そう思うと、ただ悔しかった。与えられるだけ与えられて、その与えられた世界に心地よく惚けていたのだから。


 リュシオンは頬杖をつき、手札のカードを眺める。


「ただ、まあ、この国に滞在している間、その目的は思いもよらぬ形で果たしましたが。それもあって、ある意味おもしろい結論を得ることができました」


 そう言ってリュシオンは、サフィーの手札から1枚引くと捨て札へと2枚捨てた。こうなってくると、ゲームのペースは上がってくる。おそらくリュシオンが話しているのは、先のインダロス帝国との戦争だろう。


(おもしろい、ね)


 サフィーは目を伏せた。

 龍と人はやはり違うのだろう。今更になって、そんなことを考える。


 あの戦争は、歴史に類を見ない終わりを迎えたわけだ。風の噂でインダロス帝国側の死者も出ていないといった話を聞いた。

 奇跡にも近い。誰も死なない、そんな戦争だった。


 しかし、サフィーにとっては苦しい記憶に違いなかった。人々が争いに怯え疲弊していく様は、見ているだけでも目を覆いたくなる惨状だった。そのうえ、この国に関係のない龍を争いに巻き込んだ。自分が何かほかに方法を思いていれば、ルナスを巻き込まないで済んだのではないだろうか。そう思ったときの、罪悪感と無力感と言えばこのうえないものだった。

 だが、それはサフィーの身勝手で、肝心の彼はその戦争を楽しんでいたのだ。


(わからない)


 サフィーは、その感性が分からなかった。分かりたくもなかった。


 そして、それは龍と人の間にある明確なずれでもあるようだった。

 そのずれは決してすり合わせることができない。もし、これが今まで人と龍が手を取り合わなかった理由だとしたら、おそらく先人たちが正しかったのであろうとサフィーは思う。

 ただ、そう頭は理解できても、認めたくはなかった。


(ルナスと、過ごした時間が、張りぼてだなんて、思いたくない)


 ルナスがかけてくれた言葉、過ごした時間を張りぼてだと認めてしまえば、それらがまるで砂となり空に舞っていくような気がした。ルナスがサフィーに向けて告げた、ちゃんと戻ってくるという言葉も、傍にいるという言葉も、ぜんぶぜんぶ本当だと、信じたい。信じたいのだ。それがまやかしだったとしても。

 

 ゲームは、終盤に盤面を迎えている。サフィーの手札には、数字が並んでいる。魔術師の姿は、ない。手札は、リュシオン3枚のサフィーは2枚。番は、サフィーの番だった。


(ああ、いやだ。終わりたくないな)


 サフィーはぼんやりと思った。負けたくない、その想いを第一に掲げなければいけないはずなのによぎるのはそんな考えだった。

 このゲームが終わってしまえば、彼ともう2度と会えないかもしれない。いや、会えないだろう。何もかもが違うのだ。人と、龍は。

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