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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
8章 すべてはこの手のひらにあった
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8-1 動機

 サフィーはアリシアの手助けを得て、鼻血の止血を行った。それと同時に赤くなった頬を氷で冷やされる。宮殿の使用人が気を使って氷を持ってきてくれたようだった。熱を持っていた痛みは冷やされることで、少し引いてきた。

 この処置の間、個室をあてがわれたサフィーだったが、先ほどとは打って変わり人が少ないこともあって、夜の嵐の海のようごうごうとうねっていたサフィーの心は落ち着きを取り戻し始めていた。そして、自分が置かれている状況を改めて理解した。

 焦っていたとはいえ、サフィーはこの国の命運を引き受けてしまったのだ。

 だが、後悔は不思議と湧かなかった。今まで、自分はただ見てきただけだった。権力も持たず、剣も握れず、魔力もない。ただの傍観者に努めるしかなかった。平和の象徴の名を背負いながらも、それしかできなかったのだ。

 しかし、今回は違う。


「お嬢様――」

「いつも心配かけてごめんなさい。でもね、大丈夫よ」


 サフィーは、うつむき不安そうな表情を浮かべたアリシアの頬に手を伸ばした。


「私ね、彼を助けたこと、一緒に過ごしたこと、自分の選んできた決断、今となっては何も後悔していないわ。だから、きっと、大丈夫よ」


 慰めにしては根拠がなさすぎることに、サフィーは言葉にしてから気づいた。だが、それでもその言葉に嘘偽りはなかった。確かに、自分の選んだ決断に不安を覚える夜など幾らでもあった。それでも、今となっては「良かった」と言える決断ばかりだ。

 だから、大丈夫だと言う。

 リュシオンが、ルクスラが、この国に何を求めるのかは分からない。それでも、何を求められたとしても、どうにかしてみせる。


「だって、アリシア、私はサフィーリア・クリスタス。この国の、星聖女よ」


 サフィーは、そう言ってアリシアに誇らしげに笑って見せた。


 

 用意されたのは、聖堂から比較的近い小さなサロンだった。大理石で作られたその部屋には、他の部屋と同様細かな金色の装飾が施されている。部屋の中央には、サフィーの処置の間このために用意されたであろう宮殿内ではあまり見かけない普通の大きさのテーブルと椅子が置かれている。そして、テーブルには湯気がたつ淹れたての紅茶と、焼き菓子が置かれていた。その様子をしげしげと眺めているルクスラを尻目に、サフィーとリュシオンは中央の椅子に腰をかけた。

 この部屋に通されたのは、当事者であるサフィーとリュシオン。そして、ルシアンとルクスラの4人だけだった。口を挟むものが多いと気が散るうえ、進行が立ち行かなくなりそうだったため、ルシアンが人払いをしたようだった。

 ルシアンとルクスラは、テーブルからそれぞれ離れたところにある椅子へと腰を掛ける。椅子の近くには各サイドテーブルが置かれ、中央のテーブルと同様ティーセットが並べられており、到底決闘が行われる場とは思えなかった。


 リュシオンは、カードの束をテーブルの上に置いた。


「中身を確認してどうぞ」


 カードの束を手に取り、サフィーは中身を確認した。おそらくはいかさまがないことを双方で確認するためだろう。

 サフィーは勝負の末を見届ける人たちにも、それが伝わるようにカードを卓上に並べていく。

 カードは4種の記号に分けられていて、1つの記号に対し数字が割り振られた13枚のカードが存在している。その他たった1枚、どこの記号にも属さない宮廷魔術師ジェスターのカードがでてきた。計53枚。いたって普通のプレイング・カードだ。カードを触ってもただの厚めの紙で、細工も施されていない。


「確認できました」


 それに、リュシオンは頷いた。そして、「では」とカードの束を手に取り、切り始める。

 

「今回のプレイング・カードのルールを説明しましょう。とはいっても複雑なものではありません。これから、私とあなたに均等にカードを配ります。配られたカードの中から同じ数字のペアを見つけた場合、手札から捨ててください。その後、ゲームを開始します。

 とはいっても、難しいものではありません。相手の手札から1枚引きます。引いたカードが自分の手札とペアになれば、その2枚を捨て、ペアができなければ手札に加えます。手札が先になくなった方の勝ちです」

「了解しました」


 よくあるルールだし、プレイング・カードの中では圧倒的に簡単な部類のゲームだった。おそらくは子供でもできるゲームの類だ。

 リュシオンは慣れた様子でカードを切ると、宣言通り山札をすべてサフィーとリュシオンに平等にカードを配る。配られたカードを見て、既にペアになっているカードは伏せて捨て札へと送った。リュシオンもまた同様に既にあるペアカードを捨て、2人の手元には数枚のカードだけが残った。


 サフィーはその様子をじっと見つめていた。やはり、ルナスだ。リュシオンは、ルナスなのだ。彼はサフィーの傍にいて、サフィーを守っていた龍なのだ。ただ、そう考えると分からなくなった。何故、彼がサフィーの傍を選び、ルナスという名で共に生活していたのか。


 リュシオンは硬貨を懐から1つ取り出し、サフィーはそれを見て口を開く。


「表」

「それでは、私は裏で」


 リュシオンが硬貨を弾くと、硬貨はゆるやかに回転しながら宙を舞った。そして、重力を失うとそのまま机の上にころんと落ちた。

 裏。リュシオンが先行である。サフィーはそれを見届けると潔く、手札をリュシオンに差し出した。リュシオンはカードを引き、手札に収める。ペアはない。サフィーはリュシオンの手札から1枚抜き、それが手札の数字と揃っていることを確認すると、捨て札へと捨てた。

 そして、顔を上げる。


「リュシオン殿下、以前あなたが私にお聞きした質問の解を得ました」


 その言葉に、ゆっくりと金色がサフィーへと向く。


「あなたは、私に『自分は何が目的でこの土地に訪れたか』といった質問を投げかけました。私は、あの時その問いに答えることはできませんでした」

「――そうですね。問いました」


 リュシオンは頷いた。やがて彼は、ソーサーに添えられた角砂糖を1つティーカップの中に落とす。飴色の中、崩れていくそれを見守りながらも、ゆったりとした動作で足を組んだ。


「解を得た、というのであれば、お聞かせ願いましょうか」


 それに、サフィーは頷き、1つ深呼吸をした。やがて、その蒼石でしっかりと目の前の龍を見据える。


「あなたは、戦争を起こそうとしていたのですよね、革命派筆頭のリュシオン殿下」


 その言葉に遠目で見守るルシアンは息を呑んだ。


 アルテリオ王国の2人の王子は、それぞれ別の理念を抱えており、真っ向から対立している。ルクスラは保守派の筆頭――そして、リュシオンは、革命派の筆頭。革命派が人間との開戦を推進する派閥であることは、ルナス自身が口にしていた。


「力も魔法も龍は持っている。そのうえ、頭もいい。なぜそんな龍が大人しく人間に捕まっているのか。疑問ではありました。最初は病や、怪我が原因かと思いました。ですが、現にあなたは手枷を自ら外すことができた」


 その様子を見ていたリュシオンは、サフィーに目を向け、細める。


「でも、グレイモント殿下の監視下の際にはしなかった――リュシオン殿下、あなたはおそらくは人に幻を見せられますよね」

「ええ」


 リュシオンはさらりと認めた。


(やっぱり――)


 インダロス帝国との戦争の際、ルナスの魔法を受けた人々はサフィーたちに見えない何かに苦しめられていた。幻覚、といわれるものだろう。


「あなたは殺害されるその瞬間、その幻覚魔法を使おうとしていた。例えば、幻覚を見せる中身を選べたと仮定したとき、あなたは自分の首を刎ねられる幻覚を作り上げたでしょう。あなたが欲しかったのは、ハーベリス王国の者がアルテリオ王国の王族を殺そうとしたという事実だけ。その事実さえできてしまえば、殺されたはずのあなたが生きていようが、些細なことでアルテリオ王国はハーベリス王国を攻め入る理由を得る」

「だが、なぜ、ハーベリス王国を」


 考えるように呟いたルシアンにサフィーは頷いた。


「アルテリオ王国は土地が瘦せているからです。柱のような岩山と、鬱蒼とした森に囲まれたあの土地では、作物は育ちません。森の木々を伐採したところで、あの岩山が太陽の日差しを妨げますから、仮に作物が育ったとしても細いものでしょう。

 ただ、ハーベリス王国の土地を奪ってしまえば、その心配もなくなります」


 サフィーがそこまで言うと、ゆっくりと冷たい金色がサフィーへと向いた。


「終わりですか?」


 抑揚のない問いかけ。サフィーはひやりとした。

 リュシオンはサフィーの手札から1枚抜くと、今度は自分の手札から2枚捨てた。


「まあ、彼女の発言は大半があっています。ただ一点を除いて、ですがね」

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