7-7 プレイングカード
リュシオンはそれを指に取る。宮廷魔術師のカードだ。
それに、サフィーは目を見開いた。
「必要なのは、運と頭脳。勝者側の国が、相手の国への要求を一方的に申し込めます」
ルナスの提案は、カードゲーム。
たしかに剣で挑むよりも、カードゲームの方が利はあるだろう。だが、相手は龍人だ。狡猾とも言われる龍人なのだ。
(人間よりも、龍人の相手はずっと難しいわ)
それは、ルナスとボードゲームを交わしたことがあるサフィーだから言えることだった。「狡猾」と呼ばれるだけあって、ルナスの手は大胆不敵かと思えば、遠回しに駒を進めてくることもあった。同じ人物が打っているのに、そうとは思えないほど手数が多かった。そのため、前の手を阻もうとすれば、別の手で攻めて来る。しかも、予想もしないところから。そんなこともあり、サフィーは未だルナスにボードゲームで勝てたためしはなかった。
(とはいえ、カードゲームをした試しはないけれど)
以前、ルナスにはカードゲームをやりたいとは伝えていたものの、ここ数か月間はインダロス帝国との兼ね合いもあり、悠々とゲームに興じている暇はなかった。それでも、分かる。ボードゲームだろうが、カードゲームだろうが、龍人相手に並の人間では、勝てない。
「さて――誰が、この勝負に受けて立ってくれるかな」
先ほどとは打って変わり、ルクスラの声は弾んでいるようだった。どうやら、リュシオンの提案を気に入ったようだった。
おそらく、彼らも分かっているのだろう。ちょうどよくスリルがあるが、高い頭脳を持つ彼らにとってはリスクは大きすぎない、彼らにとっての最善の手段であることを。とはいえ、それらはハーベリス王国側も同じはずだった。今、なされている提案で、一番リスクは大きいものの、こちらの不手際を帳消しにもできる方法だった。
しかし、そのリスクを背負えるものがどれほどいようか。周囲は、静まり返っている。
(とはいえ、他の提案を今のあの2人が受け入れてくれるとは思えない。けれど、先のことでこちらが提案できる立場にはいないことは間違いないわ)
そもそも、先のことでこんなことになったのだ。サフィーは、ひとつ息を吸った。
すると静寂に飽きたのか、ルクスラは少し考えるような素振りをしたあと「そうだ」とひとつ呟いた。そうして、ふわりと舞うように彼はある人物のところに向かった。とはいえ、その相手は、案の定とも言えた。
「自分の身から出た錆だ。君がどうにかすればいい」
声をかけられたグレイモントは、わずかに顔を歪めた。
(だめ)
サフィーはとっさに理解した。グレイモントでは、龍人には勝てない。彼らに初見で勝つなど、この世界の地と海がひっくり返ってしまうほど難しいことである。
「待って――」
それ故に、サフィーは立ち上がった。立ち上がってしまった。全員の視線が一気に注がれるのを感じた。
何度経験しても、こう人の目が集まるのには慣れない。リュシオンのあの瞳がこちらを向いているせいもあり、なお更落ち着かない。
とはいえ、割って入った。そうした以上、逃げ道などはない。サフィーは、大きく息を吸って、吐いた。やがて意を決したように向き直る。
「私が、その勝負、受けて立ちます」
「君が?」
ルクスラは穏やかな笑顔を崩さないまま、首を傾げた。こう見ると、彼の笑顔は仮面のように見える。穏やかに見えて、柔らかな日差しのように見せて、実際のところ情などはほとんどないのだろう。その無機質な黄金が何よりの証拠だった。
ルクスラは、少し考えるような素振りを見せた後サフィーに尋ねる。
「プレイング・カードは貴婦人の遊戯の範疇ではないと思うのだけれど」
「ええ、そうかもしれません。でも、私はできます」
サフィーは淀みなく答えた。すると、ルクスラの口元から、わずかに鋭い歯が覗く。
(本当に、この方はルナスの兄弟なのね)
サフィーはそう思った。こういった素振り、よく似ている。そう思うと、怯えているのも不思議と馬鹿らしくなって、サフィーは続けた。
「幾度かではございますが、龍人の方とボードゲームを通じて手合わせした経験がございます。あなた方は、揃いも揃って聡明だとお話はお伺いしております。であれば、経験のない方よりも、経験のある私をお選びいただきました方が勝負の行く末というものは読みにくいものとなるのではないでしょうか」
サフィーがそう言うとルクスラは首を傾げ、口元に手を当てた。そうして、背後のリュシオンに目を配る。リュシオンは彼の視線にただ視線を返しただけだったが、それが合図だったようで、ルクスラは小さくうなずくとサフィーの目の前に立った。
「分かった。君の申し出を受け入れよう」
それに、サフィーが頭を下げようとした時だった。
「待て」
サフィーは目の前に立った人物を見て、驚いた。
「私が、その勝負受けよう。あなたの言った通り、自分で蒔いた種だ。自分で刈り取る」
そのアイスブルーの瞳はまっすぐだった。対し、ルクスラは「おや」と驚いた素振りを見せただけだった。
そうか、グレイモントとはそういう男だった。思えば、最初にリュシオンという龍を裁こうとしてい。インダロス帝国との争いの際は、戦場へと赴けないことに唇を噛んでいた。そう、彼は、最初からただ呆然とその光景を見守るだけの人物ではなかった。
サフィーは、自分の心を落ち着かせようと大きく、息を吸って、吐いた。そして、理解する。やはり、サフィーとグレイモントは、互いにてんで相性が悪いらしい。
「グレイモント殿下、お言葉ですがお下がりください」
「何」
サフィーは、顔をしかめたグレイモントに臆することなく、続けた。
「グレイモント殿下が、龍へと挑もうとする姿勢、私は決して悪いものでないと思っています。ですが――」
サフィーは、そこで改めてグレイモントを見据えた。彼の眉間にはわずかに皺が寄っている。
最初から、きっとこうだった。サフィーも、グレイモントも、互いに根っこにずれがある。だから、互いに馴染めず、お互いに神経を逆なですることしかできない。過去も、今も、未来もその根っこは互いに変わらない。例え、目指すものが同じでも、過程が分かち合えなければ寄り添うことも難しい。で、あれば、もう彼に遠慮は必要ないのだと思った。
「勇敢と無謀は似ていて非なるものです」
それに、ぴくりとグレイモントの顔が歪んだ。
「君は、俺が、無謀だというのか」
「どうでしょうか。まだ、無謀ではないのかもしれません。あなたの選んだ結果が間違っていたことを証明するものは何もないから。ですが――」
サフィーはそこまで言うと、ルクスラの奥――リュシオンを見た。
「何故、彼は最初この国に捕まったのでしょう。それを疑問に思いませんでしたか。彼らは、100万の人間の命を刈った龍です。鉄の鎖だけで、本当に拘束できるような相手だったのでしょうか。現に、私がルナスと名付けた彼は、あっという間にその鎖を溶かしました」
それに、グレイモントは驚いたように目を丸めた。
何故、龍は恐れられるのか。それは、人間が想像もつかない方法で駒を進めていくからだろう。確実に、着実に。故に狡猾とよばれるのだろう。故に凶悪といわれるのだろう。
それは、きっとルナスも同じだ。
「そんな彼の隣で、一番長い時間を共に過ごしたのは、他でもない。私です。彼の思考に一番多く触れてきました。プレイング・カードで彼と遊んだ試しはありませんが、ボードゲームは何度かやりました」
淡々と答えるサフィーに、グレイモントは静かに目を細めた。そして、少し黙り込んだ後、やがて問う。
「勝てたことは」
「ありません。ですが、ある程度の手は知っています」
きっぱりと、サフィーは言った。それは、手を知らないグレイモントでは太刀打ちできないという意味であった。そのため、てっきりグレイモントの反感を買うとばかり思っていたサフィーだったが、存外グレイモントは落ち着いていた。彼は「そうか」と小さくぼやいたあと、サフィーを見つめた。
「分かった――君に、託す」




