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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
7章 あなたと私にできること
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7-6 遊戯

(ルナスが、王子?)


 サフィーは自身の中で、幾度と言葉を反復させるものの、あまりにも実感が湧かなかった。目の前にいるのは紛れもないルナスだ。それは間違いない。サフィーが楽しいと思った瞬間、苦しいと涙を流した瞬間、誰よりも側にいてくれたルナスだ。見間違うはずなどなかった。

 すると、陽光の龍がルシアンの前で足を折った。その姿、その立ち振る舞い舞台上の物語の一節のように思えた。


「ルシアン国王陛下、このたびお目にかかる機会を賜り、誠に光栄に存じます。不躾ながら急なお願いにも関わらず、謹んでご会合をご承諾いただきましたこと、深く感謝申し上げます。遅ればせながら、私アルテリオ王国の第一王子、ルクスラと申します。以後、お見知りおきを」


 アルテリオ王国、ルクスラ。国の現状維持を望む派閥を率いる王子だったはずだ。それは、ルナスが以前、口にしていたことだった。サフィーは、口元がひくり、と引きつる感覚を覚えた。つまり、それが意味すること。

 ルクスラの隣、彼もまた頭を下げた。


「改めて自己紹介をさせていただきます。私、アルテリオ王国第二王子、リュシオンと申します」


 サフィーだけでなく、その場にいた多くの人々が顔を強張らせた。

 こうなった以上、疑いの余地などあるはずがなかった。つまりは、サフィーの隣にいたのは、かわいそうな迷い込んだ龍などではなかったのだ。意思を持ち、迷い込んだ龍に扮した――王族だったのだ。


(どうして、なんで――)


 とはいえ、思い当たる節は幾らかあったことに今更ながら気づいた。

 彼は市民というにはあまりにもその動き、言葉遣いは洗練されたものであった。何よりも、王宮での立ち振る舞いが証拠だった。あの場所は、経験のない者が毅然と直感で適切に振舞えるような場所ではない。大半の貴族は、家でその立ち振る舞いを芯から教えられ、幾らかの夜会を経験し往生へと挑む。

 そんな場所に経験のない者が適切な振る舞いをできるわけがないのだ。


 何よりも、彼は最初に言った。自分のことを「リュシオラ」だと。リュシオン――その名前の由来は、リュシオラ。だから、彼は自分をリュシオラと名乗ったのだ。最初から、彼はサフィーに答えを与えていたのである。


「いやはや、ええ――しかしながら、残念です。ルシアン国王陛下」


 ルクスラの声に、サフィーは我に返る。彼の声は、言葉とは裏腹に軽やかだった。

 彼は、立ち上がると踊るように、ステップを踏んだ。そうして、くるくると回り出す。窓から差し込む光ひとつひとつが彼の輪郭をなぞり、模り、まるで歓声をあげているようだった。リュシオンはその様子に呆れるばかりに目を細めるが、そんな彼には目もくれずルクスラは歌うように言葉を紡いだ。


「まさか、交易の話を持ち掛けようとした矢先、星々の侮辱を聞いてしまうなんて」


 そうして、彼は立ち止まり、伏目がちにグレイモントの方を見やった。舐めるような黄金、その視線にわずかにグレイモントがたじろいだ。


「僕たちはね、星々に最も近い種族だ。それ故に、だからこそ星々は僕たちに魔法という異質な力を与えてくださった」


 そうして、ルクスラの手からは金剛の粒子とでも言うべき、光が溢れ、消えた。

 ルシアンはわずかに顔を歪めた後、誰も止める間もなく深く頭を下げた。


「息子が、この度も失礼な態度をとりました。誠に申し訳ございません。ですが、何卒――ご容赦ください」

「容赦?」


 ルクスラはそれがさもおかしいと言わんばかりにくすくすと笑って見せた。


「いえ、いえ、謝るのはあなたではないはずだ。ルシアン国王殿下殿」


 その言葉に、真っ先に反応したのは他でもない、グレイモントだった。彼は立ち上がり、ルクスラたちに向き合う。


「私の――私の浅慮な発言により、不快感を与えたこと弁明の余地もございません。誠に、申し訳ございませんでした」


 その言葉に、ルシアンやサフィー、バルドリックも驚いた。


「すべては私に責任があります。どうか、どうか――父王殿下、我が国と他の者たちには、何卒お咎めなきようお願い申し上げます」


 その言葉に、ルクスラは小首をかしげて見せた。かと思えば、ぽつり。


「君は、若いね」


 そうして、つかつかとグレイモントの前に歩み寄った――瞬間、胸倉を掴んだ。周囲から悲鳴が上がり、グレイモントも狼狽した。サフィーもまた、ルクスラのその突発的な行動に言葉を失う。

 ルクスラは、その揺らぐことのない燃ゆる金色でグレイモントを捉えている。


「――調子に乗るなよ、青二才」


 ぞわり、とその声の低さにサフィーは身を強張らせた。先ほどのおおらかさとは、雲泥の差。まるで、喉元に切っ先を突き付けられたかのような、恐怖感を煽る。

 青くなったグレイモントの襟ぐりを離し、ルクスラは再び口を開いた。その瞬間には、先ほどと同じような笑顔を浮かべていたが、周りを踏みにじろうとするんばかりの重圧を取り払う気はないようだった。


「これはね、個人の取引じゃない。国同士の取引だ。そこに、君は、水を――いや、火種をさした。僕たちはね、善良とは程遠い存在だ。言わんとすることは分かるだろう」


 柔らかな声で紡がれる恐ろしい言葉。その不協和音のようなルクスラは、畏怖そのものと言えた。


「先ほども申し上げました通り、我々がこの地を訪れた目的は交易関係の確立にございます。

 ですが、やはり星々の下部である龍として、龍たちを統べる王族の者として、先の発言許すことはできない。ですから、あなた達に与えられた選択肢は2つだ。1つ、あなたたちができる範囲での償いを僕たちに提示すること。2つ、それを拒否し僕たちと争うこと」


 しん――ルクスラの言葉に、応じたのは静寂だけだった。誰もが、口を開けるはずがなかった。

 要するにルクスラは償う内容によっては、グレイモントの失言に目を瞑り交易に応じる。それができないというのなら、戦争になると言っているのだ。

 となれば、選択肢は実質1つしかない。が、つまりそれは、ハーベリスにとって不平等な条件での交易を結ぶことを指していた。ほとんどアルテリオ王国の支配下に置かれるようなものだ。

 しかし、そんな自国を売る真似をルシアンがするわけもなかった。わずかに視線が彷徨っている様子から、様々な方法を考えているであろうことはサフィーにもすぐ予想がついた。


 すると、かつ――と。静寂を破る足音ひとつ。


「兄上」


 無機質に近い黄金が、ルクスラを捉えた。


「それは、つまらないです」


 リュシオンは抑揚のない声でそう告げた。サフィーは喉元を何かに掴まれたような、感覚に襲われる。ああ、やはり、彼はルナスなのだ。その一言、たった一言で、サフィーは心の底から納得した。

 ルクスラは、リュシオンのその唐突ともいえる言葉に特に驚いた様子もない。それどころか、頷いて見せた。


「まあ、つまらない。つまらないよ」

「結果の見え透いている物事ほど、つまらないことはない」

「間違いないね、でもどうする。1対1の決闘でもするかい」

「はい」


 リュシオンの返答には、ルクスラは勿論のこと、その場にいた全員が驚いた。


「とはいえ、力においては、圧倒的に龍人に利がある。だから、もっと違うもので、やりましょう」


 そう言ってリュシオンの手元が光ると、そこから長方形の何かが現れた。

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