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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
1章 偽物聖女、龍を拾う。
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1-5 疑心

 いちか、ばちかだった。震えた呼吸を悟られないように、サフィーはぐっと息を飲み込んだ。ばくばくと音が響き、胸がはじけそうだった。

 その心臓の音を誤魔化すように、サフィーは背後の龍人へと目を向けた。


(あ――)


 薄紫の髪の中から、やけに光る黄金が覗いている。じっとこちらの様子を見つめているようだった。


(本当に、彼――人間じゃない。龍なのね)


 動く尻尾はからくり仕掛けの尻尾で、角は作り物じゃないか、なんて――少しは考えたものの、爛々と輝く瞳と視線が合った瞬間サフィーはそれらがまがい物ではないことを悟った。


 その黄金を瞳に宿す術を、人間は持ち合わせていなかったためだ。


 グレイモントは形のいい眉を寄せた。


「サフィーリア嬢――君は今自分が何を言っているのか、分かっているのか」

「はい、グレイモント殿下。私は、彼の――この龍人の処刑をお止めいただけますようお願い申し上げているのです」

 

 きっぱりと言い放つ。ここまできて、取り消すことなどできない。サフィーは潔く、ふんと薄い胸を張った。


「さあ、どうぞ」

「貴様――」


 グレイモントは顔を歪めて、鞘に収まっている剣を握り締めた。わずかに、鈍い光を放つ銀が顔をのぞかせた。その鈍い銀色に、どくんとサフィーの心臓が応えた。太陽の光、あるいはグレイモントの激昂に応えるべく、剣はぎらぎらと光る。


 こわい、こわい。その光が。サフィーは小さく震える拳を握り締めて、その剣をじっと見つめていた。


 しんと周囲が静まり返る。それは、王族に対する無礼を働いた者への血を求める静寂か、あるいはこの惨劇の光景に息を呑む静寂か。サフィーには、どちらとも判断がつかなかった。

 しかし、そこでサフィーは気づく。鈍い銀はあるところでそれ以上の姿を見せなくなっていることに。


 サフィーがグレイモントの顔を見れば、彼はその端正な顔をひどく歪めていた。

 ぎりと、グレイモントはわずかに歯を食いしばった。それと同時にその剣を再び鞘に戻す。


 ほっと――サフィーは小さく息を零す。できるはずがないことを、サフィーは知っていた。

 星聖女は平和の象徴なのだ。平和の象徴を斬るということは、この国の平和を亡きものとすると同義である。それが、例え偽物と言われた星聖女であったとしてもだ。

 しかし、そう分かっていたつもりではあったものの、サフィーは肩を撫でおろさずにはいられなかった。


 グレイモントはその長いまつ毛をわずかに震わせたあと、サフィーをゆっくりと見据えて問うた。


「斬らないとしたら、その龍を君はどうするつもりだ」

「私の領土であるマインヴィーニはアルテリオ王国の国境に最も近い領地です。彼が自力で帰れるまでは、私の領土で過ごしてもらいます」

「暴れたらどうする気だ。君に制御できるとは到底思えないが」

「そのときは私ごと貫いてくださって結構です」


 サフィーの青い瞳は揺らぐことがなかった。その青を見て、グレイモントは忌々しいものを見るような表情を浮かべながら言った。


「二言はないな」

「ええ」


 グレイモントはサフィーの返答を聞くと、紺色の外套を翻す。終わったのだと、サフィーが安堵したのもつかの間、小さく呟いたグレイモントの声が耳に届いた。


「石占術などで選ばれた聖女等、時代錯誤も甚だしい」


 サフィーはそれに口を結ぶ。


 30年程前に、インダロス帝国の大きな産業革命があってからというもの、人類はかつてない速度で発展した。

 それからだろう。神と崇めていたものに一部の人々が不審な目を抱くようになったのは。なぜ不信感を持つようになったのか。

 それは、技術の発展と共に「神の意志や力がなくとも、人間の力で世界は変えられる」という新たな考えが人々に芽生えたためだった。

 

 別に、サフィー自身その考えを悪いことだとは思わない。なぜならサフィーは、それらの正しい答えなどを知る由もないし、今後知る術もないためである。つまりは正である、悪であると断言できる立場にはないのだ。或いは、その思考を矯正する立場にもない。


 とはいえ、だ。ハーベリス王国は特に星の恩恵を受けた国である。故に産業発展があってからも、ハーベリス国民の星への信仰心は未だに根強く残っている。そのため、次期国王であろう人物が決して軽々しく口にしていいようなことではない。

 そのため、サフィーの心中には不安が多く渦巻いていた。


   ★


 グレイモントは、見慣れた姿を見つけて目を細めた。あそこまで燃えるような赤い髪は珍しいため、遠目でもすぐに判別がつく。


「バルド」


 バルドリックは迷わずこちらに歩み寄ってきた。その傍らには、バルドリックの愛馬のゲイルもいる。どうやら機嫌が良いらしく、ぱからぱからとリズムをとってこちらに歩んできた。こんな状況下になっても、動物とは暢気なものだ。とグレイモントは思う。

 バルドリックとは学生時代からの友人で、付き合いは10年近くになる。


「どうなった」


 グレイモントは何も言わず、ただ視線を背後の少女へと向けた。

 特段、目立つ容姿ではない。目を見張るような美しさがあるわけでもない。平凡な少女である。ただ、その瞳に宿した青は強く、揺るがない。そのまっすぐな青に、グレイモントは嫌悪感を覚えるほどだった。


 バルドリックは、少女を見つけると「なるほど」と頷く。背後には件の龍人がおり、説明せずとも十分だったのだろう。


「――どうなるか、見ものだな」


 そう言うと、グレイモントは古き習わしに囚われた少女を一瞥することもなく、馬車へと乗り込んだ。

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