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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
6章 貴方のための月彩晶
48/68

6-8 提案

 しんと涼しい夜だった。悶々と悩んだバルドリックは、うまく寝付けず寮の中をふらふらと歩いていた。目的などはない。ただまぶたを閉じて、悩んでいるよりも歩いて気を紛らわしたほうがずっと楽だった。そんな時、窓の外でレプリカの剣で練習に励む人影を見かけた。

 こんな時間に何をと思いながらも目を凝らし、ああと、納得した。そこにいたのは、王宮に入ってきたばかりの新米の騎士だった。


 「生真面目で、剣の腕もいい」と上司には評判が良く、バルドリックも似たような印象をもっていた。そのためか、なんとなくだが彼と話せばこの悶々とした気持ちがどうにかなるのではないかと、バルドリックは足早に中庭へと向かい彼に声をかけた。


 新米騎士は、最初バルドリックに声をかけられたことに戸惑っていたようだ。彼のような者からすれば、騎士家系で、しかも花形の騎士であるバルドリックは憧れそのものだった。

 しかし、そんな羨望の眼差しを向けられているバルドリックは、人々から恐れられる龍人に助けられ、あげく笑われた男である。そう思うと、理想の騎士には自身はあまりにも不釣り合いだとバルドリックは思えた。


 とはいえ、そんなことを口に出せるはずもなかった。その想いをひた隠すように、バルドリックが「訓練は結構だが、こんな夜更けまでやると明日に響くぞ」と指摘すれば、彼は田舎の方言交じりの言葉で苦笑いを浮かべて答えた。「自分は農家の出身です。だから、騎士であり続けるためには、努力しなければいけないんです。なのでもう少しだけ続けさせてください」と。


 その言葉にバルドリックは、悟った。ああ、あの龍が言っていたのもこういうことか、と思った。「そうか」とバルドリックは平静を装い、「くれぐれも体を壊さないように」と声をかけて寮内へと戻った。


 悔しい、悔しい、悔しい。彼の姿が見えなくなった頃、バルドリックは叫び出したくなった。見せつけられたのだ、成り上がる者の素質を。そして、自分たちが土台になりかねない存在であることも。突き付けられ、見せつけられた。


 バルドリックは、夜にああして素振りをしたことなどなかったし、予定に組み込まれた以上の時間で剣を振るったことはなかった。それが、この国の騎士たちにとっては当たり前の光景だった。皆、騎士の血筋を持つ家の出身で、努力せずとも騎士の地位を得られた者たちだ。バルドリックもそれは同じで、さらに言えば彼は努力せずとも筋が良かった。

 だから、だから、バルドリックは泥臭い努力とは無縁の生き方をしてきた。けれど、言えばそれはその程度だということだ。努力もできるほどの熱もない。そういうことだ。


 騎士の肩書きに誇りをもって生きてきた。ただ、その肩書きは、自分の力で得たものではないことを改めて理解した。


 ブレイブン家の一員としてそれは骨の髄まで理解しているつもりだった。努力したつもりであった。だが、つもりなだけだった。

 それが、ただただ悔しかったのだ。



「あいつの剣の型は美しくないが、生きるための剣だ。俺が、持っていないものだ」


 それは、新米の剣の稽古に付き合うようになってから気づいたことだった。あの剣術に美しさはない。立ち振る舞い、姿勢、美しくはない。だが、がむしゃらだった。生きて、生き延びてやる。そんな信念を強く感じた。

 だからこそ、思う。剣の軌道がどれだけ美しくても、立ち姿や姿勢がどれだけ正しくても、それらは命を守ってくれるものとは限らない。そんなものよりも、ただ生きて生きて生き延びてやる。その信念こそが、どんなものよりも盾になり、剣となるのではないかと。

 ルナスは、それらを聞くと迷いなく答えた。


「それでも、認められるのならずっと良いと私は思います。信じてきたもの、認めたくなかったもの、あるいは過ち――それらを突き付けられて飲み込むのは、誰であっても難しい。結果、その事実にそっぽを向く者は多いです。だが、貴方は認めた。それで十分です」


 バルドリックはその言葉にわずかに口元を緩めた。

 ルナスは、バルドリックの身の回りにあった「常識」なんていうものを自分の物差し1つですべて否定する。そういう性格だ。そういう龍だ。しかし、常識を否定することが悪なのだろうかとバルドリックは今となっては思う。

 龍は邪悪だと言う。だが、百の正義が存在しないように、百の悪も存在しないのだ。ならば、龍は本当に邪悪なのか。

 だから、だからこそ、このルナスという龍にバルドリックは賭けたかった。賭けたくなったのだ。


「さて、今回の1番の本題に入ろうか」

「1番――」


 謝罪の際に、最初にと告げたのはこのことがあったからだ。バルドリックは胸ポケットの中から、一枚の小さく折りたたまれた紙をとりだし、それをルナスに差し出した。

 ルナスはじっとその紙を見つめていたが、すこし間をおいてそれ受け取った。折りたたまれていた紙が開かれ、金色の目が文字列を追い始める。


「これは――」

「信じられないというのなら、それでもかまわない」


 バルドリックの言葉にルナスは視線だけを1度向けた。それは、バルドリックの真意を確かめようとするものなのか、あるいは別の何かなのかは定かではない。

 間もなく、視線は再び紙へと落とされた。


 今回、バルドリックがルナスの元を訪れたのは謝罪の件もあったが、なによりもこれを渡すのが一番の目的だった。

 これを渡したところで信用を得るのは、難しいことであることはバルドリックとて分かっていた。しかし、このことを黙っておく、黙認しろということはバルドリックには到底難しいことだった。ましてや、ルナスにああ言われてからはなおさらだ。


「よく持ち出しましたね、こんなもの」

「ああ。いずれバレるだろうさ」


 バルドリックはそう自嘲気味に笑う。だが、別にそれでいいと思った。


「だが、俺はきっとそのことを見て見ぬふりをする方が後悔する」


 こればかりは、底知れぬ自信があった。


「あなたへ言うにしろ、言わないにしろ、どちらをとっても後悔はする。だったら、後悔が小さい方を取った方が賢明だと俺は思う。例え世間様にどう思われ、どう言われようとも、自分の中の正義を押し殺し、それを悔やみ、過去の自分を恨むような廃人になるよりはましだ」


 想像がついてしまうのだ。もし、この龍に打ち明けなかったら、黙っていたら、自分はきっとどうしようもない人間になる。全てが嫌になる。


 あのとき、見て見ぬ振りした自分。

 そして、その時の自分を「仕方なかった」という自分。

 それらの自分を見て、「こんなことになったのは、お前が弱虫だったからだ」となる自分。

 そんなの、あまりにも惨めだろう。愚かだろう。


 楽な方へ、楽な方へ、逃げるのは簡単だ。見て見ぬふりだって簡単だ。だが、その結果、自分の首を絞めることになっては意味がないとバルドリックは思う。だから、目の前の道がどれだけ困難でも、バルドリックは自分を守るために、この龍へと打ち明けることを選んだ。

 

「なるほど、間違いない」


 ルナスは目を細めた。そして、紙を持ち上げるとバルドリックに見せるようにひらひらと動かす。


「信じましょう、あなたを」

「正気か」


 その言葉にバルドリックはぎょっと目を丸めた。この男から自分に対して「信じる」という言葉を向けられるとは思っていなかったのだ。

 

「ええ、信じますよ。それとも、実はこれが偽装でしたと言うんですか」

「まさか。原本は取れていないにしろ、内容はそのままだ」

「でしょうね」


 ルナスは頷いた。


「嘘つきはね、わざわざ『信じられないというのなら、それでもかまわない』なんて言いません。『俺を信じろ』と言います。わざわざ、疑う余地を与えてわが身を危険に晒すことはしない。なぜなら、私たちがそうだからです。しかし、もし、それでいてあなたが嘘つきだとするならば、才がある。あなたは龍を騙せたことを誇りに思っていい」


 そんな才はいらないと、バルドリックは本気で思う。もし、仮に本当に騙していたとしていて、龍を騙すことに成功したとしても、他者に言いふらすことはしないだろう。

 バルドリックは、水面のような金色の瞳を見据えた。


「バルドリック・ブレイブ――私の案に乗りなさい」


 例えば、嘘をつくことで楽に生きていけるとしたら、そちらを迷いなく選ぶ者もいるだろう。だが、バルドリックは清く正しくいたい。自分の心に嘘をついてまで、だましてまで、「自分は正しい」と言い聞かせる生き方なんぞしたくない。

 だから、この龍が邪悪だとしても――バルドリックは己の正義を守るために手を取るのだ。




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