5-8 開戦
「恐れ入った。まさか、ご令嬢が戦場に立つなどと」
インダロス帝国軍はハーベリス王国軍の目前で歩みを止めた。やがて、インダロス帝国軍の中央から1人の男が馬に揺られて姿を現した。その男の顔はひどく獰猛だった。肌はしっかりと焼けており、掘りは深い。全体的に輪郭に余白があり、きっちりと揃えられた髭がどことなく絵画の獅子を思い出させた。
体格の小さいサフィーの首など、その手にかかればあっさりとへし折られてしまいそうなほど、すべてが大きく感じられた。
するとサフィーの隣にいたルシアンが不愉快そうに口を開く。
「彼女は、ただの令嬢ではない。れっきとした星聖女だ」
「ほう、噂の――それは失礼した」
わずかに男は目を見開き、やがて少し黄味がかった歯を下品にちらつかせた。
「で、あれば、インダロス帝国のレオンハルト・フィエロスはその星聖女様の果敢なる気高き精神を讃えよう」
その名前を聞き、サフィーはぴくりと眉を動かした。ルシアンもその名前を聞き、ほんのわずかだが顔をしかめた。
レオンハルト・フィエロス。インダロス帝国軍の指揮者としては名の知れている人物だ。
(本格的に、ハーベリスを負かす気ね)
ハーベリスが軍事力を持たないことは、インダロス帝国もよく知っているはずだった。だが、そこで軍事力を抑えないうえ、名高い指揮者を選んだことを考えるに、おそらく短期間で決着をつけようとしていることは明らかだった。資金はむろん多勢の方がかかるが、戦争の期間を短くしてしまえば、インダロス帝国が得られる利益の方が多いことは間違いなかった。
「まさか、あなたと会うことになるとは思いもよらなかったな。私は、ルシアン。ハーベリス王国の現国王だ」
「これはこれは――まさか国王陛下が直々に戦場へ赴かれるとは。我が国では到底考えられぬことだ」
「お褒めいただき光栄だ」
2人の間に火花が散るような錯覚。
本当に始まるのか。サフィーがずっと恐れていたものが。人々の日常を、平和を、あっさりと崩落させてしまうものが。それを理解するとわずかに手の内が震えるような気がした。夢ならば、良かった。ここまでのそれらが全部夢で、目が覚めたら、帝国の気配など一切ないそんな日々に戻りやしないだろうか。
しかし、世界は無情だ。サフィーもそれは良く知っている。レオンハルトはルシアンと数度言葉を交わした後、背を向けて帝国軍の中へと戻っていく。じわじわと、喉元まで迫っているのをサフィーは感じた。
狼狽え、悲観する間など到底なく、金管楽器の音が白みがかった青空に響いた。うおおおと、雄叫びが響く。
始まる、始まった、始まってしまった。
瞬間、サフィーの視界の横を白い何かがよぎった。
もはや、人目をはばかる布は彼には必要ない。
人にはない、大きな黒い尾が揺れた。人とは程遠い色彩の朝焼けの紫色の髪が、なびく。
彼は爛々と輝く金色を細めた。
「さあ、始めようか」




