4-7 陽光
小鳥のさえずりが心地いい。ぴろぴろ、ぴろぴろ。あの子たちはお話をよくしてくれる。
天井一面はガラスで作られており、空の様子はよく見て取れた。その様はまさしく動く天井画と呼ぶに相応しい。
通路の脇には様々な植物が植えられている。壁に伝う蔦、枝先に何かを実らせている木もあれば、その様子をしげしげと眺めているだけの葉々、あるいは小鳥たちのさえずりに耳を傾ける花の姿もある。
そんな彼らの隙間を縫うように無色透明な水は流れ、やがて脇道に彫られた水路へと流れていく。
その部屋の中央。白い丸テーブルに持ち手のない茶器が置かれ、淡い薄緑のお茶がまだ湯気を立てていた。
そして、陽光はそこにいた。
彼の白金の髪は太陽のヴェールそのもので、天井のガラスから降り注ぐ光と相違はない。肌は陶器のように白く滑らかでそれが無機質とも言えた。ゆっくりと、髪の毛と同じ色のまつ毛で覆われたまぶたがゆっくりと開く。
覗いたのは、金色。ただ、金色だけではない。赤、橙、そんな燃ゆるような金色を持っていた。縦に伸びた瞳孔がわずかに開き、縮む。
彼の目の前には、鳥がいた。正しくは紙で折られた鳥、だが。
「おや、生きていたんだ」
魚のような鱗を持つ白い尾が、ゆらりと揺れる。
彼は、その鳥の形を模した紙を開く。案の定、そこには陽光がよく知る文字で手紙が綴られていた。
数ヶ月とてっきり音沙汰がなかったため、死んだものかと思っていたが、まあそんなわけもないかと陽光は小さく笑う。とはいえ、手紙に書かれていた内容はかなり衝撃的なものだった。
「なるほどねえ」
彼は空を見上げた。
空は当然の如く、青い。ごうごうと風に煽られた雲が必死に群青をかいて泳いでいる。ただ、陽光が見つめるのは、その先、さらにその奥だ。
見えないが、彼らはいる。珍しく静かだと思ったら、なるほど、こういうことかと彼は顔を伏せた。
「まったく手間のかかることだ。あの子も、あなたたちも」
おそらく、空の上の彼らにはこの声は届いていない。届かない。そういうものたちなのだ。ただ、ゆえに零さずにはいられなかった。
彼はゆっくりと椅子から立ち上がると、そのままきらきらと光る髪を揺らしながら、どこかへと歩き出した。その彼の背中を、小鳥たちは不思議そうに見送っていた。
「差出人の名前が、ない――ですか」
サフィーから話を聞いたアリシアは、不思議そうに頬に手を当てる。今まで届いていた手紙はすべてグレイモントのもので、彼の名前が封筒には記されていた。
しかし、今回はない。つまりは、グレイモントが送ってきたものではない。
何か嫌な予感がした。サフィーは、封を開ける。
その様子をアリシアは心配そうに見守っていた。アリシアも何かを感じているのだろう。加えて、先の件があってからというもの、どうしても彼女の中での王国への不信感はぬぐえないようだった。
サフィーが倒れたあの日のアリシアの様子は、熱が収まり始めた頃にルナスから聞いた。
アリシアは、ルナスに抱えられたサフィーを見て卒倒しそうな勢いで青ざめた。だが、彼女の判断は早く、ルナスの簡単な説明を聞いて、サフィーの湯汲みの世話を一人で行った。そして、暗くなり始めているというのに果物を買いに行ったという。あの果物はアリシアが買いに行ったものだったようだ。
そして、一通りの作業を終えたアリシアは、ルナスに怒った。サフィーの安全のためにルナスを護衛でつけたのに、肝心のルナスが離れてどうすると。夕餉の支度から夕餉の間までずっとルナスは小言を言われていたようだ。
聞いているだけで、ルナスに申し訳なくなった。確かに、離れる判断をしたのはルナスだが、気を抜いていたのはサフィーも同じだったのだ。
しかし、アリシアはそれと同等にハーベリス王国へも怒っていた。ルナスの代わりとして付けたはずの騎士が役目を果たせていなかったのはいかがなものかと。
ただ、サフィーから言わせれば、潜伏していた騎士に囲まれたバルドリックは、馬車の中にいて十分にその力を発揮できていなかったのだから仕方ないと思ってしまう。
だが、サフィーの口からそれを聞いたアリシアは「お嬢様は、優しすぎます」と言い切った。仕方ないものは仕方ないと思うのだが、と首をひねったサフィーの横でルナスは「仕方なくないこともあります」と言ったので、そういうことにしておいた。
ただ、明らかに今回の件は何かが起きようとしていることを示唆していた。星聖女を奇襲するなど、ただ事ではない。
だが、あくまでそれは自分の危惧だとサフィーは言い聞かせた。あの奇襲は、ただの偶然、王家の馬車だと知らなかった者が起こしたものだと。だから、これ以上何も起きないでほしいと願いながら、サフィーは手紙を取り出した。
手紙の内容は非常に簡潔なもの、ただそれは事の緊急性を意味していた。ひとつ、ひとつ、理解していくうちに、サフィーの口からこぼれた。
「嘘、でしょう?」
手紙を持つ手に力が籠る。一気に血の気が引いた。わずかに、足元がおぼつかなくなった。
「サフィー、落ち着いてください」
そんなサフィーの身体を支えたのは、家事を終えて戻ってきたルナスだった。サフィーは、はっと顔を上げるも、身体の震えは落ち着かない。
「どうしよう、どうしよう」
サフィーはその言葉を反復させる。
それを見たルナスはサフィーの身体を支えながら、近くにあったソファへと座らせた。
「アリシアさん、温かい飲み物をお願いしてもいいですか」
「すぐ紅茶を淹れます」
ルナスとアリシアの会話が耳を通り抜けていく。
思えば、今までが不思議だったのだ。今日までこの国が危険に囲まれながらも平穏と共に寄り添えてきたのは、おそらく「運がいい」というほかなかった。その運がいつかは、この国を見放すことも、サフィーは分かっていた。分かっていた、つもりだった。
ただ、やはり、つもりでしかなかったのかもしれない。
「ルナス、ルナス、どうしよう」
血の気がなくなるほど握り締めたサフィーの拳を、ルナスがそっと包んだ。
「戦争が、はじまってしまう」




