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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
1章 偽物聖女、龍を拾う。
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1-3 不吉な前兆

 いつの間にか馬車は、鬱蒼とした木々の中を駆けていた。と、次の瞬間には一気に視界が広がり、暗闇とは無縁そうな空間が広がった。庭の芝生はきっちりと背丈が並ぶように揃えられ、道は灰色の石畳で作られている。窓から宮殿の姿がちらりちらりと見え始めており、サフィーは目を逸らした。

 何度見ても、慣れない。ここに自分が住むことになるかもしれないなどとは、到底思えない。


 すると、がたんと馬車が小さく揺れた。何事かと思えば、窓の外の風景が止まっている。どうやら馬車が停止したようだ。しかし、まだ城まではいくらか距離があり、馬車が停止するのには早いような気がした。


「クリスタシア様」

「なにごとですか」


 サフィーが立ち上がるよりも早く、アリシアが先に窓から顔を覗かせた。アリシアの毅然とした態度に臆さず、赤い髪の騎士は頭を下げる。鮮烈な赤だ。サフィーはこの赤色に見覚えがあった。


(たしか、ブレイブン伯爵家のバルドリック様よね)


 ブレイブン家は由緒ある騎士家系の一族で、代々王宮に仕えてきた。そして、このバルドリックという青年は、グレイモントに仕えている騎士で、且つ彼の友人のはずだ。同じ学校で、更に同じ学年。元々、家での交流もあったためだろう。仲がいいということは、貴族の間では周知であったし、サフィーもそれは例に洩れなかった。現に、サフィーが行った数少ない夜会の中でもグレイモントとバルドリックが会話しているところを見かけたことがある。


 自然に整えられた赤い髪を垂らしながら、バルドリックは続けた。


「恐れながら、取り急ぎご報告申し上げます。本日、グレイモント殿下はご不在です」

「不在ですか?」


 不在――その言葉に、サフィーは目を瞬かせた。バルドリックは、頷き続ける。


「遠方からお越しいただき申し訳ないのですが、本日はお戻りください。後日、改めてご連絡を」


 すると、その言葉にアリシアが眉間に皺を刻み口を開く。


「先に日を指定してきたのは、そちらでしょう。理由も言わず帰れとはずいぶんなことですね」


 その指摘にバルドリックの目が泳いだ。

 アリシアの言う通り、今日の面会はグレイモントが指定してきた日程だ。当然だが、サフィーたちはこの日にあわせて予定を調整したのだ。それを一方的で変えた不義理に、アリシアはむかっ腹を立てたのだろうことはサフィーにも容易に見当がついた。そして、そのむかっ腹自体は間違っていない。


 しかし、ここは王宮だ。


 王宮は一見すれば華やかな場所だ。だが、それと同時にその煌びやかな照明が作る強い影のような思惑が、有象無象とうごめいている場所でもある。そして、それらは決して部外者である立場の者たちにやすやすと教えられるものではないはずだ。


(理由は気になるけれども、言いにくいことなのでしょうね。私も正式に婚約者に指名されているわけでもないし)


 実際のところサフィーは習わし、というだけで正式な婚約者としては指名されていない。なので、部外者扱いでも仕方がないのかもしれない。

 そうして、サフィーがアリシアを嗜めようとしたときだ。

 バルドリックがため息交じりに口を開いた。


「国境で龍――龍人を兵が捕まえました」

「龍人ですって」


 サフィーはたまらず、聞き返した。そして、絶句した。


 龍とは、巨大なとかげのような体に、木々を簡単になぎ倒す大きな翼と、剣さえ簡単にはじく鱗、岩をもまるで砂の塊だと言わんばかりに砕く手足――そして、この世界で唯一魔法を持つ種族だ。

 それらが人に化けた姿を、人々は龍人と呼んでいた。


 彼らはアルテリオと呼ばれる王国で独自の文化を築いており、その国はハーベリス王国の東に隣接している。さらに言えばクリスタス家の領地であるマインヴィーニの目と鼻の先にある国だった。

 しかし、サフィーは生まれてこの方、龍を見たことなどなかった。それは、おそらくはサフィーだけではない。この国に住む人間どころか、この世界に住む多くの人間はその目で龍を見たことがない。


(龍が、どうして――)


 妙な話だ、色々と。それに、なぜだか喉元に小骨が刺さったような、違和感がある。

 しかし、サフィーはその小骨の正体が掴めずにいた。


 しかし、である。そもそも龍人を捕獲した件、面会を無断で中止した件が関係あるようには思えない。

 アリシアもサフィーと同じ部分にひっかかりを覚えていたようで、バルドリックに問うた。


「グレイモント殿下と何か関係があるのですか?」


 バルドリックはわずかに顔を歪めた後、諦めたように答える。


「自らで龍を処刑すると広場に向われました」

「処刑――ですか?」


 サフィーは呆然とした。

 龍人を、処す。つまりは、殺すのだ。その言葉をサフィーは脳内でひたすらに半濁させていく。

 

「誰も止めなかったのですか?」

「いいえ。私を含め、複数の兵は止めました。サフィーリア様との面会の予定もありましたし、何よりルシアン国王殿下の了承を得てはいません」

「ルシアン国王殿下は何処に」

「インダロス帝国の使者が尋ねてきたので、その対応を」


 インダロス帝国。サフィーはその単語に顔をしかめた。

 ハーベリス王国の西に隣接する国、それがインダロス帝国である。ハーベリス王国の国土のおよそ12倍ほどの国土を持つ大国であり、蒸気機関の発明により大きな発展を成した国、さらに言えば世界でも指折りの軍事力をもつ軍事国家でもある。そんな国の使者を、軍事力などほぼ持たないハーベリス王国が無碍にできるはずがなかった。


 しかも、なんとまあ間が悪いことか。せめても、ルシアン国王の義弟さえいれば良かったのだが、あいにく海を挟んだ別国との貿易のために、数か月前から息子と共にこの国を離れているのだ。

 そうなれば、必然的に王位継承権を持つグレイモントを止められる者はいない。

 

 龍とは、確かに危険な生き物だ。その危険を早急に始末する。おかしな話ではない。

 だが、サフィーはどうしてもその龍を殺してはいけないような気がした。


(何か――おかしい)


 とはいえ話を聞いている限り、その”何か”の正体を探っているほど、時間に余裕はなさそうだ。


 サフィーはアリシアを押し退け、扉を開けると馬車から飛び出た。そうしてバルドリックが乗ってきたであろう馬の手綱を握る。大きな黒馬だ。この大きさからして雄で間違いないが、気性は穏やかなのだろう。サフィーのことを見て、ゆっくりと瞬きするだけだった。


「あなたの力を少し貸してね」


 サフィーがそう言って、馬の鼻先を撫でれば馬はぶるると鼻を鳴らす。その様子を見ていたアリシアが、動揺しながらもサフィーに尋ねた。

 

「お嬢様、いったい何を」

「広場に行くわ。止めるのよ」

「は――」


 その言葉にアリシアとバルドリックは目を見開く。


「処刑を、止める?」

「はい。バルドリック様、この子を少しの間貸してください」

 

 サフィーの行動に呆気を取られているバルドリックを押し退け、アリシアはサフィーの手を掴んだ。


「いけません、サフィー様。危険すぎます」


 処刑を止める。サフィーもそれがどれだけ危険なことかは百も承知だった。だが、サフィーはアリシアの手を振り払う。

 

「確かに危ないわ。殿下に、王族へ背くことになりかねないもの。でもね、間違いなく龍を処す方がもっといけないわ」


 龍の処刑は、おそらくここから一番近い大広場で行われる。

 グレイモントが予定にない動きをしたということは、王都から離れているとは考え難い。また、この街で一番大きくて開けた場所は大広場ただ1つであった。ここから、大広場まではそう遠くはないはずだ。


 サフィーは迷いなく、鞍にまたがった。日常で馬に乗る機会は多いため、乗馬に戸惑うことはなかった。が、騎乗して理解した。大きい。

 普段サフィーが乗る馬は雌馬だ。この黒馬よりひとまわり、いや、下手をすればふたまわり体躯は小さい。

 一抹の、恐怖。しかし、サフィーはその考えを振り払う。

 馬というのは、人間が思っているよりもずっと聡い。騎乗する人間が不安を抱くと、格下の人間と見られてしまう。そうすれば、馬は言うことを聞かなくなるし、下手をすれば振り落とされる。

 そのため不安感やら不信感は、乗馬において最も忌避すべき感情とも言えた。


 それに、サフィーが今から自力で広場まで走ったところで、間に合わない。どうしたってこの黒馬の力を借りるしかないのだ。

 サフィーは大きく深呼吸をすると、呆然と見上げるバルドリックに尋ねた。


「バルドリック様、この子の名前は?」

「ゲイルだが――」

「お嬢様降りてください。いけません。あなたがすべきことではありません」


 狼狽えながらも答えたバルドリックの言葉を遮り、アリシアが声を荒げた。それにサフィーは、ゲイルという名の馬の背を撫でて、口を開く。


「確かに、私がすることでもないかもしれないわ」

「では――」


 アリシアの言葉に、サフィーは首を横に振った。


 今まで、龍たちは人前に姿を現すことはなかった。それは、龍と人間との間には数世紀も前の争いによって生まれた明確な溝があったためだ。そんな溝が生じたからこそ、龍は姿を見せなくなった。

 そのはずだ。


 ――なら、なぜ。


 この形容しがたい確実な違和感に、気づく者が他にいればいい。そうすれば、サフィーだって大人しくしている。だが、その可能性は現状で考えないほうが賢明だった。


「私は今この状況が、おかしいと思っている。そして、私のほかに『おかしい』と思う者がいればいいわ。でも、どう? ことがここまで進んだということは、止める者がいないということよ。おかしいと思っても止めなければ意味がない。

 だから、私が止める他ないのよ」


 例えば、森に棲む獣には言葉が通じない。人を襲わないでくれと言ったところで、理解すらされない。なら、殺めるしかない。それは、サフィーとて分かっている。

 だが、龍は違う。人と意思疎通ができる種族であると聞いた。さらに言えば、国を維持できる知能があるのだ。つまり、それは最低でも人と同等の知能を持つ生物であるということである。

 であればなお更、龍が意味もなく国を跨ぐはずもない。


(まずは、その龍と話してみなければ、何も分からないわ――)


 サフィーはゲイルの手綱を引いた。そして、サフィーはバルドリックに微笑みかけた。


「ゲイル。疾風ね。とても素敵な名だわ」


 それと同時――ゲイルは力強く石畳を蹴った。


「お嬢様!」


 悲鳴を上げるように、サフィーの名前を呼んだアリシアの隣で、バルドリックは小さく呟いた。


「冗談だろ」


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