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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
4章 蠢く影
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4-4 愚者

 サフィーが目を覚ましたのは、夜がずっと更けてからのことだった。

 喉の渇きを覚え、意識が浮上した。渇きすぎて喉が張り付くように痛み、数度身じろいで、ようやくの思いで目を開く。夜は更け切っているというのに、部屋はやや明るい。サイドテーブルには、火の灯された蝋燭がゆらりゆらりと揺れていた。

 しかし、その蝋燭の穏やかな明るささえも、深い眠りについていたサフィーにとっては刺激的で、数度目を瞬かせる必要があった。すると視界の端で何かが動くのが見えた。


「……ル、ナス」


 そこにいたのはルナスだった。ベッドサイドに椅子を持ってきたようで、その椅子に深く腰をかけている。動いて見えたのは彼の尻尾だった。ゆらゆらと振り子のように動いている。

 彼は部屋着に着替えており、髪もゆるく束ねただけのようだ。


「目が、覚めましたか」


 その問いかけにサフィーは声を出そうとしたが、喉が張り付いているようで声が出ない。それを察したであろうルナスは、サフィーの口元に水差しをつっこんだ。

 無味無臭の液体が、サフィーの渇いた喉を通り、渇きを共に少しずつ連れ去っていく。


 しかし、体は鉛のように重かった。当然だが倦怠感ばかりは、水ではどうしようもなくサフィーは数度布団の中で体をよじらせる。それを見ていたルナスは静かに告げた。


「無理に動くものでもないですよ」


 熱を出したのは初めてでないが、ここまで体が重くなるほどの熱は体験したことがなかった。彼の言う通り無理に体を動かすものではないのかもしれないと、サフィーはそのまま大人しく布団の中に体を預けた。


「自分の身に何が起きたかは覚えていますか」


 その言葉に、サフィーは数刻考えた。記憶がふつ、ふつとあったりなかったりで、手繰り寄せるのに時間を要したためだ。


「騎士に、この国の騎士にバルドリック様と一緒に襲われて……それで、白い布を口に当てられたわ。すごく強い香水のような香りがして、そこから苦しくなって――ああ、でも、ルナスが助けてくれたのは覚えてる。あと、それと」


 そこで言いかけて、サフィーは詰まった。布を押し当てられてからというもの、肺が焼けるように茹だり苦しくなって、視界が歪み重なった。身体も今よりもずっとずっと重く、ルナスが助けてくれてからも尚、彼の腕の中で体重を預けることしかできなかった。そのサフィーに、ルナスは口づけた。そう、口づけたのだ。

 そこから、一気に体の異変というのが抜けたのだが、サフィーはその現実を受けいれるのに時間を要した。


 おそらくルナスは、サフィーの体内の毒を抜くために口づけたのだ。サフィーにもそれは分かった。現にあの瞬間からサフィーの体を襲っていた不調は、ほとんどなくなったのだから。

 だが、口づけという行為は本来であれば禊の相手とするものであり、仕方がないことと言えど、サフィーの頭は混乱していた。

 ただ、それ以上に恥ずかしかった。そして、その恥ずかしいという気持ちが強いことに、サフィーは自分でも驚いていた。

 顔が熱いのは、熱のせいだと言い訳できる。だが、心臓がどくどくと弾むのは熱が起因――だとは言い難かった。すべて熱のせいだと言い訳したいが、そうもいえない。


 それどころか、記憶はとぎれとぎれでも、あのとき触れた唇の感覚だけは妙に思い出せるのだ。夢だったことにしようかと一瞬考えるも、そうすると飛躍した妄想をしていることになってしまう。それはそれで問題だ。

 

 しかし、そこでサフィーははたと気づき、慌ててルナスの顔を見た。


「ルナス、ルナスは大丈夫なの」

「何がですか」

「毒よ、毒。吸ったのでしょう、私から」


 ルナスはゆっくりと瞬いて、眉根を寄せた。


「自分が死ぬようなものを吸い上げると思いますか、私が」


 その言葉にサフィーは黙りこくった。確かに、ルナスは感情任せに行動するような相手ではない。


「つまり、大丈夫、なのね」


 サフィーは、それにほっと肩を撫でおろした。自分のせいでルナスまで伏せてしまったらたまったものではない。もし、ルナスが「実は毒が効いている」などと言おうものなら、寝台に引きずり込んで、高熱だろうがなんだろうが彼の看病にあたったことだろう。


 すると、その安心しきったサフィーを見ていたルナスがぽそりと呟いた。


「あなたは、本当に、愚者だ」

「何よ突然」


 体はいくらか重かったが、ルナスの言葉に噛みつく程度の気力があった。

 

「前々から思っていたことですよ――いや、ですが、それ故に星々が選定したのでしょう」


 藪から棒とは、まさにこのことでサフィーはルナスのつぶやきに首をひねった。ルナスが要領を得ない会話をするのは、珍しかったためだ。


 しかし、サフィーが口を開く前に、ルナス自身によって遮られた。


「食欲は?」

「……あまり」

「そうですか。でしたら、少し待っていてください」


 そう言うとルナスは席を立ち、部屋を出ていった。その様子を見送り、サフィーは天井を見上げる。


(星々が、私を、選定した)


 ルナスの口ぶりから見るに、なぜか彼はサフィーが星聖女であることを確信しているようだった。

 しかし、本当に、そうなのだろうか。


 星聖女の選定として行われた星占術。その星占に用いられた、ハーベリスに古くから伝わる石は、今までとは違う反応を見せたという。穏やかに光るだけだった石が、強く瞬いた。ばちばち、と閃光をはじめて覚えたかのように。

 それを聞いた時、サフィーは怖かった。「いつもと違う輝きを星の石は放ったが、次の星聖女はあなただ」そう国の使者に言われて、「はい、分かりました。私が次の星聖女です」と言える少女などどのくらいいるのだろうと、サフィーは思う。ただでさえ、「星聖女に選ばれた」などという事実を飲み込むにも、時間を要するだろうに。更に「記録に一切ない光り方をしたけれど」などとも言われれば、「あなたは多分星聖女」くらいの曖昧さである。

 何かの間違いで星の石は光ったのでないかとか、そんな疑問は溢れてきたし、尽きなかった。

 現に、今だって、サフィーは自分が星聖女であるとは思っていない。思えない。

 星聖女を選定し、証明するのは星の石だけだ。たとえ選定されたとしても、その証拠に髪の色が変わるだとか、星型の痣ができるだとかそういった目に分かる変化はない。


 だから、サフィーは怖かった。


(ルナス、私、もしかしたら星聖女ではないかもしれないのよ)


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