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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
3章 龍に首輪は難しい
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3-7 見たくはないもの

 サフィーはバルドリックと共に帰りの馬車に揺られていた。馬車の中は、静寂。唯一響くのは、がらがらと車輪の音が響くだけだった。

 

 当然と言えば当然だが、グレイモントはルナスとのやり取りを冗談で終わらせる気など毛頭ないようで、ルナスとの口頭約束を書面に起こすこととした。


 しかし、サフィーの家までの帰路の時間を考えると、宮殿を出なくてはいけない時間はゆうに過ぎている。ハーベリスは国土こそ他国に比べれば大きくないものの、馬車で移動する距離には限界がある。

 そのためか、ルナスは先にサフィーを帰らせるようにサフィーに言った。つまりは、自分は置いて行けと言ったのだ。

 であれば、どうやってルナスは帰るのか、そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、そもそもルナスは龍人だ。龍が人の形に姿を変えているだけなのだ。ゆえに、移動面に関しては問題なさそうなので、サフィーはそのまま大人しく引きさがることとしたのだ。


 そして、ルナスに代わって護衛役を任されたのがバルドリックである。サフィーとの面識があり、かつ腕も立つ騎士のためだ。

 

 車内に流れるのは、重い沈黙のように思われた。

 しかし、サフィーはその沈黙を気にするような余裕はなく、ぐるぐると心にうごめく不安に近い感情に耳を傾けていた。


 やはり、ルナスを連れてきたのは間違いだったのだろう。そう言わざるを得ない。


 そもそも、自分の行動が悪かったせいで、ルナスを巻き込んでしまったとも言える。もう少しうまい立ち振る舞いができていればこんなことにはならなかったかもしれない。それとも、もう少し身の程をわきまえれば――。

 しかし、いくら考えたところで、すべては後の祭り。だが、サフィーはそれが歯がゆくて溜まらなかった。


 すると、バルドリックが口を開いた。


「ずいぶんなことをしてくれましたね、あなたは」


 その言葉に、サフィーは口をまっすぐと閉じた。

 ずいぶんなこと――どれを意味しているのだろうかとサフィーは考えた。ルナスを助けたこと、ルナスを連れてきたこと、或いは自分の立ち振る舞い――思い当たる節は多い。

 サフィーは、少し間を置いた。そして、頷く。


「そう――そうかもしれません」


 サフィーは小さくため息をひとつ零すと、そのまま馬車の壁に頭を預けた。


「でも、彼を連れてきたことを後悔してはいるけれど、あの時グレイモント殿下の間に割って入ったことを後悔はしていないんです」

「――それが原因で魔女と言われても、ですか」


 魔女――あの噂のことかとサフィーは一人納得した。

 そして、バルドリックの言い分からして、ルナスを助けたことが「サフィーは魔女なのではないか」という噂をさらに強めたのだろう。

 だが、確かに星の石を操って聖女と偽れる力が本当にあるのだとしたら、それこそ魔女と呼ばれるにはふさわしいかもしれない。


 とはいえ、サフィーは魔力すら持たないただの人間だ。この世界で魔法を使えるのは龍だけ。それは周知のはずだったが、その魔法を使える龍のルナスがサフィーの隣に大人しくいることで、噂に拍車をかけてしまったのかもしれない。


「ねえ、バルドリック様。一つだけ、私の話を聞いてください」


 サフィーは黒く跳ね上がった睫毛で縁取られた瞼をゆっくりと閉じた。

 バルドリックは、頷きもしなかったが、拒否もしない。ゆえに、サフィーは続けた。


「私は、戦争が嫌いなのです」


 そう言って、沈み切った青を瞼の中からわずかに覗かせた。そうしてうわごとのように話し出す。


「小さい頃に、インダロス帝国へ父の仕事で付き添っていったことがあるんです」


 思い出すのは、困った顔でサフィーに「一緒に来るか」と尋ねた父の顔だった。

 ハーベリス王国の葡萄酒の多くは自国で消費されるものの、一部は貿易の輸出品として扱われていた。その顧客の一つが、インダロス帝国である。そして、ヴィーン村の葡萄酒もその例外ではなかった。

 しかし、新たな顧客との取引のためにはインダロス帝国に出向かなければならず、その場所は移動に一週間ほどを要する場所だった。

 幼い一人娘を下手をすれば一ヵ月、家へ残すことに不安を抱いたのだろう。それは決してアリシアを信用していないというわけではなく、まだ幼いサフィーの心を気遣ってのことだった。


 まだ幼いサフィーはそんな父の気持ちも露知らず、家を空ける日もある多忙な父と一緒にいられると、喜んで頷いた。それでいて、初めて向かう国外にサフィーは道中浮かれっぱなしだった。

 きっと、父が連れて行ってくれる場所だ。素敵な国に違いない、と心は浮足立った。


 しかし、その想いはインダロス帝国に足を踏み入れた途端、どこか遠い彼方のものとなったのだ。


「ひどいものでした。いえ、ひどいだけでは言い表せないほどでした。戦争のために税を繰り上げるばかりで、男手は戦場に持っていかれてしまって――枯れ枝のようになった腕の女の人や年端もいかない子供たちが、必死に土を耕しているんです。あの土では、もう細い作物も育たないのに。

 そんな街でしたから、私たちに物乞いをする人も少なくはありませんでした」


 その光景に、幼いサフィーは必死に父の身体に縋りついた。枯れ枝のような人が腕を伸ばす光景が恐ろしかったのか、あるいは煙が幾層にも重なり重い泥のようになった雲で覆い隠された暗く重い街の雰囲気に怯えていたのかは分からない。

 ただ、涙をこらえるので必死で、父から離れまいとその手を強く握りしめていたことだけはよく覚えている。

 

 あの街を、あの国を思い出すたびに暗雲が心に広がる。そして、その暗雲の中に迷い込んで出られなくなってしまいそうな不安が押し寄せるのだ。


 暗雲をどうにか払拭したくて、サフィーは窓枠に手をかけた。

 西日だ。限りなく続きそうな草原の海へと、太陽は沈んでいく。人工物一つないその草原は、喧騒にまみれていた王都とはまったく違う光景に見えた。

 サフィーが窓を開けると、冷たくなってきた風がサフィーの黒檀の髪を撫でた。優しい風――サフィーは目を閉じる。


「その街を治めていた方はね。金が至る所に張られた絢爛豪華な家具、美しい女性たち、食べきれないほどのロースト肉に柔らかいパン、新鮮な果物に囲まれて言ったの『先の戦争は良いものだった』って」


 どうしてそんなことが言えるのか。街の人たちは、あんなにも貧しい想いをしているというのに。子供の目から見ても、その領主を囲む食材は一度で食べきれるほどの量ではなかった。

 しかし、そのほとんど手の付けられない食材はごみ捨て場に向かうのだ。せめても、その余った食材が街の人に与えられるのであれば――あんなに餓えに苦しむ人などいないはずだ。

 だからこそ、幼いサフィーはその領主が理解できなかった。そして、今のサフィーも理解はできない。それどころか、理解などできないままでいいと本気で思う。


「私、耐えきれないわ。もし、私の知っている人たちが、私を見守ってくれた人たちが、ああして一日一日を瘦せこけた体でようやく過ごす姿なんて見たくないの」


 かすかに声が震えた。想像するだけでも胸が痛くなる。

 バルドリックは何も言わない。そしてサフィーはそんな彼の表情を見ようとも思わなかった。最後まで話を聞いてくれただけで十分だった。


 慰めも、同情も、ほしくはなかった。


 そうして、サフィーが目を伏せた時だ。

 馬のけたたましい悲鳴と同時、ごおんという勢いで馬車が大きく揺れ動いた。悲鳴をあげ、サフィーとバルドリックは耐えきれず体勢を崩す。


「何事だ!」


 馬車の壁に身体を打ち付け、痛みに体を身じろがせていたサフィーは、視線をバルドリックへと向けた。彼は片手剣の柄に手を伸ばし、扉を睨みつけている。


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