3-1 異物
「城に行くのは、私だけで大丈夫よ」
「そうですか」
サフィーが遠回しに帰るように促したものの、ルナスはあからさまに適当な相槌をうった。それに、サフィーは思わず頭を抱えて項垂れる。車輪に石ころが当たったのか、馬車内はがたりと揺れた。
グレイモントがサフィーに手紙をよこしたのは数日前の出来事だった。内容は、サフィーとの面会を希望するものであったが、妙な違和感があった。
サフィーがルナスの処刑に割って入った以上、グレイモントの中でのサフィーの印象と言うのは最悪とも言えるはずだ。そのため、連絡をよこしてきたのが想定外でもあった。だが、だからこそ連絡をよこした理由がルナスであることはすぐに見当がついた。
ルナスの状況を確かめるのが目的か、あるいは別の何かを目的としているのかと考えてはいたものの、手紙の文面だけではグレイモントという人物の心情を図ることはできない。どちらにせよ、あの様子を見るにルナスを歓迎する気はないだろう。だったら、わざわざルナスを城に連れていく必要もない。それに何より手紙に書かれていないのだ。知らぬ存ぜぬで突き通せるだろうとサフィーは思った。
そのため、ルナスにバレないようにと支度をしていたサフィーだったが、結果は見ての通りだ。
そもそも鋭い洞察力を持っているルナスを騙すことは、至難の業――不可能かもしれない。更に言えば、ルナスはおそらく事情を知れば、引き下がらない。ルナスは確かに口数が少なく物静かだが、それ故に大人しいというわけではないのだ。
「そもそも、無理でしょう。あなたが1人で城に行くのは」
「行けるわ。馬車に乗って座ってるだけだもの」
むっとしてサフィーが言い返せば、ルナスは目を細めた。
「どうでしょうか。付き人がいない貴族など、王宮では浮きますよ。それどころか、ただでさえあんなところに突っ込んでいくあなただ。たとえ、私が黙っても、アリシアさんは良しとしないでしょうね」
その言葉に、サフィーの口元はへの字に曲がった。アリシアのことを持ち出されるとサフィーは反論の術を持たない。
ルナスの言うように、サフィーは周囲の静止を振り切ってまで、処刑場に転がり込むような少女だ。そんな彼女を1人で城に送ることをアリシアと言う使用人は確かに良しとしない。というよりも、できないとも言えた。
本来であれば、サフィーに同行するのは使用人であるアリシアの仕事である。彼女は、サフィーをよく知るたった1人の使用人だ。だが、それと同時にクリスタス家のたった1人の使用人でもある。家にサフィーたちがいないからといって、家事が減るわけではなし。更に言えば、本来は家を無人にするのは避けたいことなのだ。
そのため、今回の同行はルナスとなった。家の勝手がまだ分かり切っていないルナスだけを置いていくのは、決して賢明な判断ではなかったことも理由のうちであった。もはや、ルナスを連れて行かない理由の方が少ない。とはいえ、だ。サフィーは唇を尖らせざるを得なかった。
何せ、今回の面会が快晴の日差しが降り注ぐ湖面のような穏やかなもの終わるわけがないことは明白であるためだ。
王宮の玄関口ともいえる大きな門をくぐり、庭園を馬車が走り始めた。この庭園というのがかなり大きなもので、徒歩で移動するにはうんと時間がかかる。なぜ、この王宮を作った人間はこんなに庭を大きくしたのか、不便ではないのか、そのようなことを毎回サフィーが真面目に考えてしまうほどには広かった。
庭園には様々な植物が植えており、どれも形が整えられているものばかりだ。特に目を惹くのは石畳に沿うように植えられた花々で、ひとつひとつが大輪のうえ、芳醇な香りを纏ってる。ぎっしりと詰まった花弁は、フリルを惜しげもなくたっぷりとあしらったドレスによく似ている。まるで、社交界の花である貴婦人そっくりだ。彼女たちは蕾の頃に庭師の厳しい監査の目をくぐり抜けて選び抜かれた花々なのだ。その華美さ否や、貴婦人たちと遜色はないのもうなずけた。
そして、その花々の奥、宮殿はあった。淡い黄土色の石材には、何百もの窓が規則正しく、左右対称に配置されている。正面の中心部には控え目なアーチ状のドームがあり、窓には細かな装飾が施されている。絢爛豪華ではないものの、優雅で落ち着いた印象のこの城は、まさしくハーベリス王国そのものを表していた。
その花々の間の石畳の上で、馬車は止まった。ルナスは御者が扉を開けると先に扉の外に出て、サフィーに手を差し出した。その動作の1つ1つが一切の迷いもない。見よう見まねにしてはえらく隙がないようにサフィーは思えた。
サフィーがルナスの手を借りて馬車を降りると、周囲を囲んでいる花々がざわざわと風に揺れる。その様、まるで噂話に花を咲かせる貴婦人とよく似ている気がした。やはり、この花と貴婦人たちはよく似ている。サフィーは美しいこの花が好きにはなれなさそうだった。
サフィーが馬車を降りると、ふと違和感を覚える。何か、刺さるような感覚。視線であることをサフィーはすぐに理解した。
瞳だけを周囲に這わせて見渡せば、それが城を出入りする者たちのものであることはすぐ分かった。何かを話しているようだ。こちらに声は聞こえないものの、明らかに視線はこちらに向けられており、サフィーとルナスのことであるのは明らかだった。
(まあ、当たり前と言えば当たり前よね)
片や偽物と噂される星聖女、片やその偽物聖女が助けた本来この国にいてはならないであろう龍人である。
村ではある程度馴染んでいたルナスだが、外に出たのは今日がはじめてだった。それ故にサフィーも忘れかけていたが、元来龍とは畏怖の対象なのである。
しかし、やはり何も知らない者たちが憶測で軽蔑し、勝手に怯えている様子を見ていると、頭にくるものがある。
一応、ちらりとルナスを盗み見る。彼はサフィーの視線にすぐ気づいたようで、こちらに視線を向けた。しかし、その表情は相変わらず無に等しい。
間違いなくルナスも周囲の視線には気づいているだろう。だが、ルナスの表情を見るからに、彼の心には、あの奇異な視線など一切意味を成していないようだった。強か、それだけがこの場において唯一サフィーの救いであった。
「サフィーリア嬢」
聞き覚えのある声に、サフィーはそちらをみた。




