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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
2章 月彩晶
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2-8 龍の国

 世界屈指の軍事力を保有しているインダロス帝国だが、その力の増幅には最近停滞というものが見て取れた。そうなれば、他国に追いつかれてしまう可能性がある。おそらくそう考えたインダロス帝国が選んだ手段。それが、他国を侵略するという手段だった。


 他国を侵略すれば、国土も人も手に入れられる。それだけではない。その国土が持つ資源も手に入るうえ、土地によっては敵国の戦略的優位に立てる可能性もあがる。


「であれば、ハーべリスを真っ先に狙いそうなものですがね。隣国で、軍を動かす資金も他国より少ないはずだ」


 サフィーは駒を動かした後、頷いた。


「そうね。でも、彼らが求めているのは国土と人手よ。ハーベリスの土地は小さいし、人口も多いわけではないもの。ハーベリス王国を攻めても、利益はなかったわ。最近まではね」


 その言葉に、ルナスが顔を上げた。


「インダロス帝国は多くの人口を抱えているわ。多くの人口を持つということは、それに伴って多くの食料が必要になる。インダロス帝国の政府がまず勧めたのは、植物の成長を促す肥料を多く使用することだったの。その肥料は、人には無害なもので、最初は皆こぞって使っていたようだけれど1点問題があったわ」

「土の酸化ですか」


 サフィーは、駒を動かして目を伏せた。


「そうよ」


 土、というものは、日常で当たり前にあるものだが、長い間地球が育ててきた資源のうちの1つだ。1度、土が死ぬとまた作物がしっかり育つようになるまでは、数年の時間を要す。たった数年だが、その数年は多くの人口を抱えるインダロス帝国にとってはあまりにも痛手だった。

 ルナスは、顎に手を当て考えた後「ああ、そうか」と頷いた。


「だから、あなたはハーベリス王国を狙い始めていると考えているわけですね。インダロス帝国から最も近く、軍事力もない、土壌に恵まれた国であるから」

「ええ。現に最近、インダロス帝国との貿易がうまくいっていないという話を宮殿内で何度か耳にしたわ」


 そこで、サフィーはふと気づく。


(まずいわね、これ)


 気づかないうちに、盤上の優勢は完全にルナスのものとなっていた。静かに、だが、確実にルナスの手が回っていたのだ。これは、会話しながら相手できるものではないかもしれない。と今更サフィーは思った。

 それどころか、この盤上。ほぼ、勝ち目がない。盤上の全体の状況を頭に入れて見るものの、ルナスの駒が全体的に優位だ。一か所でもサフィーの防衛が崩れれば、ルナスの方の駒が確実に入ってくる。抜け道がないかと、サフィーは盤上をじっと睨んだ。


 すると、ふっと噴き出す声が聞こえた。

 あ、ばかにされてる。そう思って顔を上げたサフィーだったが、ルナスの瞳はアルコールランプの穏やかな炎に照らされ、櫁のような黄金に見えた。


「好きなだけ考えてください」


 紡がれた声も、どこか柔らかく、どきりとしてしまう。

 なぜだか、見てはいけないものを見てしまった気がして、サフィーは目を逸らし、思わず適当な駒を動かした。ルナスはその駒の動きに、片眉を上げた。


(何か、何か、他のことを考えないと――)


 先ほどの櫁の色を脳が焼き付けてしまいそうだった。


「あ、ねえ、ルナス。この国のこと教えたのだから、少しあなたの国のこと教えてちょうだい」


 それにルナスは、視線だけをサフィーに投げた。


「もちろん、あなたの国のことは外に漏らさないと誓うわ」


 秘匿の龍の国、アルテリオ王国。その話が聞ける相手は、おそらくルナスしかこの国にはいない。

 サフィーの少しうきうきとした様子を察したのか、やや呆れたようにため息をつき、ルナスは背もたれに寄り掛かった。


「まあ、いいでしょう。あなたから散々聞いておいて、私だけ話さないというのも公平性に欠けますから」


 ルナスはティーカップに口をつけると、サフィーに尋ねた。


「聞きますが、アルテリオ王国についてはどれほど知っていますか」

「ええと、王子が今2人いて、その王子同士の派閥が異なっているから、国の空気が悪いというような話は聞いたわ。真偽は、分からないけれど」


 それを聞いたルナスは、少し考えるように顎に手を当てた。そして、「ふむ」と頷いた後、姿勢をゆっくり正した。


「合っています。今、アルテリオ王国には、2人の王子がいます。第1王子はルクスラ王子、彼は保守派と呼ばれる派閥を率いています。そして、もう片方が第2王子のリュシオン王子――革命派と言われていますが、分かりやすく言えば開戦派です」

「――開戦派」


 その言葉に、サフィーは目を見開いた。


「先の戦争で龍たちは、岩柱山に囲まれた土地へと移動しました。それが、アルテリオという王国です。しかし、土地柄的には暮らせないこともありませんが、貧しい土地です。保守派は現状それでも生活していけているのだからという――言うなれば現状維持を望む派閥です。一方、革命派は、なぜ人々を追いやる力を持つ自分たちが、こんなにも貧しい土地で暮らさねばならないのか。私たちは、すべてを支配する力を持つ生物なのだ。そうして、人間たちを侵攻しようとしている派閥です。そして、現状は革命派の方が優位にあります」


 さらりと、ルナスは言ってのけた。サフィーはそれに思わず顔をしかめた。


「ねえ、まって。それじゃあ、真っ先に狙われるのって」

「この国でしょうね」


 ルナスの言葉にサフィーはぐっと息をのんだ。

 確かに、アルテリオは農業には向かない土地だ。それはサフィーも知っていた。

 ヴィーン村を抜けてずっと歩くと、アルテリオ王国の土地は見える。踏み込んだことはない。何せ、ハーベリス王国とアルテリオ王国の境界は、崖――ひとつ足を踏み入れれば命を落とすであろう、断崖絶壁で区切られている。

 だが、崖の上から眺めるからこそ、アルテリオ王国という国は人間が犯すことを許されない絶対領域であることは明白だった。最初に目につくのは、深海のような雰囲気を持つ深い深い森だった。そして、次に目につくのはこの土地特有のもの。森に突き刺さった数十、数百本にもわたる岩の柱だ。その柱は1本1本が大きく、てっぺんは雲に隠れていて見えない。なのでどれだけの高さがあるのかは想像がつかなかった。

 だが、そんな辺鄙な土地であれば、誰の目から見ても作物などが育たないのは明白であった。


 圧倒的な軍事力を持つインダロス帝国、狡猾さと強さを備えた龍たちの住まうアルテリオ王国。その間に挟まるハーベリス王国は、両国に対応できるほどの軍事力などは持ち合わせておらず、唯一あるものと言えば恵まれた土壌だけ。両国からその恵まれた土壌を狙われているというのだから、かなり状況は悪い。

 どうしたものかと考えてみるが、もはやサフィーが悩んだところで解決できる範囲からは逸脱しているとも言えた。


(なるようにしか、ならないかしら)

 

 サフィーはため息交じりに、背もたれによりかかる。その様子を見ていた、ルナスは目を細めた。


「ですが、まあ」


 ルナスは再び頬杖をつくと、視線を窓の外に投げやった。そこに、広がるのは何もかもを攫ってしまいそうな漆黒だったが、日中であればヴィーンの村が見える窓だった。


「あの国は、ここよりずっと退屈です。私は楽しくないことが嫌いなので」

「なにそれ」


 藪から棒ともいえるルナスの発言に、サフィーは目を瞬かせた。

 しかし、ルナスは至極真面目だと言った様子で続ける。


「龍の相手というのは、結構疲れるものです、本当に。同族ですが、嫌いです。そして、そう思っているのはおそらく、私だけではないでしょうね」


 龍は狡猾だ。その狡猾さは、おそらく人間相手だけに発揮されていることではないという意味だろう。そんな相手が周囲にたくさんいたらと思うと、確かに疲れそうだ。


「ねえ、サフィー」


 ゆったりとした声。


「私は、まだここにいてもいいですか」


 サフィーは、その言葉に数度、瞳を瞬かせた。そして、答えなど決まっていた。


「――もちろん、ルナスが好きなだけいればいいわ。」


 サフィーがそういって笑えば、ルナスは少しだけ口角を上げた。

 それはきっと、この場所がルナスにとっては居心地のいい場所になっているということで、サフィーはそれが何よりも誇らしかった。自分が大好きなこの場所を、全く違う場所、環境からやって来た龍も好きになってくれたのだ。


「ところで、ルナス」


 サフィーはボードゲームを見下ろして口を開く。


「降参してもいい?」


 盤上の駒をどう動かしてもサフィーの勝ち筋は絶たれていた。

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