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偽物聖女と毒吐きの龍  作者: 綴藤風花
1章 偽物聖女、龍を拾う。
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1-1 偽物聖女のサフィーリア

「彼の首をはねる前に、私の首をはねてください」


 快晴。柔らかな青の空の下で響いたのは、そんな日和にそぐわない物騒な言葉だった。

 

 呆然とした、唖然とした観衆をよそに、少女はただまっすぐ前を見据えていた。

 その瞳は、青。彼女を見たとき多くの者は、真っ先にその青を覚える。海の青というにはあまりにも透き通っていて、空の青というにはあまりにも深かった。


 少女が大きく呼吸をひとつすると、黒檀の髪の毛が彼女の動作に合わせて揺れた。元々きっちりと後ろに結いあげられていたのであろう髪は、解けて乱れている。

 彼女の纏うドレスにあしらわれたシフォン生地のいくらかは破けており、ところどころ白い布地には土汚れが目立った。細い腕や足にも、できたばかりであろう擦り傷がいくつか見て取れる。

 それらは、決して品位のある者の装いとは言えなかった。

 しかし、彼女はそれらがまるでそこにないかのように、ただ凛とした表情でそこに立っていた。


 彼女は視線だけを背後に向ける。

 すると、黄金の瞳と視線が合った。爛々と輝くそれは、人の瞳が決して持ちえない輝きであった。


(本当に、彼――)

 

「サフィーリア嬢――君は今、自分が何を言っているのか、分かっているのか」


 その言葉に少女は目の前の男へ視線を戻した。

 男は少女の言動、例えばその呼吸1つでさえ不愉快だと言わんばかりに眉間にしわをつくる。そのアイスブルーの瞳は、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭さがあった。

 そして、そこから覗くのは軽蔑、呆れ。


 少女は思う。おそらく、ここで引けば馬鹿な女と軽蔑されるだけですむということ。少なからず、わが身だけは守れるということ。それは、分かっている。

 しかし、彼女には引き下がる気は毛頭なかった。

 むしろ、もはやここまで踏み込んだのだ。引いても馬鹿だと罵られるくらいなら、この場に留まって切り捨てられたほうがまだましというものだ。


 彼女は高らかに告げる。

 

「はい、グレイモント殿下。私は、彼の――この龍人の処刑をお止めいただけますようお願い申し上げているのです」


 少女は、ハーベリス王国を平和へと誘うために選ばれた星聖女サフィーリア・クリスタス。

 数多の人間が不可能だとした龍との共存への歴史を切り開くこととなる世紀の星聖女である。


   ☆


 ばち、ばち、と――星の石は輝いた。爆ぜるような、目を焼くような光だった。

 この星の石が、人々によって観測され始め、幾百年。誰も見たことがない輝き方だった。記録にすらない輝きだった。

 ある者は、これは災厄の前触れだと言った。

 ある者は、これは人類史の終焉だと告げた。

 ある者は、これは星の石が、聖女も、我々も見放したのだと溜息を交じりに呟いた。

 


 王都の補装された石畳にかかれば、馬車の動きはだいぶ緩やかなものになった。黒塗りの馬車の窓幕を片手でのけ、サフィーは顔を少し外へと覗かせた。

 星々の誕生を祝う祭りがはじまったばかりなこともあり、街は多くの人々で賑わっている。赤、青、緑と色とりどりの木組みの家が並び、その家々を渡るようにかけられた無数の小旗が風に泳ぐ。やはり大通りということもあってか、様々な出店が並んでおり、見ているだけでも心が弾むようだった。

 それは、この街の人々も同じなのだろう。遠目から出店を見比べ首を傾げている青年に、母親の腕を引っ張り店を指さす幼女。それは、平和そのものだった。


 サフィーはその光景にほほ笑むと、席へと座りなおし目の前の女性に声をかけた。

 

「アリシア、せっかくこんな楽しい雰囲気なのに、そんな顔をしてたらもったいないわよ」

「そうでしょうか。私はちっとも楽しくありません」


 アリシアの言葉に、サフィーは溜まらず苦笑いを浮かべた。


「あんまりです。何を考えているのですか。星占者たちは。サフィーお嬢様が選ばれた、それだけでしたら私も口を結びました」


 本当かしら、とサフィーは内心思った。アリシアのことだ。結局、選ばれた時点で不服は口にするような気がする。


 アリシアは、サフィーが4つの頃からクリスタリス家に仕えている使用人だ。

 サフィーが3つの時に持病で亡くなってしまった母の代わりにと父が雇ってからというもの、今日に至るまでずっと仕えてくれている。

 少し緩やかなウェーブを描く柔らかそうな栗毛を後ろでひとつに結いまとめており、淡い若草色の瞳が印象的である。控え目な出で立ちではあるものの、芯をしっかりと持っており、はっきりと物を言う女性だ。

 そんなアリシアは、サフィーにとって使用人であり、年の離れたような姉のような存在だった。


「星の石が星聖女を選ぶときのいつもの光り方と違うからと、やれ災厄だの、やれ人類史の終焉だのと。

 ただでさえ、お嬢様は旦那様が亡くなられたばかりで心の傷も癒えていませんのに。地位のある者が気軽に口にしていいことではありません。上の立場の者が軽率にそういった類のことを口にすれば、下の者はすぐの影響を受けます」

 

 そこまで言うと、アリシアは眉間に深くしわを作った。それに、サフィーは目を伏せる。

 アリシアの言い分は、あながち間違いでもなかった。

 

 何せ、サフィーの父が亡くなったのはあまりにも唐突なことだったのだから。


 クリスタス家の領地、マインヴィーニ。ハーベリス王国の最も東に位置する領土で、北に採掘場、南に葡萄畑と村がある田舎だ。


 辺境ということもあり、貧しい土地ではなかったものの、裕福ではなかった。そのため、いつも領主である父は領土で問題が発生したときは率先して動いていた。

 しかし、今思えば、誰に言われるわけでもなく、小川に架かる橋が壊れた時も、葡萄畑の柵が野生の動物に壊された時も、誰に言われるでもなく現場に赴き、指揮を取りに行ったのは、サフィーの父の人柄ゆえだったのだろう。

 優しくて、正義感の強い父――それが、サフィーの印象だ。そして、それは村人たちも同じだったようで「彼ほどいい領主はそういない」と皆口を揃えて言っていた。

 父は、サフィーの誇りだった。


 だから、あのときもそうだった。

 採掘場の一部が崩落したという報告を受けたサフィーの父は、当然のように状況確認のために現場へと向かった。落石現場、ということもあり、わずかな不安はあったもののサフィーは「気を付けてね」と大きな父の背を見送った。


 今になって思うのは、サフィーがもしそのわずかな不安を理由にして、駄々をこねて引き留めていれば何か未来は変わったのだろうか、ということ。

 だが、今更どう思い返しても現実は変わるはずもない。


 がらり――と、採掘場の天井は崩れた。おそらくは、一部が崩れたことにより支柱に重さが偏っていたのだろう。それらは容赦もなく、無慈悲に作業員たちの元へなだれ込んだ。

 そして、その作業員たちの中には、サフィーの父もいたのだという。


 村人からその報告を受けた時、サフィーは落雷で体を打たれたような衝撃を受けた。父が死んだかもしれない。その言葉を頭の中で反芻するものの、理解などできなかった。

 何を、どうすればいいか。そんなことは、まだ18歳になったばかりのサフィーには分からない。


 サフィーは村人たちに連れられるまま、採掘場に足を運んだ。そして、絶句した。

 そこは、もはや岩。岩の壁だ。この下に父がいるといわれても、現実味も何も浮かばなかった。


 しかし、そうしてただ棒立ちをしているわけにもいかず、サフィーや村人たちは懸命に救出作業を行った。1つ1つ、岩を退けて。それは決して、楽な作業ではなかった。

 その証拠にサフィーの細い体躯では、石を1つ運ぶのにもずいぶんな時間を要した。そして、体力もない。岩1つを持ち上げるだけで悲鳴を上げる手を、身体を、サフィーは憎まずにはいられなかった。

 だが、何もしないでその場でうずくまっているわけにもいかず、サフィーもただがむしゃらに石を運んだ。


 そうして5日が経った頃、ようやくサフィーの父の亡骸が回収されたのだ。

 その頃にはサフィーの手は、擦り傷だらけで、豆がいくらかできていた。じりじりと痛んだ。しかし、そんな痛みには目をくれず、サフィーは父の顔を見ようと歩み寄った。

 しかし、その歩みはアリシアによって遮られる。彼女は今にも倒れそうなほど真っ青な顔でサフィーの前に立ちふさがった。


『お嬢様は、見ないほうがいいです』

 

 最初、サフィーはアリシアの言葉に噛み付こうとした。やっと、やっと父に会えるのだと。

 だが、サフィーは口を開きかけて気づく。父に会いたい――その想いはアリシアも同じでだったはずだ。そのアリシアがこんなにも真っ青な顔でサフィーを止めた。


 果たして、その静止はただの無意味な静止なのか。


 使用人であるアリシア、気丈なアリシア、そんな彼女がこんな面相で言うのだ。血も繋がりも強いサフィーが見たらどうなってしまうのだろうか。

 そう思ってしまうと「それでもかまわないから見せてほしい」などと、サフィーは言えなかった。

 だから、口を結んだのだ。


 しかし、そのせいだろう。


(お父さんは、本当に死んだのかしら)


 アリシアを攻める気は毛頭ない。誰が、悪いとかはない。

 だが、実感が、湧かなかった。葬式をしている最中も、棺が埋まっていく様子を見ている最中も。

 まるで、自分の知らない誰かの葬式を見ているような、気持ちになった。そして、今となっても――涙は、出なかった。


 涙が出ない。なんて自分は薄情なのだとサフィーは思う。父のことは大好きだった。愛していた。そのはずなのに。ただ、空漠とした穴がサフィーの胸を埋めていた。


(薄情者――)


 サフィーは自分にそんな言葉を投げかける。投げかけたところで、どうにもならないことは知っていた。だが、投げかけずにはいられなかった。


 そんなサフィーの元に王国の使者が現れたのは、それから葬儀の諸々もようやく落ち着き始めた7日後――ようやく静けさが戻り始めた頃だった。

 穏やかな日差しの午後に現れた厳格な衣装を身に纏った彼らは、周囲の和やかな光景とは馴染まず、不釣り合いに見える。そして、なぜ彼らがここにいるのかも分からないでいた。


 面を食らっているサフィーに、彼らは1枚の羊皮紙をずいと突き出した。


『先の星聖女様がご逝去されたことはご存じと思いますが、その次代の星聖女にあなた様が――サフィーリア・クリスタス様が星の石により選定されました』


 その言葉にサフィーは目を剥く。

 世界が一瞬だけ、止まったような気がした。

小説家になろうでは、はじめまして。綴藤風花という者です。

至らぬところあるかもしれませんが、優しく見守っていただければ幸いです。


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