第2話 血塗れの悪魔
————ここは魔王城の地下にある番の間。
代々、魔王となる者の番を召喚する場所。
番とは、自分と相性が良い唯一無二の存在。
その番を、今宵魔王が召喚する。
「ᛁᛏᛟᛋᛁᚴᛁᛏᚢᚵᚪᛁᚥᚪᚱᛖᚾᛟᛏᚢᛗᚪᛏᛟᚾᚪᚱᛁᛋᛁᛗᛟᚾᛟ———我の愛しき番よ、我の前に現れん。」
ぱぁぁぁぁぁぁっ
そう、召喚。
それはすなわち、この世界とは異なる世界から来ることもある、ということだ。
「なっ! なんと強力な……!!」
「このような光、初めてだぞ……!!」
「まて、あれは————?」
「……ん、うぅ……?」
そして光が消えたその瞬間、番の間の魔法陣の上、そこにぐったりと横たわっていたのは、血に濡れた人間の子供だった。
「「「幼、子……??」」」
(……! なんと、美しい……)
魔王は番だから、というのもあるのだろうか、横たわっている子を一目見て惹かれてしまった。
まるで天使のようだ、と。彼女はきっと私のために下界へと堕ちてきてくれたのだろうと思ってしまうほど彼女は美しかった。
————私とは逆の白くて美しい人。
ただ、彼女の服は真っ赤に染められていたが。
「……っ! いっ……た……い?
!?、……あれ、こ……こ、どこ……?」
鈴を転がすような綺麗な声だった。
もぞ、と動いた愛おしい人が最初に発した言葉。
————でもその疑問に答えてくれる人はいなかった。
「……人間、か……?」
「だが、人間にしては妙な……」
皆がざわついている理由。
それは、女の子の髪が、真っ白だったから。
そしてルビーのような、綺麗な赤い瞳。
この世界の人間に真っ白の髪と赤い瞳を持っている者はいない。
それがたとえアルビノだったとしても。
何故なら、白い髪は高位精霊、赤い瞳は高位魔族しかもつことの出来ない色だから。
たとえこの二つが交わった子だとしても絶対にこの色は生まれないと言われていた。
(白い髪に赤の目……なるほど確かにおよそ人間の容姿ではないな……だが、精霊でもなさそうだ。ハーフエルフというわけでもあるまいし。それにあの赤い瞳。あれは高位魔族でないと持てない色……ではやはり、人間、か……? だが人間でもあの色は生まれない……はずだ。この子はいったい……? ————だがしかし、この子のなんと、儚げで美しいことか。)
部下が今の心の声を聞いていたら絶対に『魔王様ー。思考が急に遥か彼方へ吹き飛ばされましたよー』なんてお小言を食らっていたところだな。なんてことを『番かわいい。早く私を見てくれ』という言葉が頭の大半を占めている中、なけなしの冷静な頭の隅っこ部分でそう考えていた時。————いや、正直言うとこれを考えていたからこそ冷静さを保てていたまであるわけだが。
そんな彼女から次に発された言葉は白くて天使みたいな、それでいて鈴を転がしたかのような澄んだよく通る声にはいくら頑張っても似合わなくて、まるで未だ彼女にへばり付いている、汚らわしいほど似合わない真っ赤な血みたいに物騒で。
「痛い、ってこと……は、死んで、ない……の……?
もう、や、だよ……死に、たいのに……った……」
そう、女の子がつぶやいたとき、聞き逃せないと言わんばかりに眉を顰めて不機嫌を露わにした男がいた。
「何?」
そう、いわずもがな、彼女を喚んだ魔王である。
愛しい番が「死にたかった」と言っているのだ。聞き逃すはずがなかった。
「? え、……? だ、だれ……? ————っつ!!」
(ダメだ、これ……あ、やばい……)
彼女はそんな彼の様子に気づくことはなかったが。
それより刺された傷が痛くて痛くてたまらなくて涙がにじんできた時。
「……おい!! ルマテディオス!!」
(まずい、腹か……!? はやく治癒せねば……!)
彼女の様子にいち早く気付いた魔王は一人の部下に指令を飛ばす。
「はいは〜い。まったく、魔王様は人使いが荒いんだからぁ〜。ま、この子に死なれちゃあ、困るしねぇ〜……おや、結構な傷だねぇ。これは……刃物かなぁ?」
そうやって女の子に近づいてきたのは先ほど魔王からルマテディオスと呼ばれていた男だ。
彼の髪はやや黒よりの銀髪で、その頭からはくるりと捻れている2本のツノがついていた。
ツノは髪色と同じくやや黒よりの灰色で、先のほうにいくにつれ緑色になっている。
目は緑色で、瞳孔は蛇のように縦に割れていた。だが、タレ目だからか幾分か優しそうに見える。
「ひっ」
だが、人から常に虐げられていた女の子は人そのものが苦手だったためあまり関係なかった。
(なに、この人。……いや、人じゃ、ない?)
それがたとえ人じゃなかったとしても怖さは半減、どころか割り増し、である。
「あれぇ? 怖がらせちゃったかなぁ? 大丈夫だよ〜ちょっと傷治させてねぇ〜」
「い、いや……もう、このまま、殺してよ……」
早く自由になりたかった。
ただ受け入れてくれるだけで、ここにいてもいいんだよって言ってもらえるだけで。
それだけできっと自分の心は救われていたはずだった。
けれど誰にも認めてもらうどころか邪魔者扱いされる。
きっとここもそうなんだと、もう早く自由になりたいのだと心底未来をあきらめているような胡乱げな目で訴えるが。
「ん〜? それはちょっと無理かなぁ〜?」
魔王の部下の一人————ルマテディオスはのんびりとした口調ながらもばっさりと断る。
「な、んで……っっつ!!?」
それに反応するも傷が痛むのだろう、顔がゆがむ。
「ん〜その説明は後ねぇ〜。今は〜パーフェクトヒール!!」
ルマテディオスは『パーフェクトヒール』を使って女の子の傷を癒した。
パーフェクトヒールを使えるのはこの魔王国の中では聖者であるルマテディオスともう1人の双子の片割れ、そしてその他複数人しかいない稀有な魔法である。
魔王も使えるがルマテディオスの方が早いし綺麗に治せるので今回はルマテディオスに譲った。
そもそも、大量の魔力が必要な為、使える者が中々いないのだ。
この国の大賢者、賢者、聖者、それから上位精霊、精霊王、龍皇、獣王、……主にこの者たちが使える。
その他にもいるが長くなるのでまたの機会に。
「え!? き、ずが、消えた……? どぅ、いうこと……? 痛く、ない……?」
彼女の言った通りさっきまで止まることなく流れていた血が止まり、さっきまで感じていた熱いようななんとも形容しがたい痛みはあっさりと引いていた。
「うんうん、これで大丈夫〜」
「なっ! なにが大丈夫なのっ!? なんでっ! なんでっ!! なんでそのままにしてくれなかったの!? 私は、私は……!」
のんびり落ち着かせるように言った彼に苛立ったように声を荒げて、感謝も忘れて責めるようなことを言ってしまった。
そんな彼女に魔王は近づき、続きを促すようにしゃべりかける。
「……ン? 私は?」
ルマテディオスよりもやや低い、だが妙に心地よい声が、続きを促す。
そして、女の子に手を伸ばした。
「きゃ、!」
(殺される—————!!)
ぎゅっと目を瞑る。
その手は女の子に伸ばされ、殺された———
———のではなく、女の子の髪を一房、ふわりと持ってその髪にそっと口付けをおとした。
「ぇ……?」
女の子は予想していなかった動きに混乱する
「……ン? 私は? 何だ? その続きは?」
「……っ、ゎ、たしは、……ただ、もう、死にたかったの……」
————だって生きるのは苦痛でしかないのだから。
「……そうか。すまんな、
だが、殺してやることはできんのだ。
お前は、我が愛おしき番なのだから。」
「つが……い……? いとお、しい……?」
女の子は初めて聞いた言葉にひどく困惑したような顔をした
「そう」
「いとおしい……って、何……?」
「……? お前が愛らしい、好きだってことだ。」
そんな彼女に一瞬困惑した顔を見せるもこれはチャンスだと言わんばかりにしっかり伝えておこうとした————のだが。
「あい、らしい……? すき……? ……なに、それ。……ぅそ。うそだよ。……ねぇ、嘘なんだよね?」
まるで幼子が否定してくださいと泣いて縋るように、彼女もまたなぜだか否定してほしいと彼に縋るような目で確かめてくる。
「なぜ、そう思う?」
「だ……って、だって、私のことなんて、誰も愛してくれなかった……愛されたこと、なんて、一度もなかった……ばけ、ものだって……悪魔だって……何度言われたか……こんな化け物、愛してくれる人なんて、いるわけがないもの……」




