だって、勇者は守りたいし挫けないし負けないもん
勇者誕生!
きたる国王生誕祭にて、勇者の出立の儀を行います。ご家族、ご友人をお誘い合わせのうえ、奮ってご参加願います。
場所・城下町広場の女神像前
時間・午前10時より。雨天決行。
「プカプ村から、勇者が誕生したよー! 今度こそ、本物だよー!」
そう大声で宣伝しながら、街のあちこちに貼り紙がされた。
「ったく、また勇者だぁ?」
「どうせまたニセモノだろ。しかも、プカプ村って。ド田舎じゃないか」
そうだそうだと、街人達の声に頷きながらアタシは王城を目指した。
一体、何人目の勇者だろう。由緒正しい賢者様とやらが、予言や予知夢を頼りに選出しているらしいが……。
「前回の勇者は、フララの森で脱落したんですよ!? 絶ッ対、嫌です!」
王に呼び出されたアタシは、今から通達されるであろう命令を、先手を打って拒否した。
「うーん。そう言われてもねぇ」
「フララの森って、初心者のハンターが木の実を取りに行くような所ですよ! しかも、そこの何にやられたかご存知ですよね!?」
「トンガリニワトリ……だったかな?」
モンスターに、家畜である鶏の名が付けられている時点で、察して欲しい。アタシは、大袈裟なくらいに溜息をついた。
「でもねぇ、今度の勇者はひと味違うんだよね」
「どう違うんです」
余り期待せずに訊いてみる。
「いつもの賢者じゃなくて、あのテラルラ寺院の賢者見習いが選んだんだよねぇ!」
「……はい?」
テラルラ寺院と言えば、確かに世界有数の魔法使いが多く所属している寺院だ。けれど。
「見習い……?」
「うん、見習い」
これが実に優秀な見習いなのだと王が説いていたが、アタシには最早遠くの声にしか聞こえなかった。
「……とまぁ、そんな訳で。いつも通り、戦士として付き添いね。頼んだよ」
隣にいた大臣に、王命であるぞ、と釘を刺された。結局、アタシはまたこの仕事を拒否することが出来なかったのだった。
初めてこの命を受けた時は、心から誇らしかったものだ。あの血反吐を吐くような厳しい訓練の日々も、あの激しい選考試験も、全て報われたような気分だった。それなのに。
およそ百年前から、突如としてモンスターが凶暴化するようになった。それまでのモンスターと言えば、一般の民でも倒せるような害獣レベルのものだったらしい。危険な大型モンスターはダンジョンの奥に身を潜め、人前に姿を現さなかったという。
しかし、今やダンジョンに足を踏み入れようものなら、小型大型関係なく、強く獰猛なモンスターがたちまち襲ってくるようになったのだ。それもこれも、魔王の代替わりが原因だという話らしい。
それから数十年が経ち、王室所属の賢者が「予知夢を見た」と、「予知夢の者が勇者であるので、仲間を連れて魔王討伐に行かせよ」と。それが始まりだった。
アタシは、魔王討伐計画始まって以来の、初の女戦士だ。戦士としては、八代目になると言う。他に、魔導士、治癒士、シーフ、拳士などがいる。が、今となっては、いた、と言う方が正しいだろう。
もちろん、皆始めの何代かは仲間として共に戦っていた。しかし、勇者が死んだり、逃げたりする度に、辞退する者が増えていったのだ。代を継ぐ者も現れず、そうして、戦士だけが残った。
「勇者がどんなに弱くても……。アタシが戦えばなんとかなるって、そう思っていたけど……」
アタシに縋ってくるなら、まだ良い方だ。アタシを置いて、脱兎のごとく逃げ出す奴。腰を抜かして、あろう事かモンスターに背を向けそのまま殺られた奴までいる。
「出立もいよいよ明日、か。今回は何日持つかな」
ベッドの中で、目を瞑る。誠意を持って手入れした鎧と剣が、アタシのことを笑っているようだった。
国王生誕祭は、残念ながら大雨での開催となった。
それでも、街中はいつもにも増して活気があり、王城まで続く道には屋台が軒並み並んでいた。だが、出立式を行う広場は閑散として、見物客は両手で数えても余るほどしかいない。
「勇者ルディよ、国王より、魔王討伐を命ず!」
「はっ!つつしんでお受けいたします!」
見物客から、まばらな拍手が送られる。
勇者が……。
「今回の勇者はちんまいのう」
勇者が……。
「剣よりちっこいんじゃないかの」
勇者が…………。
「メルダちゃんや、ワシ、今回はいける気がするでよ!」
勇者が子供だって…………。
「聞いてないけど!!?」
はじまりの森に、アタシの魂の叫びがこだました。
「ふぇ!? え!?」
小さな肩をビクつかせて、件の勇者が振り返る。
「メルダさん、どうしました!?」
「どうしたもこうしたも……」
勇者は、正真正銘の、子供だった。
「はぁ〜〜…………」
王都を出てから、もう何度目かも分からない海より深い溜息をついた。わざとじゃない。自然と出てしまうのだ。
「……ごめんなさい。ボクが子供だからですよね」
「いや、ちが……うくはない、けど……」
今まで、どれだけヘタレでもポンコツでも、一応大人ではあった。何なら、アタシよりずっと年上のことだってあった。でも、子供はさすがに……。
「アンタ、今いくつなんだ」
「え? えっと、今年で十一歳です!」
じゅういち……。アタシより十二も下じゃないか。
「……プカプ村まで送ってやるから、帰んな」
「え!?」
どう考えても、やっぱり無理だ。アタシは、森の入口を目指して引き返そうとした。が。小さな手が、アタシのマントを引っ張った。
「い、イヤです! ボクには、魔王を倒すっていう使命が……」
「あのなぁ、そんなちっこいナリで倒せるわけないだろ!? その辺のキバネズミだって倒せるかどうか……」
「キバネズミは、村の穀物庫でよく駆除してました!」
そういう問題じゃない!と、思わず怒鳴ってしまった。ルディは、体を強ばらせると思い切り眉を下げた。さすがに、罪悪感に胸が傷んでしまう。が、ここは心を鬼にして……。
「子供にできるような旅じゃないんだ。大人だって、途中で怪我するし、下手すると死んだりする。アタシも、戦いながらアンタを守り切る自信はハッキリ言って無い。きっと親も心配してる。だから……」
「親はいません。三年前に死にました」
その一言に、アタシは次の言葉が言えなくなってしまった。
「村の護衛をしていた父さんは、森に出たアイスタイガーに殺されました。母さんは、それを治癒しようとしたところを……」
「アイスタイガー!? 何でそんな……」
ダンジョンの中層部以降に出てくる、かなり手強い魔獣だ。村の近くまで出てくるとは、いよいよ魔族の力が強くなってきたのだと確信する。
「父さんは強かったんです。母さんも、立派な治癒魔法士で。……でも、コッソリ、着いて行っ、た……ボクのせいで……」
自分でも知らない間に、ルディを抱き締めていた。
「メルダさん……?」
ルディは、大粒の涙で頬を濡らしながら、アタシを見上げた。
「辛かったな」
言うと、堰を切ったようにルディは声を上げて泣き出した。ずっと我慢していたんだろう。知らなかったとは言え、悪いことを言ってしまった。
「……分かったよ。どこまで行けるか分からない。この森が限界かもしれない。でも、アンタが納得するまでやってみよう」
小さく震える肩を抱いた。ルディは、何度も頷き顔を上げると、手のひらで頬と目をぐりぐりと擦った。
「メルダさん、ごめんなさい。ボク、泣くのはこれで最後にします! 勇者だから!」
アタシの目を真っ直ぐに見つめて、そう笑った。健気だな、と、素直にそう思った。今までの勇者(仮)達に見せてやりたいよ……。
とは言え、勇者の出番は無かった。
はじまりの森でも、初めて着いた村の依頼で洞窟の魔獣を倒した時も、その後のダダン山脈でも、ルディが剣を構えるより先にアタシが倒して行ったからだ。
それでも、ルディの剣の稽古は毎日つけていた。ハッキリ言って、今までの勇者(仮)の中で、一番筋が良い。成長したら、立派な剣士になれるだろう……。と言うより、勇者(仮)達は手合わせすら嫌がる者ばかりだったので、比べるまでもないのだが。
「……何か言いたそうだな」
夕食前の稽古が終わり、パンを齧りながらもじっと見てくるルディに言った。
「え! ば、バレてましたか」
「こんなに見られれば嫌でも分かる」
ルディは観念すると、ぽつりと呟いた。
「ボク……、そろそろ戦いたいです。メルダさんのこと、守りたいです」
あまりの直球さに、思わず笑ってしまった。
「あは! あはは……! 守る、かぁ。誰かに言われるのは初めてだけど、まさかこんな子供に言われるとは! あははは!」
「ほ、本気だもん! ……あっ!」
ルディは口を手で覆うと、耳まで赤くした。
「だもん、なんて言っちゃうお子様には、まだ早いよ。まぁでも……。明日行く、朽ちた城の一階に出てくる魔獣くらいなら、ルディでも倒せる。やってみるか?」
「は、はい!」
気持ちの良い返事だ。
「じゃ、飯食ったらとっとと寝ろ」
「ボクも火の番……」
「子供は寝ないと育たないぞ」
無理やり寝かせ、毛布をかけてやる。
「いつも子供扱いして!」
「だって子供じゃないか」
ルディの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「ボクだって。ボクは……。メルダさんを……」
寝言のように言いながら、そのまま眠ってしまった。
「やっぱり、子供じゃないか」
焚き火で照らされる幼い横顔を見て、ふと笑みがこぼれた。
森の中に、突如として現れる城。崩れた城壁を蔦が覆い、天井や床はあちこち抜けている。煌びやかだったであろう人々の気配は一切なく、魔物の住処と成り果てた――。
「これが、朽ちた城……」
寒々とした空気と、魔物の気配にルディが身震いする。
「一度、鍛錬に来たことがあるんだ。まぁ、ここは魔王討伐には必要の無い道程だが……」
「メルダさん、すみません。ボクのわがままに付き合わせてしまって……」
近隣の町に立ち寄った時に、そこの宿の娘に頼まれたのだ。いや、厳密に言えば、頼まれたというのは違うが。
「お母さんの形見が、モンスターに奪われてしまった」
と、さめざめ泣く娘の姿に、ルディが必ず取り戻すと宣言してしまったのだ。
町中聞き込みをした結果、下級魔獣のサルモドキが、朽ちた城へ宝飾品を集めているという情報を得て、今に至る。
「いや、勇者としては正しいと思うぞ」
落ち込むルディの頭を、くしゃっと撫でてやる。
「じゃあ、ちゃちゃっと取り戻すか」
簾のように垂れ下がる蔦を切りながら、門をくぐった。
城の中の空気感は、以前来た時より格段に悪くなっていた。魔力のオリのような、淀みのようなものを感じる。一階の魔物も、下手すると中級レベルの物が出てくるかもしれないな。ルディに任せて良いものか……。
そう思っているそばから、遠く前方の柱の陰から殺気が漏れているのに気が付いた。
「ボクが!」
アタシが反応するより先に、ルディが剣を抜きながら走り出した。
「ばっ……! ルディ! やめろッ!」
アタシより先に殺気に気付いたのか?いや、それよりも正体も分からないのに突っ込むなんて!
止めるのも間に合わず、ルディが柱の陰に入って一呼吸置いた後に、重たい物体が倒れ込む音がした。どうなったのか、柱で見えない。アタシはすぐに駆け寄った。
「……え?」
そこには、魔物の眠れる石像が腹から真っ二つに切られ、本当の石像と化した姿があった。
ルディは、一太刀しか振っていないと思う。二つに分かれた石像の切り口は、石鹸をナイフで切ったように滑らかで、真っ直ぐだった。
呆然と、その美しいまである切り口を見ていたが、はっと思い出したかのようにルディを見下ろす。小さな勇者は、キラキラした目でアタシを見上げていた。
「ボクにも倒せました!」
その笑顔に、拍子抜けした。
「あ、あのなぁ! わけも分からず突っ込む奴がいるか! 動きの遅い眠れる石像だったから良かったものの……。いや、良くない! 倒したことは褒めてやる。だがな……」
叱ってる最中、ルディは思い切り眉毛を下げ、「だって」と「すみません」を二回ずつ繰り返した。
「次からは……」
言いながら、息が止まった。舐るようにして、全身を寒気が包み込む。咄嗟にルディを背中に隠すと、その寒気の主を探した。いや、探すまでもなかった。
ギィ、ギィィ……。ギィ、ギィィ……。
ソレは、ホールの吹き抜けに吊るされたシャンデリアに乗り、ブランコを漕ぐようにして楽しそうに揺れていた。所々崩れた天井からこぼれ落ちた明かりが、ソレを薄らと照らす。
生皮を剥いだような、湿った赤い体。鼻は潰れたように形を成しておらず、耳は穴が空いているのみ。口は裂け、目はぬいぐるみのように、ただ黒い眼球があるべき所にはめ込まれているだけだ。体より大きな羽はまるで蝿のようで……。
「レッドアサシン!?」
まさか、そんなはずは無い。こんな朽ちた城レベルのダンジョンに、こんな上級の魔物がいる訳が……。
そいつは、黒く空虚な目でこちらを見ていた。浮き出た頬骨まで裂けた口を吊り上げ、そのナイフよりも鋭い牙を剥き出しにすると、一気にこちらへ下降して来た。剣で、牙と同じく鋭い爪を受け止める。火花がチラチラと散った。
「ッルディ! 逃げろッ! 」
「で、でも、ボク……!」
健気にも、剣を構えている。アタシ一人なら、深手を負いつつも倒す事は出来るだろう。だが、この子を守りながらレッドアサシンを倒せる自信はない。
「いいからッ!!」
アタシの気迫に押され、ルディが足を踏み出した。早く、と言う前に、レッドアサシンがルディに目をつける。アタシから離れ距離を取ると、筋肉の筋が剥き出しになった脚に力を込め、ルディに飛びつかんとした。
「ルディッ!」
下降する重さより、脚力の方が強いのか。二人の間に入りその爪を剣で受けたが、思わず片膝をついてしまった。レッドアサシンは、心から楽しそうに笑うと、その爪でアタシの体を袈裟斬りした。
「メルダさんッッ!!」
鮮血が飛び散る。
脳はまだ痛みに追いつかないが、四本の筋が火傷したように熱い。
どこまでの傷か、すぐさま考える。左胸は避けている。肋骨は断ち斬られたが、肺も大丈夫そうだ。腹部は……。いくらかやられているな。
レッドアサシンが、そのままアタシの両肩を掴んだ。
「やめろ! メルダさんを離せ! やめろッ!!」
脚も動く。腕も動く。アタシの名前を叫ぶルディの声が、遠くに聞こえる。守らなきゃ……。
コンマ何秒かそう思って、剣を構え直そうとした。
レッドアサシンが、顎を外し口を大きく開ける。アタシを頭から齧り食べるつもりだろう。レッドアサシンの真っ赤な口の中に、おびただしい数の牙が奥まで生えているのが見えた。アタシの肩を、爪が何本か貫通した。痛みから、右手を離してしまいそうになる。
「やめろって言ってる」
突如として、血がシャワーのように降りかかった。アタシの肩を掴む腕が、真っ直ぐに上から下へ切断されたのだ。同時に、アタシは床に倒れ込んだ。
耳をつんざく様な悲鳴が、城中に響き渡る。レッドアサシンの黒い眼球が見据えるのは、ルディ。小さな少年だった。
「やめろって、ずっと言ってるよ?」
困ったような口振りで、血塗れになった剣を振り下ろし血糊を飛ばす。
「ル、ディ……?」
「メルダさん、待ってて下さいね! すぐ倒しますから! 早く、早く回復しないと……」
ルディのいつもの焦った顔が、ぼやけて見える。血が流れ過ぎたんだ。
立たなきゃ。戦わなきゃ。ルディが……。
あれ?でも、これを斬ったのって……。
すぐ、倒すって……?
鋭い叫び声を上げながら、レッドアサシンが羽をばたつかせている。
「ジャマしないで」
途端、叫び声は止まった。ダイヤモンドより硬いと言われているレッドアサシンの首が、ふわりと宙を舞う。
「メルダさん! 大丈夫ですか!? メルダさん!」
ルディの泣きそうな声が聞こえる。
「ル、ディ……。大丈夫、か……?……ど……どういうこ、と……」
言いながら、アタシは自分の意識が遠くなるのを感じた。
「……が……。……なん……。それで……。」
どこからか、くぐもった声が聞こえてくる。
「…………。……。」
「……え!? ほんとうに!? きゃあーー! ありがとう!!」
ボソボソ声からの黄色い声に、アタシの目は力強く覚め、飛び起きた。
「な、なにごと!!? ……こ、こは……?」
瞬時に、あの戦いを思い出し、寝間着を捲り腹を見た。しかし、止血帯がないどころか、傷跡ひとつ残っていない。穴が空いた筈の肩をさするも、痒みすらない。
「夢……なわけないよな……?」
バタバタと、階段を駆け上る音がした。そのままの勢いで、部屋のドアが開けられる。
「メルダさんんんっ!!」
ルディが、駆け込んでくるなりアタシに抱き着いてきた。
「やっぱりメルダさんの声だった! うわぁぁん!! 心配したんですよー!!」
泣きながらしがみつく小さな頭を、いつもの癖でわしわしと撫でる。
「……あっ! す、すみませ……」
顔を赤くして離れようとしたところを、今度はアタシが抱き締めた。
「すまなかった。……よく頑張ったな」
改めて、頭を優しく撫でてやる。初めてあんな強敵と対峙して、唯一の頼みであるアタシは血塗れで倒れて。レッドアサシンを倒したとは言え、怖かったに違いない。アタシは、自分が情けなくなった。
「メルダさんを守らなきゃと思ったら、自然と体が動いてました!」
その気持ちだけで、子供がレッドアサシンを倒せるものなのか?いや、無理だろう……。まぐれで倒せる相手ではない。もしかしたら、ルディは本当に……。
「そ、そうか。ありがとうな」
「へへっ」
何て嬉しそうな顔をするんだ。屈託のない笑顔に、ついつられてしまう。
「ところで……。ここへはどうやって戻ったんだ?誰か人を呼ぶにしても、時間がかかったろうに。傷を手当してくれた人にも礼を言わなければ……」
「ボクです」
ルディが、ニコニコしながら言った。
「ん?」
「ボクですよう!」
「んん??」
ルディの話によると、あの後、アタシに応急処置を施し、そのまま担いで休むことなく町まで戻ったらしい。そして、この宿に預けた後に、単身で朽ちた城へ戻り、噂に聞いた宝物の蘇生の粉を手に入れたのだと言う。
「ちょっと待て。蘇生の粉って、最上級回復魔法が掛けられた粉だよな……?」
そんな代物が、一階や二階の低フロアにある訳が無い。という事は……。
「最上階の手前で、ガイコツオバケみたいなのが持ってました!」
スケルトンナイトの事か……。レッドアサシンより弱いとはいえ、アイツらは必ず二体以上で動く魔物だ。一人で同時に何体も相手にしたのか?
「それで、メルダさんに粉をかけた後、また朽ちた城へ戻って……」
「また!?」
「ほら、宿屋のテンテちゃんと約束したじゃないですか、お母さんの形見。あれを取り戻して、今さっき戻ったところなんです!」
どう見ても、今ダンジョンから戻りました、という出で立ちではない。傷一つなく、服に汚れすら見当たらない。
「それより、メルダさんが目を覚まして本当によかった……。あれから二日も経ったんですよ!」
「たった二日!?」
言いたいことが山ほどある。
レッドアサシンを前にした時、あれは「でも、ボク勝てます」と言いたかったのかとか、石像を斬った直後でレッドアサシンの首も切れたってことは、刃こぼれひとつ無かったのかとか。そう言えば、城を前にして震えてたのは怖いからじゃなく、ただ単に寒かったからなのか、とか。
「勇者って、本当にいるんだな……」
数日して、アタシ達は魔王討伐のために町を後にした。
見送りに来てくれた町の人達の姿が、小さくなっていく。
「本当に、もう出発して良かったのか? せっかくテンテと仲良くなったのに。歳も近かったし」
「いいんです。ボクたちの目的は、魔王討伐ですから!」
「そりゃそうだけど……。テンテ、泣いてたぞ。ルディのこと……」
「ボクは」
ルディが、アタシの右手の小指をそっと握り、真っ直ぐにアタシの目を見つめてきた。
「ボクには、メルダさんがいますから」
そう言うと、耳まで真っ赤にして顔を伏せてしまった。
「ん!?」
「い、行きましょう! はやくはやく!」
言いながら、早足で歩いて行った。
「……ったく。マセてんだから」
何となく、ほんのりと、うっすらと、アタシの耳も熱くなった。ような気がした。
先に歩いていたルディが、ふと立ち止まって振り返った。
「今日も、剣の稽古お願いしますねー!」
「やだよ! アンタ今まで、アタシが怪我しないように手加減してただろ!」
言い返すと、
「バレちゃったか」
と、小さく舌を出して悪戯っぽく笑った。