第63話:新たなる一歩
その頃。エレオノールたちは、長い旅路の果てにヴァルムリッジという町にたどり着いた。険しい山々に囲まれ、豊かな自然が広がるこの町は、まるで時が止まったかのような静けさと美しさを持っていた。町の入口には色とりどりの花々が咲き乱れ、小川がささやくように流れている。エレオノールは、その穏やかでのどかな風景に心が癒されるのを感じた。
「なんて素敵なところ……まるで絵本の中みたい。」
彼女は仲間たちに微笑みかけ、彼らもまた、この町の美しさと静けさに感嘆の声を漏らした。
キャラバンを進め町の中に足を踏み入れると、住民たちはエレオノールたちを温かく迎え入れた。
そんな中、住民の一人がキャラバンに近づき優しく声をかけてくれた。
「ようこそ、ヴァルムリッジへ。旅のお方かな?」
「ええ、そうなの。私たちは歌や踊りを披露しながら旅をしている旅芸人の一座です。」
エレオノールはそう告げた。
「なんと、旅芸人の方々でしたかこれはこれはこんな遠い町までようこそ。ここはのどかな町でして、皆娯楽に飢えております。あなた方のパフォーマンスをこの町で見られるのはとても光栄なことです。さぁ、どうぞ中へ。あちらがこの村の宿舎です。長旅でお疲れでしょう。今夜はゆっくり休んで、明日にでも歌や踊りを披露してください。」
そう告げる農夫の声は優しく、本当に彼女達を歓迎しているようだった。
エレオノール達は顔を見合わせては嬉しそうに微笑み、案内された宿舎へとキャラバンを向かわせた。
石造りの家々はどれも古風でありながらも手入れが行き届いており、窓辺には色鮮やかな花が飾られていた。道端では子供たちが楽しそうに遊び、農夫たちは穏やかな笑顔でエレオノールたちに手を振った。
「ようこそ、旅の方々。ゆっくりしていってくださいね。」
「ようこそ。」
「よかったらこれをどうぞ。」
町の女性たちは、籠いっぱいの果物やパンを差し出し、彼女たちに休息を勧めた。その笑顔には真心が感じられ、エレオノールたちはこの町の親切さに心がほぐれていくのを感じた。
「久しぶりにこんなに温かく迎えられたわ……この町に来られて本当に良かった。」
仲間の一人が感嘆の声を上げると、エレオノールも同意するように頷いた。彼女たちは、ここでしばらくの間、旅の疲れを癒すことにした。宿舎にキャラバンを停めると住民たちの勧めに従い、広場に設けられた市場を訪れた。そこには新鮮な野菜や手作りの工芸品が並び、活気に満ちていた。
しかし、時が経つにつれて、エレオノールは次第に何かが違うと感じ始めた。町のあちこちにある古い彫像や碑文には、彼女が見たこともない異様なシンボルが刻まれていた。最初はそれがただの装飾だと思っていたが、よくよく見るとそれらは何かを崇拝するような、不気味さを秘めているように感じた。
さらに、町の住民たちが彼女たちを見つめる視線が、どこか異様に感じられるようになってきた。笑顔で親切に振る舞う一方で、その目の奥には何かを隠しているような、冷たい光が時折見える気がしたのだ。
「何か……変だわ。」
エレオノールは仲間たちにその不安を打ち明けたが、彼らはまだ町の親切さと温かさに酔いしれていた。
「気のせいだよ、エレオノール。この町の人たちは、本当に親切じゃないか。こんなに歓迎されるなんて、久しぶりだよ。」
仲間たちはそう言って笑い飛ばしたが、エレオノールの胸には漠然とした不安が残った。夜になると、その不安はさらに増した。静まり返った町の中で、時折風に乗って低い囁き声のようなものが聞こえてくるのだ。
エレオノールたちはその日宿舎で宿を借りることにした。夜も更けてきた頃、眠りにつこうとしたが、彼女は胸騒ぎが収まらなかった。窓の外を見ると、月明かりに照らされた町の広場に、数人の住民たちが集まっているのが見えた。彼らは何かを密談しているようだったが、エレオノールが窓から視線を向けると、一瞬こちらを見返し、すぐにその場から去っていった。
「……何をしていたの?」
彼女は胸の高鳴りを感じながら、心の中で問いかけた。そして、町の親切さの裏に隠された何かがあることを確信し始めた。
翌朝、エレオノールたちが市場を再び訪れると、住民たちの態度が微妙に変わっていることに気づいた。彼らは依然として親切ではあったが、その目は冷たく、彼女たちを値踏みするように見ていた。
「ここに長く留まらない方がいいかもしれない……」
エレオノールは仲間たちにそう告げたが、彼らはまだその警告を深刻に受け取ってはいなかった。しかし、エレオノールの胸の中に膨らむ不安は、これから起こる悲劇の前触れであるかのように強まっていった。
一方、村ではアリスたちは模擬戦を終え、ネイルの効果に確信を持って次の準備に取り掛かることにした。出来上がったネイル塗料を瓶に詰めて持ち運びやすくする準備を始めることにした。
「まずは瓶を探し出さなきゃね」とアリスが言うと、マーチがすぐに倉庫に向かった。
数分後、マーチが倉庫からいくつかの空瓶を持って戻ってきた。
「倉庫にこんなにたくさん空の瓶があったよ。これを使おう。」
彼の声には嬉しさが込められていた。
教会の中には、まだたくさんの道具が残されていた。古い漏斗や鉄製の尺もあり、これらを綺麗に洗浄して瓶詰め作業に使うことにした。
「洗浄は任せておけ」とエースが言い、井戸から水を汲んでくると、アリスと共に瓶を洗い始めた。
エースは手際よく瓶を一つ一つ丁寧に洗いながら、かつて自分が炎の力を制御できずに、多くのものを破壊してしまった記憶がよみがえった。
『あの頃は、火が暴走することが怖くてたまらなかった。でも今では…』
エースは手のひらに炎を集め、目の前の瓶に熱を送り込んだ。炎はまるで意志を持つかのように、彼の指先で静かに燃え続け、瓶をすばやく乾燥させた。
『今はこうして、炎を自分の意志で操れるようになった。この力が誰かの役に立つ日が来るなんてな。』
「すごいね、エース!そんな魔法の使い方もできるんだ。」
アリスが感心して言うと、エースは誇らしげに微笑んだ。
「これくらいどうってことないぜ。感情のコントロールさえできてりゃ、火の魔法は俺の得意中の得意だ。」
アリスもエースと協力し、瓶の内側と外側をしっかりと洗浄していった。すべての瓶が乾燥したことを確認した後、アリスは特製のネイルを詰める作業に取り掛かった。
彼女は大鍋の中で特製塗料をかき混ぜ、均一な状態に整えながら、心の中で小さな不安を感じていた。
『これが本当にドワーフたちを解放する鍵となるのだろうか……』
アリスは一瞬考えたが、仲間たちの信頼を感じ取り、その不安を振り払った。そして、塗料を瓶に注ぐ作業を始めた。
「さあ、これを瓶に詰めていこう。」
アリスが言うと、エースとマーチも手伝いに加わった。エースは大鍋から塗料を慎重にすくい上げ、漏斗を使って瓶に注ぎ込んだ。
「こぼさないように気をつけろよ。」
エースの言葉にマーチは集中しながら、慎重に作業を進めた。
マーチは瓶の蓋を用意し、塗料を注ぎ終えた瓶にしっかりと蓋を閉めていった。彼の動きは正確で、少しのミスも許さないという緊張感が漂っていた。
「これで全部詰め終わったね。」
全ての瓶が詰め終わると、アリスは満足そうに微笑んだ。
ハッターも頷きながら言った。
「これだけの特製ネイルなら、必ずや奴隷商たちの興味を引くことでしょう。我が君の力が再び証明されるのです!」
彼の言葉には確信が込められており、主人が新たる偉業を達成しようとしていることに胸を高鳴らせ空中をくるくると舞った。
しかし、ハッターは一瞬考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら続けた。
「ただ、もしこれが通用しなかった時のために、他の交渉材料も用意しておくべきでしょう。我が君、例えば教会に保管されている古い魔法書や、特殊な鉱石があれば、それも交渉材料として使えるかもしれません。」
アリスはハッターの提案に耳を傾けたが、時間の制約を考えた。
「それも考えたんだけど、今はネイルに集中するしかないと思う。もう一つの交渉材料を探している時間がないの。それに、このネイルにかける価値を信じたい。」
ハッターはアリスの決意に理解を示し、深く頷いた。
「そうですね、我が君。確かに時間は惜しい所です……ですが、念のために私が他の材料を探しておきます。万が一の時に備えましょう。」
「ありがとう、ハッター。助かるわ。」
アリスは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
アリスは仲間たちの顔を見回し、未来への希望を語りかけるように言った。
「皆のおかげで準備は整ったわ。これを使って、ドワーフたちを解放し、新しい家を建てましょう。そして、人々が安心して暮らせる場所を作ろう。」
エースとマーチも頷き、アリスの決意に賛同した。
「行こう、アリス。ドワーフたちを解放して、俺たちの新しい住居を作るんだ。」
「うん、みんなの力を合わせて、頑張ろうね!」
アリスたちは準備を整え、ストーンハイムへの旅立ちを決意した。彼らは新しい仲間たちと共に、住居問題を解決し、より良い未来を築くための一歩を踏み出した。




