第59話:再び、サンクトリアの町へ
町が見えてくると、エレオノールが町の人々を引き寄せるためにダンスを披露することを提案した。
「私がダンスを踊って、町の人を集めましょう。彼らの心を開く手助けになるはず。」
アリスが賛同し手を叩いた。
「それは素晴らしいアイディアですね!エレオノールさんのダンスなら、きっと町の人たちも興味を持ってくれるはず。」
エレオノールは、自分の踊りがこの状況を変える鍵になることを信じていた。
過去、戦場で傷ついた子供たちが彼女の踊りで笑顔を取り戻した時の光景が脳裏に浮かぶ。
『今度も、私の踊りが彼らの心を開いてくれるかもしれない』
彼女はその思いを胸に秘め、優雅な衣装に身を包んだ。
他の仲間が協力して町の入り口に大鍋を運び出した。
美しい衣装を纏ったエレオノールがキャラバンの前に降り立つと、エレオノールは一人静かに踊り始めた。
バリカントスの仲間も楽器の演奏でエレオノールのダンスを盛り上げる。
突然の音楽と美味しそうな香りに町の人々は引きつけられ、ぞろぞろと町の入り口へと集まってきた。
エレオノールの美しいダンスは、町の人々の視線を釘付けにした。彼女の優雅な動きと華麗な衣装に、町の人々は次第に集まり始めた。
「すごい、こんな素晴らしいダンスを見たのは初めてだ。」
「見て、踊っているのは伝説の踊り子、エレオノールじゃないか!」
「この料理の香りも素晴らしい。食べてみたいなぁ。」
エレオノールのダンスが終わると、アリスが大鍋の前に立ち、町の人々に大きな声で呼びかけた。
「皆さん、どうぞお召し上がりください。私たちが心を込めて作った料理です!この料理は友好の証です。そして私たちが育てた野菜もお裾分けいたします!」
町の人々は最初は警戒していたが、アリスたちの優しい態度と美味しそうな香りに誘われ、少しずつ人が集まってきた。
それでもひそひそと
「黒い魔女の料理だと……」
「毒でも入ってるんじゃないか……」
と怪しむ声が聞こえた。
アリスはその言葉に臆することなく目の前で皿に盛り付けたシチューを食べてみせた。
「う〜ん!美味しい!これは最高のヴェルデンシチューだね!こんなに美味しいシチューを食べないなんて本当に勿体無い!私たちと仲間達で食べてしまおうか!」
アリスの言葉に町中の人々が顔を見合わせた。アリスは毒が入って居ないことを証明するようにその場でシチューを食べ続けた。
すると一人の少女がアリスの元に歩み寄ってきた。少女は痩せ細りガリガリで空っぽの木の器をアリスに差し出してきた。
「お願い……魔女様……食べ物を……」
アリスはその姿に胸が痛んだが笑顔で彼女の器にたっぷりのシチューを盛ってあげた。
「ええ、どうぞ。たっぷり召し上がれ。お代わりもあるからね。」
少女は一口食べ始めた。その味に感動し、次第に笑顔が広がっていった。
「これ、すっごく美味しい……!」
少女はそういうとガツガツとアリス達のシチューを食べていく。その光景に町中の人々が生唾を飲み込んだ。
「ま、魔女様……おかわりしていい?」
少女は一瞬で空にしてしまった器を申し訳なさそうに差し出すとアリスは再びたっぷりとシチューを盛ってあげた。
「もちろん、沢山食べてね。それに私は魔女じゃないよ。ただのアリス。」
「アリス様……」
少女は歓喜しながらまたシチューを食べ始めた。
そしてもう一人。に年配の男性が震える手でシチューを口に運び、その味に涙を浮かべた瞬間、他の人々も次々と集まり始めた。
「この味は……懐かしい、ヴェルデンシチューだ」と彼が呟くと、その言葉が人々の心の壁を次第に崩していった。
その光景にぞろぞろと人が集まると次々と空の器を差し出す。
「お、俺にも……」
「私にもお恵みを……」
そういってぞろぞろと集まってきた町の人々にアリスは快くシチューを振る舞った。
するとあちこちから歓喜の声が聞こえてきた。
「これ本当に美味しい!」
「こんな美味しい料理を食べたのは久しぶりだ!」
「彼らは敵なんかじゃない、優しい人たちじゃないか。」
「懐かしい……おふくろの味だ!」
「ありがとう!」
町の人々が次々に感激の感想を述べ、アリスたちに感謝の言葉をかけた。
カイルは町の人々と共に笑顔を浮かべながら、エレオノール達もその様子に満足げだ。
しかし、突然。冷たい声が響き渡った。
「何をしているのです。」
その声が響いた瞬間、広場の空気が一変した。
町の人々の視線が一斉にその方向に向けられ、そこには綺麗な礼服を纏った初老の女性が立っていた。彼女が一歩一歩進むたびに、石畳がまるで彼女の足音に応えるかのように響き渡り、町の人々は息を呑んで彼女を見つめた。演奏もダンスも、その威圧感の前にすべてが静まり返った。
「誰だ、あのばあさん。」
カイルの口を塞ぐようにオーリンが彼を拘束すると耳打ちするようにつぶやいた。
「彼女がこの町の司祭長、エリシアだよ……!」
エリシアが現れると、冷たい視線が広場全体を凍りつかせた。彼女が一歩踏み出すたび、石畳に響く足音が重くのしかかり、町の人々は息を呑んだ
エリシアは人のいい笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ごきげんよう、黒い魔女様。何をしにこのような辺境の町へ?」
アリスはエリシアの冷たい視線に一瞬怯んだが、すぐに心の奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。
『ここで引き下がったら、この人たちを本当に救えなくなってしまう……』
アリスは自分に言い聞かせ、強い意志を持ってエリシアに向き合った。
『私は真実を伝えるためにここにいるんだ…』と。
「こんばんは、私はアリスです。魔女ではありません。この町の人々が飢饉に苦しんでると聞いて食料を分けにきました。今日は友好の証として料理を振る舞いにきたんです。よかったら……」と、震える声を抑えながらも力強く言葉を紡ぎ出した。
そういいアリスは器にシチューを盛り付け差し出した。するとエリシアは笑顔のまま見向きもせず、それを払いのけて捨てた。
カランカラン……と器が転がる音だけが、その静寂の中に響いた。
「何するんだてめぇ!」
カイルが怒り声を荒げるがそれを必死にオーリンが抑える。
「駄目だ、彼女に逆らうんじゃない!カイル!」
アリスの後ろで静かに黙って居たハッターが無表情のまま口を開いた。
「我が君、この不敬な女を殺しても?」
「ハッター、待って!」
その言葉にハッターはそれ以上行動を起こさなかったが今にも食い殺しそうな程の眼差しでエリシアを睨みつけている。
「おや、ゴーストをお連れのようですね。それが貴方の使い魔ですか、魔女アリス様。」
エリシアは人の良い笑顔を浮かべたままひどく冷たい眼差しをアリスに向けている。
「私は魔女ではありません。確かに髪は黒いですがこれはただの生まれつきで……」
「聞きましたか、皆さん。彼女は生まれながらにしての黒髪。間違いなく黒の魔女です。」
エリシアは声を高らかにして町の人たちに言い放った。そしてアリスに向き直ると静かに告げた。
「魔女よ、この町から立ち去れ。我々はベリオルス様を信仰している敬虔な民。我々は決して悪魔には屈しない。」
アリスはその言葉に反論するように声を上げた。
「あなた達が何をしているか私たちは知っている。敬虔な信者達を拷問し、殺しているのはあなたの方よ!」
その言葉に町の人々はざわつく。どうやら教団の蛮行はそれなりに噂になっているのか町中の人が互いに顔を合わせて疑いの眼差しを向けて居た。
それに対しエリシアは整然とした態度で町の人々に言い聞かせる。
「皆さん、悪魔の言葉に耳を傾けてはいけません。そして悪魔から与えてもらった施しなど受けてはいけません。煉獄の炎に焼かれ家族も、皆、地獄に落ちることになるのです。」
エリシアはまるで見てきた事実のように自信に満ちた声でそう告げる。町の人たちはそれまで喜んで食べて居た器を床に投げ捨て始める。
その光景にその場にいた仲間の全員が大きなショックを受けた。
カイルは拳を握りしめた。
その瞬間、彼の心に過去の記憶が蘇った。森を焼き尽くした時と同じ怒り。
あの時、感情に任せて行動した結果、どれだけの人々を傷つけたのか……今度こそ、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
彼は必死に自分を制し、深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。
『ここで怒りを爆発させても、誰も救えないんだ……堪えろ!』
エリシアは両手を合わせ、中指でアリスを指差すと首飾りを掲げながら大きな声を出した。
「魔女め!この町から去れ!我々の信仰心は決して破れない!!悪魔の使いめ!地獄に帰るがいい!!」
その声に町の人々は賛同するように呟き始めた。
「魔女だ……」
「魔女め……」
「そうだ俺たちを騙す気だったんだ……」
「堕落させて地獄に……」
「魔女め!!」
「黒い魔女め!」
「悪魔の使いが!!」
そんな暴言が飛ぶ中、最初にシチューをもらった少女は床に転がったシチューを拾って食べて居た。それほどまでに飢えが深刻なのかとアリスは胸が痛んだが、次の瞬間、エリシアはその少女の頬を思い切り手の甲で引っ叩いた。ひ弱な少女は吹き飛び、無惨に石畳の上に転がった。
「きゃ!…うう……」
少女は涙を流しながら飢えと痛みに苦しんでいる。アリスはその行為に激怒し、声を荒げてエリシアに対抗する。
「酷い……悪魔はどっちなの!!あなた達のしていることの方が余程邪悪じゃない!!」
アリスは怒りを露わにして抗議をした。しかしエリシアは微笑みを浮かべアリスを指差す。
「お前が堕落させ地獄に落とそうとした無垢なる子供の魂を私が救ったのだ。さぁ、黒い魔女よ。この町から去れ。我々は決してお前に堕とされはしない。我々の神はベリオルス様ただお一人!」
「そうだ……そうだ!!悪魔は去れ!」
「化け物め!!」
「邪悪な魔女め!!」
再び住民は石を投げ始める。ハッターは無言でアリスの前に立ち盾になるように実体化した。ハッターの表情は何一つ変わらないまま、酷く冷静で機械的な声でアリスに告げた。
「我が君、今すぐキャラバンへ。でないと私はここにいる全員を殺してしまいそうです。どうか、早急にお逃げください。」
「でも……」
ハッターの目にはこれまでにないほどの怒りが満ちて居た。アリスはそれを察すると急いでキャラバンに逃げ込んだ。他の仲間もキャラバンに乗り込むとサンクトリアの町から逃げるようにその場を去った。




