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第58話:カイルの決意

 魔力の泉と豊穣の盃のおかげで、食物は驚くほどの速さで育ち、収穫の時期がすぐそこに迫っていた。森も豊かになり、ドライアドのロゼリアの回復によって、畑は驚くべき豊作を迎えようとしていた。


カイルは熟した果実を手に取り、その重みと甘い香りを感じながら呟いた。

「こんなにあるなら俺たちだけで食うのもったいないなぁ……」


その時、ロゼリアが現れ、カイルの傍でそっと囁いた。

「それならこの作物を使って、町の人たちに振る舞ってみるのはどうですか?彼らは飢饉で長いこと飢えています。食物を分け与えれば彼らの心も開かれるかもしれません。」


ロゼリアの言葉は、カイルの心に深く響いた。彼は驚きと感動を隠せず、無意識にロゼリアを抱き上げ、声を上げた。

「それだ!!俺たちの作った農作物で料理を振る舞って、町の奴らに俺たちが敵じゃないってことを証明しよう!!助かったぜ、ローズ!!お前は天才だな!!」


「ちょ、ちょっと、カイルさん……!」


カイルは我に返り、ロゼリアを地面に下ろした。顔が少し赤くなり、気まずそうに笑った。

「悪い……つい興奮しちまって……」


「いえ……」

ロゼリアは静かに微笑み、カイルの胸の高鳴りを感じ取ったようだった。彼女の優しい視線は、カイルの心に深く響き、二人の間には言葉にできない特別な空気が漂っていた。カイルが少し動揺して彼女を下ろした後も、その感覚は彼の中に残り続けた。


その後、二人の間に静かな沈黙が流れた。カイルはバケツを手に取り、再び勢いよく走り出した。

「今の話、みんなに提案してみる!ありがとうな、ローズ!」


「お役に立てたなら何よりです。いってらっしゃい。」

ロゼリアはカイルが森を駆け抜けていく姿を見送り、再び畑に目を向けると、静かに微笑んだ。畑には豊かな作物が広がり、その光景に彼女は希望を感じていた。


ロゼリアを抱き上げた後、カイルの心には複雑な感情が渦巻いていた。

彼は「ローズ」と名前を呟くと、彼女の温かさと柔らかさを感じ、その瞬間に自分が彼女に対して特別な感情を抱き始めていることに気づいた。今まで他人に対して守りたいという気持ちはあまり持っていなかったが、彼女には何か特別なものを感じる。カイルはその感情を戸惑いながらも受け入れ、ロゼリアとの絆が深まっていくことを感じ取った。

『インフェルナの俺が本当に彼女を守れるのか?』と心の中で自問しつつ、彼女のために何かを変えたいという決意が芽生えた。



 教会に戻ったカイルは、ロゼリアの提案を興奮気味に伝えた。仲間たちも大いに賛成し、材料を調達し始めた。


「それは凄くいいアイディアだね、カイル!早速、森で新鮮な野菜や果物を集めよう!ついでに、調理されただけのものじゃなく、安全だってわかってもらうためにもそのまま収穫されたものを分けるのもいいと思うんだけどどうかな?」とアリスが提案した。


するとその提案にまさに名案とばかりにハッターが拍手喝采で賛同した。

「流石は我が君!それは実に聡明なお考えです!調理される前の素材でしたら毒の心配もありませんし、飢餓で苦しんでいる人たちからすれば金にも変え難い代物でしょう。」


「それと、肉も必要だよな。オーリン、お前は狩りが得意だったよな?」

カイルがオーリンに尋ねると、オーリンは頷いた。


「うん、僕に任せて。すぐに森に行ってくるよ。」

そう言うとオーリンは早速弓を持ち、森へと向かっていった。



 オーリンが狩りに出かけている間に全員が協力して材料を集め、調理の準備を始めた。


カイルが畑からポテッシュ(じゃがいも)を掘り出すと、その表面に残る土を丁寧に拭い落とした。彼の手は力強く、しかし優しさを持ってその作業を進めていた。アリスは森で摘んだ食べられるハーブを採取した。禁忌の森での知識が生かされ、たくさんのハーブやキノコを採取することができた。


「あとは大きな鍋が必要だよね。」

アリスが提案すると、エレオノールが頷いた。


「私がキャラバンに行って、鍋を借りてくるわ。任せて」

エレオノールはキャラバンに鍋を借りに行く途中、仲間たちへの思いが頭をよぎった。彼女にとって、この集団は単なる仲間以上の存在であり、共に戦い、苦難を乗り越えてきた家族のような存在だった。自分が皆のためにできることは何だろう?と考えながら、彼女は仲間たちが心から喜ぶ瞬間を想像し、自分の役割に誇りを感じた。エレオノールは、鍋を借りるという小さな行動であっても、それが皆の幸せに繋がるならば喜んで尽力したいと感じた。彼女の心には、仲間たちと共に未来を築きたいという強い願いが秘められていた。



 森の中でオーリンは冷静に獲物を探していた。木々の間を慎重に歩き、音を立てずに息を潜める。やがて、フォレストディアーが木陰に隠れているのを見つけた。オーリンは弓を引き絞り、目を細めて狙いを定める。緊張が高まる中、彼は一瞬の隙を見逃さず、矢を放った。矢は見事に急所を捉え、ディアーは苦しむことなくその場に倒れた。


「よし、これで肉は確保できたね。」


オーリンは素早く獲物を処理し、教会へと戻った。彼の腕前は確かで、仲間たちはその成果に歓喜の声を上げた。



 エレオノールがキャラバンから大鍋を抱え戻ってくると、仲間たちは彼女を温かく迎え入れた。彼女の背中に少し疲れが見えたが、その表情には満足感が浮かんでいた。皆が喜んでくれるなら腕によりをかけて美味しい料理を振る舞おう、と彼女は静かに心の中で思った。


アリスたちは早速調理を始めた。アリスが鍋に水を注ぎながら、他の皆もそれぞれの作業に取りかかった。


「これで準備は整ったね。早速調理を始めよう!」


アリスが鍋に水を注ぐ。

「まずは水を沸かそう。次に野菜を切って準備しなくっちゃ。」


カイルがポテッシュ(じゃがいも)とスターキャロット(にんじん)を手に取り、「俺が野菜を切るよ。オーリン、肉の準備を頼む。」


「了解。新鮮な鹿肉が入れば、ヴェルデンシチューはさらに美味しくなるね。」

オーリンは森で手に入れたフォレストディアーの肉を一つ一つ丁寧に切り分け、その鮮やかな手捌きに他の仲間たちは感心した。


「ヴェルデンシチュー?」

アリスは聞き馴染みのない言葉に不思議そうな顔をした。


オーリンは優しく教えてくれる。

「ヴェルデンシチューは、この世界の豊かな森「ヴェルデンの森」に由来する料理なんだ。森から採れる新鮮な肉やハーブをふんだんに使ったシチューは、古くから人々に愛されてきた料理でね。家族や仲間が集まるときに振る舞われる伝統料理なんだ。アリスは食べたことない?」


アリスは首を横に振り初めて聞く料理の名前に想いを馳せる。

「ううん、食べたことないな。ヴェルデンシチューかぁ……な味しそうだね。少し多めに作って、私も食べてみたいな。」


エレオノールは鍋の横でハーブを刻みながら楽しげに答える。

「アリス、これは私たちの料理じゃないのよ。でもまぁ……味見くらいはさせてあげる。この香り豊かなハーブをたっぷり使って、風味を引き立てるの。町の人はこの香りに釣られてきっと出てくるに違いないわ。」


ハッターがシルクハットからさまざまな調味料を出すと優しく微笑んだ。

「ならスパイスも加えて、町の人たちが食べたくなるような香りを存分に引き立てましょう。アリス様のお口にも合うように最高の味付けに仕上げますよ!」


大鍋に野菜と肉が投入され、アリスが鍋をかき混ぜながらをシチューの完成が間近に迫った。焚き火の上でじっくり煮込まれたヴェルデンシチューは、やがて、豊かな香りを立たせ、皆の心を温かく包み込んだ。


「この匂い、最高だな!うまそうだ!」

カイルが鍋を見つめながら言った。


「町の人たちがこの匂いを嗅いだら、きっと集まってくるね!」

アリスは嬉しそうに告げた。


オーリンも笑顔で頷いた。

「今日の獲物は最高だったから、きっと町の人たちも喜ぶはずだよ。」


エレオノールが鍋の中を覗き込み、香りを確かめる。

「これで完璧ね。もう少し煮込んで、味をなじませましょう。」


ハッターが最後の調味料を加え満足げに微笑んだ。

「これで完成です。完璧なヴェルデンシチューが出来上がりました!さぁ、我が君、お味見を。」


ハッターは小皿にヴェルデンシチューを掬うとアリスに味見をさせた。口一杯に広がる野菜の旨みとほろほろに解けるお肉が最高に美味しくアリスは目を輝かせた。


「すっごく美味しいよ、これ!これならきっと町の人たちも喜んでくれるはずだよ!!」


アリスは自信満々にそう告げ、その言葉に皆が頷いた。カイルもどこか食べたそうな顔をしていたが鍋に蓋をしめ、鍋をキャラバンに乗せると、期待と希望を胸にいよいよサンクトリアの町へと向かった。



 サンクトリアの町へ向かう道中、カイルは心の中で過去の過ちを振り返っていた。

森を焼いてしまったこと、それによって多くの命を奪ってしまったことが、彼の心に重くのしかかっていた。しかし、今こそ何かを変えるチャンスがあると信じ、彼は仲間たちと共に町の人々に食物を振る舞うことができるという事実に胸を躍らせた。


『今度こそ、俺は正しいことをするんだ』と強く決意し、カイルは前を向いた。彼にとって、この瞬間は過去の過ちを償い、新たな未来を切り開くための重要な一歩だった。仲間たちもそれぞれ、希望に満ちた顔で町へと向かい、成功への期待が高まっていた。

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― 新着の感想 ―
いい雰囲気なのに種族の相性が悪過ぎてツライ…。 そしてシチューが食べたくなりました。
2024/12/13 22:34 退会済み
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