第57話:鎮魂の儀
あれから毎日カイルは井戸から水を汲み、ロゼリアの元へ運び続けていた。汗を流しながら何度も往復するカイルの姿は、次第にロゼリアの心を動かし始めていた。
「ロゼリア、今日も水を持ってきたよ。少しでも力を取り戻してほしい。」
ロゼリアは感謝の笑みを浮かべ、カイルの手からバケツを受け取った。
「カイルさん、本当にありがとう。あなたの努力が森を救ってくれているわ。……それに、私のことはローズって呼んで。」
カイルは照れくさそうに笑っていたが、突然の言葉に驚いたように目を開いた。そして照れながらも小さく口を開く。
「俺がしたことを償うために、これくらいしかできないけど、少しでも役に立てて良かった。……ろ、ローズ。」
ロゼリアはカイルの手を取って微笑んだ。
「あなたの真心に感謝しています。」
カイルはその時、炎ではない何かが自分の中で熱く燃えるのを感じた。
アリスはオーリンと共に畑作業に取り組んでいた。オーリンは丁寧にアリスに作業の手順を教えながら、一緒に作物の植え付けを行った。
「アリス、ここに種をまいて、その後に土をかぶせて……そう、上手だね!」
アリスは微笑みながらオーリンの指示に従った。
「ありがとう、オーリン。あなたのおかげで作業が楽しいよ。元々、仕事柄土いじりなんてできなかったから……こうして自分たちで食べるものを自分たちで育てるって楽しいね。」
オーリンはアリスの笑顔に心が温かくなった。
「僕も、こうして一緒に作業できて嬉しいです。」
二人は笑みを浮かべながら楽しげに畑仕事に勤しんだ。
ロゼリアはカイルが運んでくれた水のおかげで、少しずつ力を取り戻していた。彼女の魔力が森に広がり、焼け落ちた木々の周りに新たな芽が出始めていた。
「カイルさん、見て……新しい命が芽生え始めているわ。」
カイルはその光景に目を見張った。
「本当に……これが俺たちの努力の結果だなんて。」
「あなたのおかげよ、カイルさん。私たちも森も、少しずつ回復しているの。」
カイルは涙を浮かべながら、ロゼリアの手を握った。
「俺、これからも頑張るよ。森を元に戻すために。」
ロゼリアはそのまっすぐな心に笑みを浮かべるとカイルの手を握り返した。
教会の前で、アリスたちは再び集まった。皆の顔には希望の光が宿っていた。
「皆、本当にありがとう。私たちは少しずつ前進している。これからも力を合わせて、森を再生させていこう。」
エレオノールはアリスの言葉に頷いた。
「そうね。私たちならきっとできるわ。」
ハッターも微笑みながら、静かに頷いた。
「我が君の意志を尊重し、私も全力を尽くします。」
オーリンはアリスの隣で微笑んだ。
「僕も頑張るよ。」
カイルも力強く頷き、全員が心を一つにした。
ある日、アリスは教会の地下にある図書室で、古びた書物を手にしていた。手に取った本の表紙には『聖ベリアルス教団の教え』と書かれており、興味本位でその本を開いた。中身を読み進めるうちに、彼女の表情は次第に青ざめていった。
「これは……」
アリスはページをめくりながら、その内容に愕然とした。
教団は聖女誕生や聖母復活のために、恐ろしい儀式を行っていた。その儀式は、生贄の血と苦痛を糧に、邪悪な力を呼び覚ますものであった。
「被験者は生きたままの状態で、まず舌を切り落とされ、その後、四肢を一つずつ切り取られる。そして、苦痛と恐怖の頂点で心臓を取り出し、祭壇に捧げる……なんてこと……」
アリスの手は震え、目から涙が溢れ出した。彼女は急いで仲間たちにこの事実を伝えるため、図書室を飛び出した。
教会の中庭に集まった仲間たちの前で、アリスは震える声で話し始めた。
「皆、聞いて。この教会には恐ろしい過去があったの。聖ベリアルス教団は、聖女誕生や聖母復活のために、ここで多くの人々を残虐な方法で殺していたの……」
エレオノールは驚愕し、手を口元に当てた。
「そんな……信じられないわ。」
カイルもショックを受け、拳を握りしめた。
「俺たちはこんな場所で……」
ハッターだけは冷静な表情でアリスの言葉を聞いていた。まるで全てを知って居たかのように小さく呟く。
「過去の犠牲者たちの苦しみは、想像を絶するものだったのでしょう。」
その時、一人のアンデットが前に進み出た。彼女の目は悲しみに満ちていた。
「私はかつてこの教会の信徒でした。しかし、ある日突然、聖女誕生の儀式に選ばれ、生贄にされました。私は生きたまま焼かれその体に神ベリオルスを降臨させることを強いられました……神は私の肉体的苦痛と精神的苦痛を糧により強くなると言われました。しかし私はその苦痛に耐えきれず……地獄のような苦しみの中、息絶えてしまったのです……。」
エレオノールはその言葉に目を見開き、手を口元に当てた。
「そんな……」
カイルもショックを受け、拳を握りしめた。
「そんな酷いことが……」
アリスは涙を流しながら、さらに続けた。
「彼らは生きたまま引き裂かれ、魂を捧げるために拷問を受けていた……こんなことが許されるはずがない……。」
オーリンは深い悲しみを感じつつも、アリスに近づき、優しく肩に手を置いた。
「アリス、大丈夫?」
アリスは涙を拭いながら、震える声で答えた。
「こんなに酷いことがあったなんて……どうして……どうしてこんなことが……」
オーリンは彼女を慰めるように、そっと抱き寄せた。
「アリス、君は悪くない。僕たちはこれからどうすればいいかを考えよう。過去の罪を償うために、僕たちができることを見つけていこう。」
アリスはオーリンの優しさに心が少し落ち着き、彼の言葉に頷いた。
「そうだね、オーリン。私たちには過去を乗り越えるためにやるべきことがあるよね……。」
その日の晩、アリスたちは教会の過去の犠牲者たちの魂を慰めるために、鎮魂の儀を行うことにした。夜の静寂の中、教会の中庭にはキャンドルの明かりが灯されていた。アリスたちはその光の中で集まり、それぞれの想いを胸に祈りを捧げた。
アリスは中央に立ち、キャンドルの光を見つめながら話し始めた。
「今日、私たちはこの場所を鎮魂の場とし、過去の犠牲者の魂を慰めるために集まりました。彼らの痛みと苦しみを忘れず、未来に向かって進んでいくために。」
エレオノールは静かに頷き、手を結んだ。
「彼らのために祈りを捧げましょう。どうか安らかに眠り、その痛みから解放されるように。」
カイルは手に持ったキャンドルを見つめながら、深い息をついた。
「俺も、過去の過ちを償うためにここにいる。これからは、仲間と共に新しい未来を築いていく。……自分の力を、ちゃんとコントロールできるようになって。」
オーリンはアリスの隣で手を結び、静かに祈った。
「僕たちの祈りが、少しでも彼らの魂を慰めることができますように。」
ハッターもキャンドルの光を見つめていた。
「我が同胞の魂が、アリス様によって安らぎを得られますように。」
キャンドルの光が揺れ、静かな夜の中で彼らの祈りが響いた。アンデットたちの涙と啜り泣く声が響き、教会は神聖な光で包まれた。
鎮魂の儀式は静かに幕を閉じ、教会は過去の痛みを乗り越え、新たな希望と平和の象徴となった。
鎮魂の儀が終わった翌日。アリスたちは教会の地下室を封印するための準備を始めた。過去の忌まわしい儀式が行われた場所を破壊し、新たな秩序と希望を取り戻すために。
カイルはハンマーを手に取り、壁を打ち壊し始めた。
「はああ!!」
ドゴォン!
大きな音を立てて監禁されて居たであろう牢屋や拷問部屋が次々に壊されていく。
「これで、この場所に囚われた魂たちも解放されるはずです。」
ハッターは静かな声でそう告げた。カイルは忌まわしい過去を打ち砕くように力の限り何度もハンマーを振るい、次々と部屋を壊していった。
その時、アリスが壊された地下室の奥で何かを見つけた。
「みんな、見て。ここに何かある。」
アリスが手に取ったのは、聖遺物『ベリアルスの血』と、緑に輝く魔力の泉だった。それは古代の力を秘めた聖なる遺物であり、魔力の泉は無尽蔵のエネルギーを供給する源だった。
ハッターはその発見に驚き、微笑んだ。
「これは大きな発見です。我が君。この力を利用すれば、私たちはさらに強くなれるでしょう。」
アリスたちは、教会の地下室で発見した魔力の泉と聖遺物をどう活用するか話し合っていた。教会の大広間で全員が集まり、真剣な表情で会議を行っている。
アリスが意見を述べる。
「私たちが発見した魔力の泉と聖遺物は、非常に強力な力を持っている。この力を管理するために、教会を拠点とするのが良いと思うの。」
エレオノールが頷く。
「そうね。この教会は歴史的な場所でもあるし、ここを管理拠点にすることで、過去の罪を償うことにもつながるわ。」
ハッターが冷静に続ける。
「また、アンデットたちにとっても、安らぎの地としてこの教会を提供することで、彼らの魂も癒されるでしょう。そして彼らに管理を任せれば賊に利用されることなどはないかと。」
カイルが思案顔で話し始めた。
「俺たちでここを再建し、アンデットたちが安らげる場所として提供する。そして、同時に町の人たちに受け入れてもらうための準備を進めるんだ。」
オーリンが賛同する。
「それが良いね。ここに長らく住んでいたけど、ここは彼らの場所で僕らの家ではない……あるべき人たちへその場所を戻して、僕たちが町の人たちと共存するために、信頼を築くことが重要だ。」
全員がこの意見に賛同し、早速各自仕事に取り掛かった。
アリスたちは教会の再建を始めた。魔力の泉を管理するための設備を整え、アンデットたちが安全に過ごせる環境を作る為全員が手分けをして作業に取り掛かる。
アリスが教会の入り口で指示を出す。
「まずは魔力の泉を囲むように保護結界を張ろう。そして、教会の中にアンデットたちが安げる空間を作り、教会をアンデットたちの安全な住処になるようにしよう。」
エレオノールが手を動かしながら言った。
「私が結界を張るわ。これで泉の力が安定して彼らでも管理できるはず。」
ハッターが続ける。
「私は防御結界を強化し、外部からの侵入を防ぎまた彼らの身の安全を守りましょう。」
そしてアリスは閃いたようにネイルバッグを開いた。
「ハッター、アンデットたちは全員闇の魔法の適正があるんだったよね?」
「はい、その通りでございます。どうなさるおつもりで?」
「アンデット一人一人を強化するために、アンデット全員にシャドウウルフのネイルを塗るの。更に魔力の効果を高めるために魔力の泉を全員に浴びてもらう。これでアンデットとしても力を増すし、より強固な防御にもなってくれるはずだよ。」
アンデットのリーダーであるブラックビショップが首を傾げる。
「ねいる?ですか?それは一体どういう……」
ハッターがわかりやすく説明をしてやる。
「アリス様直々にあなたたちに施しを与えると思ってください。アリス様の加護を受けるだけではなく、その力をあなた達に授けてくださるのです。」
アンデットたちから歓声があがる。
「おお〜!!!」
「なんと!!」
「ありがたやありがたや……」
アリスは慌てて準備をしながら口を開く。
「待ってね、一人一人順番だから……少し時間がかかるけど全員にネイルをしてあげるからね!」
その言葉にアンデットたちは歓喜の声を上げて喜んだ。
それぞれが己の職務を全うするために尽力している間、カイルが手を挙げる。
「あのさ、魔力の泉の水。森に持っていってもいいか。もしかしたら森の再生にも使えるんじゃねぇかなって思ってさ。」
「おお、それは良いお考えですね。森の復興にはもちろんのこと、食物を育てるのにも良いでしょう。特に時間のかかる小麦や根菜類にぜひ、泉の水をかけてきてほしいのです。お願いできますか?」
カイルは張り切った様子で拳を見せるとバケツを二つ手に持ち地下へと走っていった。
「おう!任せとけ!!」
その頃アリスは順番に一人一人のアンデットにシャドウウルフのネイルを塗布していった。
120人にも及ぶネイルサービス!
ただしもうほとんどが骨になってしまっている手なので爪先をちょっと塗るだけで済んだので意外に作業は早く終わった。
「流石にちょっと疲れたなぁ……。」
ネイルが終わったアリスが椅子でぐでーんと溶けているとそこへ飲み物をもってオーリンがやってきた。
「アリス、お疲れ様。よかったらこれ……」
「ありがとう、オーリン!」
アリスは飲み物を受け取ると一気に飲み干し疲れを癒した。アンデットたちアリスから直接施されたネイルと、泉の力で自分たちの力が更に増したことに喜んでいる様子だった。
「皆よろこんでくれているね……よかった。」
「うん、アリスさんのネイルはすごいよ。魔法適性のない僕にも魔法が使えるようになっただけじゃなく、元々魔力の塊みたいなアンデットたちに使ってもその効果を底上げしちゃうんだからびっくりだ。」
「えへへ、そんなにすごいかな。」
「うん、すごいよ。誰かに魔法を付与できること自体そうできることじゃないし……アリスは、ルミナルスリアの希望になるんじゃないかと僕は思っているよ。」
その言葉に恩師セシルの影が重なる。
『お前はルミナスリアの宝になる。』
「私の力でこの世界を変えられるかな……」
「うん。きっとできるって僕は信じてる。アリスなら、絶対できるよ。」
その言葉に励まされアリスは更に次の計画に移るのだった。




