第55話:森の再生計画
アリス、ハッター、オーリン、そしてカイルは、ロゼリアの助けを借りて収穫した果実を持ち帰り、教会へと帰還した。夕焼けが彼らの背中を照らし、長い旅の終わりを告げていた。教会の前で待っていたエレオノールが彼らを見つけ、急いで駆け寄る。
「アリス!無事だったのね!」
エレオノールは息を切らしながらアリスを抱きしめる。アリスはその優しさに少し心がほぐれ、微笑んで答える。
「はい、無事に帰ることができました。果実もたくさん持ってきました。すみません、心配をかけましたよね。」
「当たり前よ、一晩も帰らないんだもの……生きた心地がしなかったわ。でも、無事でよかった……。」
エレオノールは安堵するとアリスを離し、アリスたちが持ち帰った収穫物に目をやった。
ハッターが収穫した果実を見せ、丁寧に袋から取り出す。彼の表情は変わらず、冷静だが、言葉にはどこか皮肉めいたものが含まれている。
「全ては我が君のおかげです。」
オーリンも果実の袋を肩から下ろし、エレオノールに渡す。
「これでしばらくは食料の心配はないね。」
カイルはまだ憔悴していたが、それでも果実を見せながら静かに頷く。
「皆のために持ってきたんだ……」
エレオノールはカイルの疲れ切った表情を見て、そっと肩に手を置く。その手の温もりが、彼に少しだけ安らぎを与える。
「ありがとう、カイル。これだけあれば当分は安心ね。皆、食料よ!」
果実を手にしたエレオノールは、それを他の仲間たちに分け与える。みんながその恵みを喜びとともに受け取り、自然と教会内に笑顔が広がる。
夜が深まる中、アリスたちは教会に集まった。アリスは少し緊張しながらも、皆の前に立つ。彼女の心には、これから話す内容への重みがのしかかっていた。
「エレオノールさん、皆さん。まずは報告があります。私たちは森の中でドライアドのロゼリアさんと出会い、果実を集めることに成功しました。」
エレオノールは安心した表情を見せるが、アリスの表情に見える陰りに気づき、不安げに声をかける。
「それは良かったわ。でも、アリス、何かあったの?」
アリスは深呼吸し、少しだけ視線を落とす。言葉を選ぶように、重い口調で続ける。
「実は……その過程で、森の一部を焼失させてしまいました。カイルが怒りに駆られ、炎を起こしてしまい……その結果、森の半分が燃えてしまいました。」
エレオノールの顔から血の気が引き、目を見開く。
「何ですって!?どうしてそんなことに……」
カイルはうつむき、震える声で言葉を絞り出す。
「俺が……俺が悪いんだ。怒りを抑えられなくて……」
ハッターがその場を軽く一掃するかのように口を開く。
「申し訳ございません。ドライアドの罠に引っかかってしまい、そこから脱するために少々カイル殿に協力をしてもらいました。まぁ、私が一方的に彼の怒りを煽っただけなのですが。」
エレオノールの瞳に怒りが宿り、ハッターを鋭く睨みつける。
「ハッター、これはあなたの仕業なのね。何を考えているの!」
ハッターは無表情のまま、冷静に微笑みを浮かべる。その微笑みがエレオノールの怒りをさらに煽る。
「ご安心ください、エレオノール殿。私は最も効率的かつ合理的な方法を取ったまでです。」
エレオノールは拳を握りしめ、声を荒げる。
「効率的だって!?森が焼けてしまったのよ!そんな方法が許されるはずがない!」
バリカントスは放浪の民であるが、自然崇拝を重んじる種族でもあった。そのため、森の焼失などという事態は到底見過ごすことができなかった。他の仲間たちもハッターに冷たい視線を向ける。エレオノールは、森が焼けたことに対して強い怒りと失望を感じていた。森はただの自然ではなく、彼女たちバリカントスにとっての聖域であり、命そのものだった。ハッターの効率的という言葉が、彼女の心に冷たく突き刺さる。彼の説明を聞いても、納得できない感情が心の中でくすぶり続ける。しかし、今は感情を抑え、計画に協力するしかないと理解し、静かに息をついた。
しかし、一方のハッターはどこ吹く風といった様子で、冷淡に言葉を続ける。
「結果として、ドライアドのロゼリア殿を炙り出す事に成功し、彼女の協力を得ることができました。そして、今後は焼け落ちた土地を利用して畑を作り、再生を図る計画を立てています。」
エレオノールは怒りを抑えられず、拳が震える。
「あなたのやり方には納得できないわ!森を焼き払った上に畑にするですって!?どこまで自然を冒涜すれば気が済むの!」
アリスがその場に立ち、エレオノールをなだめるように一歩前に出る。
「エレオノールさん、落ち着いて……!私も最初は驚きました。でも、今は森を再生させるために最善の方法を考えています。ハッターの提案も、一つの方法だと思います。」
エレオノールは深く息を吸い、少しだけ冷静さを取り戻す。
「……わかったわ。でも、これ以上無茶な方法は絶対に許さないわよ。森を再生させるための計画を詳しく聞かせて。」
ハッターは冷静な表情を崩さず、黒板を召喚し、冷静に計画の説明を始める。チョークが空中を舞い、誰が触れることもなく勝手にハッターの計画が図と共に描かれ始める。
「まず、森の中に水源を確保し、井戸を作ることが最初のステップです。これにより、畑を作るための安定した水供給が可能になります。」
エレオノールは一言も漏らさないように頷く。その眼差しは真剣そのものだった。
「それができたら、次に進みます。」
黒板を軽く叩くと、黒板がひっくり返り次の項目が書かれ始めた。
「焼け落ちた木々を集め、それを燃料や資材として再利用します。これにより、畑を作るためのスペースを確保します。次に土地を耕し、植物を植えるための準備を整えます。土壌の状態を確認し、必要に応じて肥料を施します。これらの作業は主にアンデットに担って貰うのがベストでしょう。」
アリスはハッターの冷静さと計画の詳細さに内心驚きつつも、彼の言葉に耳を傾ける。
「次に、成長が早く、食料として役立つ作物を選びます。例えば、野菜や果物です。ドライアドの庇護下であるため、植物の成長が促進されることを期待します。まずは葉物野菜、ベリー類を優先的に育て、次に根菜類や小麦など長期保存が可能な作物を育てます。今は安定した食料供給を優先するべきです。レタシュやキャベット、レッドルビーを中心に育て、エルダーベリーも同時に育てる計画です。」
カイルは、自分の行動がもたらした結果を直視しながら、森の再生に向けて自分ができることを考えていた。焼け落ちた木々や消えた生命を思い返すたびに、心の中に後悔と罪悪感が渦巻く。しかし、彼はその痛みを乗り越えなければならないと決意する。森の再生が、自分自身を赦すための唯一の方法だと信じたカイルは、過去を悔やむのではなく、その後の行動で贖うことを決めた。新たな命を育むことで、失われたものを取り戻すことができるのではないか。そんな希望を胸に、カイルは前を見据えた。
ハッターの冷静な口調が、計画の現実味を増していく。彼が次の作業を説明するたびに、教会内の空気は少しずつ変わっていく。
「種を植え、適切な水やりと手入れを行います。これにはロゼリア殿の力を借りることも含まれます。また、アリス様の水魔法を活用し、必要な時に水を供給します。アリス様の水魔法には魔力が含まれているため、植物の発育を促すことが期待できます。」
この時、ハッターはあえて豊穣の盃の話はしなかった。放浪の民であるエレオノール達を信じていなかったからだ。彼らはいずれこの地が廃れた時、必ず出て行くであろうとハッターは考えていた。それが彼らにとって最も効率的な行動であるから。だからこそ、神話級の秘宝である盃の存在を彼らに伝えることは危険だと判断し、説明には含めなかった。
説明を聞いていたアンデットたちの中から、歓声が上がる。ハッターはさらに説明を続けた。
「作物が成長したら収穫を行い、食料として活用します。収穫後も持続可能な農業を続け、畑を維持しつつ、森全体の再生を図ります。以上が、私の考える森の再生を目指した土壌再建の計画です。」
ハッターは、計画の説明をする際、すべては結果を出すための合理的な選択だと考えていた。彼にとって重要なのは、最終的に目的を達成することであり、その過程に感情は必要なかった。効率を重んじる彼は、いかに迅速かつ確実に計画を遂行できるかを最優先に考えていた。彼の冷静な表情と淡々とした口調には、その信念が如実に表れていた。
カイルの胸中には、自らが引き起こした惨事への痛みがまだ深く残っていた。目を閉じるたびに、燃え盛る森の光景が鮮明によみがえる。彼はそれを拭い去ることはできないが、それでも前に進むしかないと自分に言い聞かせた。森に新たな命を育むことで、彼は自分自身を赦し、過ちを償いたいと強く願った。
エレオノールはハッターの説明を聞き終え、しばらく沈黙した。彼女は一度拳を強く握りしめたが、徐々に力を緩めていった。彼女の心にはまだ怒りと失望が渦巻いていたが、それをすべて吐き出すには今は余裕がなかった。彼女は深い息をつき、冷静に状況を受け入れようと努めた。『今は計画を進めるしかない……』そう自分に言い聞かせることで、エレオノールは何とか感情を抑え込んだ。
「確かに効率的で理にかなった計画だわ。でも、森を畑にするという考えにはどうしても抵抗がある。森はただの資源じゃない。生き物たちが息づく場所で、私たちにとっても大切な存在なのよ。」
ハッターはエレオノールの言葉に静かに頷き、微笑みを絶やさないまま返答する。
「もちろん、エレオノール殿。森は貴重な存在です。あなた達バリカントスにとっても自然がどれほど大事な存在かは存じております。そして、私の計画は森を完全に畑に変えることではなく、再生の一部として畑を一時的に利用するというものです。森全体の再生を目指しつつ、食料問題の解決も図るための措置です。」
ハッターは計画を冷静に説明しながらも、心の奥底に微かな迷いがよぎった。彼の頭の中では効率こそが最優先であると自分に言い聞かせるが、ほんの一瞬だけ、彼の視線が遠くを見つめる。自分が求める結果のためなら、何を犠牲にしても良いのか……その疑念はすぐに消え去り、再び冷徹な表情が戻ってきた。
エレオノールはその説明に再び黙り込み、アンデッドたちの反応を見回した。彼らの多くが頷いており、この計画に賛同している様子だった。
アリスがその場を見回し、決意を固めたように口を開いた。
「今はこの計画が最善の道だと思います。私たちは一丸となって、森を再生させるためにできる限りのことをしましょう。エレオノールさんも力を貸してくれますか?」
エレオノールはアリスの目を見つめ、その中にある真剣さを感じ取った。彼女は深く頷き、穏やかに答えた。
「もちろん、アリス。私も全力で協力するわ。ただ、一つだけ忘れないで。森を再生させるということは、そこに生きる全ての命を再生させるということ。畑もその一部として、森と共存できるように進めていきましょう。」
エレオノールはハッターの計画を聞きながら、心の中で葛藤していた。森は彼女たちにとって、単なる資源ではなく、命の根源だった。その神聖な場所が畑に変わることは自然そのものを冒涜するように感じられた。しかし、今は森を再生させるために彼の計画に従うしかないと理解し、心に渦巻く怒りを抑え込んだ。
ハッターは満足そうに微笑み、話を締めくくる。
「その通りです、エレオノール殿。では、明日から計画を実行に移しましょう。皆で力を合わせ、必ず成功させましょう。」
全員が頷き、教会内には再び希望と決意が満ち溢れていた。それぞれが自分の役割を胸に、森の再生に向けて一歩を踏み出す覚悟を決めたのだった。




