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第50話:安息の時

 皆が教会を片付けを終え寝床の確保をしている中、アリスはオーリンを探して教会の中を歩き回った。二階へと続く階段を登る。屋根裏部屋のような場所にオーリンの部屋があった。


教会の長椅子を改造した手製のベッド、ステンドグラスを集めて作ったであろう色とりどりの飾り、そしてそして年老いた女性と笑顔で映る今と変わらぬ姿のオーリンの写真が飾られていた。

オーリンは写真を眺めてそこに立っていた。


「オーリン、ここにいたんだね。」

アリスは彼の背後から声をかけた。


オーリンは驚いたように振り返り、少し慌てた様子で答えた。

「あ……アリスさん……。ごめん、手伝いもしないで……。」


アリスは優しい微笑みを浮かべながら、写真に目をやった。

「気にしないで、あなたの姿が見えなかったから探しにきたの。この方があなたのお母さん?」


「うん……僕の母さん。人間で、僕が一番大切にしてた人だよ。」

オーリンは少し感傷的になりながら答えた。


アリスは写真を見つめ、「優しそうな人だね。オーリンはお母さんをとても大切にしていたんだね。」と微笑みかけた。


その言葉にオーリンは頷き、母との思い出に浸るように静かに目を閉じた。

「母さんが90歳で亡くなってから、僕はずっと一人だった……。僕はエルフの世界ではまだ子供なのに、母さんは先に逝ってしまったんだ。エルフと人間の違いを初めて痛感した瞬間だったよ。」


その言葉にアリスは胸を痛めた。人間である自分には、オーリンがどれほどの孤独と悲しみを抱えているのか完全には理解できない。しかし、彼の寂しさを少しでも和らげたいという気持ちが強くなった。


「オーリン、今は一人じゃないよ。私たちがいる。これからは一緒に頑張ろう。」

アリスはそう言って、彼の手を優しく握った。


オーリンはその言葉に一瞬驚いたが、アリスの優しさに救われる思いがした。

「ありがとう……アリスさん。」


その後、アリスは部屋の中央にあるテーブルの上に木彫りの人形やステンドグラスの飾りに目を向けた。

「これって、全部オーリンが作ったの?」


オーリンは照れくさそうに微笑みながら答えた。

「うん、ここにいる間、ずっと一人だったから……何かに没頭していないと、寂しさに押しつぶされそうで。」


アリスは机の上に置かれた町の模型を見つめ、感動した様子で笑った。

「すごいね!町の様子がこんなに細かく再現されてるなんて……あ、こっちはあの広場の噴水。こっちはパン屋さん!」


オーリンは褒められて赤面しながら、無意識に手元の木片を削り始めた。ふと、自分の手にある人形がアリスの姿をしていることに気づいた彼は、慌ててそれを隠そうとした。

「あ、これはまだ途中で……」


アリスは興味深そうにその手元の人形を目をやり、瞳を輝かせた。

「これって私?すごい!よくできてるね!」


オーリンは戸惑いながらも、人形の仕上げを始めた。

アリスはバッグからネイル道具を取り出し、「ちょっと色をつけてみようか」と微笑んだ。

彼女はネイルの塗料で人形の髪や服に色をつけ、最後に氷の息を吹きかけて完成させた。


「どう?色がついたらもっと素敵になったでしょ?」とアリスは問いかけた。


オーリンはその美しい人形を見つめ、驚きと感動が入り混じった表情を浮かべた。そして、ふと不安げに尋ねた。

「君は……ハーフエルフが嫌だったりしないの?」


アリスはその問いに対して真剣に考えた後、答えた。

「私は種族や血筋なんて気にしないよ。オーリンがハーフエルフだろうと、人間だろうと、関係ない。オーリンはオーリンだもの。」


その言葉にオーリンは胸が熱くなり、彼女の優しさに改めて感謝した。

「でも……僕は魔法も満足に使えないし……」


アリスは微笑み、「私も同じだよ。魔法は使えないけど、このネイルの力で擬似的に魔法を使ってるんだ」と言い、青いネイルで水の魔法を見せた。


オーリンは目を見開き、「すごい……君も魔法が使えないんだね……」と驚いた。


「うん、だから私たち、似た者同士だよ」とアリスは笑顔で言った。


オーリンは一瞬考えた後、深く息をついて決意を固めた。

「アリス、実は僕にも秘密があるんだ……この教会には古代の魔法の力が眠っていると言われていて、それを探しているんだ。それがあれば……僕でも魔法が使える様になるかなって……。ハーフエルフはエルフの血を濃く受け継げば魔法が使えるんだけど……僕にはその力がなかったから……。」


アリスはオーリンの話に耳を傾け、「もしかしたら、その願い、私が叶えてあげられるかもしれないよ」と言い、彼に手を差し伸べた。


「手を出して?」


「手を?」

オーリンは半信半疑ながらもアリスに手を出した。アリスは丁寧にネイルケアをしたあと、ムーンリリーネイルを塗布していく。最後に氷の息を吹きかけて完成させたネイルを彼に見せる様に手を離した。


「どう?何か感じる?」


オーリンは目を閉じ、魔力が指先から広がるのを感じた。

「これが……魔力……」


手のひらに魔力の流れを感じて指先を動かすと、小さな光の球が宙を舞った。

「これ……僕の魔法……?」


アリスは微笑み、「これからは、あなたも魔法を使えるんだよ」と励ました。


オーリンの目には感動の涙が浮かび、彼は心から感謝の言葉を口にした。

「ありがとう、アリス。君がいてくれて本当に良かった。」


アリスも笑顔で応え、「これからは、みんなで力を合わせて進もうね」と彼を励ました。


オーリンはアリスの人形を強く握りしめ、心の中で新たな決意を固めた。

「僕もこれから、君のために何かをしていきたい……」


アリスは優しく笑いながら小さく頷いた。

「うん、これからはオーリンの力も貸してね。」


その決意は、彼の胸の奥で力強く芽生え、彼に希望を与えた。




「じゃあ私はそろそろ皆のところへ戻るね。おやすみ、オーリン。」


アリスがそう言って部屋を出ようとしたとき、オーリンは小さく頷いた。

「あ……おやすみ、アリスさん……。」


アリスは振り返り、優しく微笑んで言った。

「ふふ、アリスでいいよ。また明日ね。」


オーリンはその言葉に一瞬驚いたが、すぐに彼女の優しさに触れた温かい気持ちが広がった。

「あ……ありがとう、アリス……また明日。」


アリスが部屋を出ていくと、オーリンはその場に立ち尽くし、胸の中に温かな感情が広がっていくのを感じた。彼の心に、今まで感じたことのないほどの安らぎが満ちていく。誰からも疎まれ、嫌われてきた自分にこんなに優しくしてくれたのは、母親以来だった。


人形作りだって「男のくせに気持ち悪い」と罵られたこともあった。そんな自分を受け入れてくれたのは母とアリスだけだった。


オーリンはベッドに腰を下ろし、手に握りしめていたアリスの木彫りの人形をじっと見つめた。彼女が自分の好きなものを受け入れ、さらに自分にも魔法の力を与えてくれたことに、深い感謝の気持ちがこみ上げてくる。


「僕にも、こんな温かさを感じることができる場所があるんだ……。」


そう思いながら、彼は微笑みを浮かべてベッドに横たわり、アリスの人形を握りしめたまま、心地よい眠りについた。

オーリンにとってその日は長い人生の中で初めて幸せを噛み締めながら眠った夜だった。



 アリスが広間に戻ると、すでに皆が整えた寝床や片付けられた椅子が整然と並んでいた。広間には暖かな灯りが揺れ、心地よい空気が流れている。エレオノールがアリスに微笑みかけ、アリスは優しく声をかけた。


「エレオノールさん、ありがとうございます。何もお手伝いできなくてごめんなさい」とアリスは感謝の意を示しつつ謝った。


エレオノールは首を振り、「気にしないで、アリス。私たちでうまくやったから大丈夫。それに……あなたのベッドを整えたのは私たちじゃないの」と穏やかな口調で答えた。


アリスは少し驚き、「そうなんですか?」と尋ねた。その瞬間、突然ハッターが目の前に現れた。まるで影から現れたかのように、音もなくスッと浮かび上がったかのようだった。


「ご主人様!」と元気よく叫ぶ声が響き、アリスは一瞬驚いたが、すぐに笑顔で返した。

「ハッター、びっくりしたよ。」


エレオノールは驚きのあまり後退りし、「あんた、突然現れるのやめてよ!心臓が止まりそうだったわ!」と声を荒げた。


ハッターは宙にふわりと浮かんだまま涼しげに笑い、「申し訳ありません、幽霊とはそういうものですから」と肩をすくめるように答えた。その動作は、人間には不可能なほど滑らかで、体が軽々と空間を漂っているかのようだった。


「私のベッドって……?」アリスは疑問を抱きながら尋ねると、ハッターは誇らしげに胸を張り、宙に浮かびながら、「ご主人様、私が最高の寝床をご用意いたしました!きっと安らかにお眠りになれますよ」と自信満々に言った。


ハッターは浮かんだまま、宙を滑るように移動しながらアリスを地下室へと案内し始めた。アリスは不安を感じながらも、ランタンを手に持ち、彼の後をついて行った。広間に残された仲間たちは、アリスの後ろ姿に心配そうな視線を送っていた。


地下室に入ると、アリスの目に飛び込んできたのは、教会に似つかわしくない牢屋や拷問器具が並ぶ不気味な光景だった。アリスは思わず寒気を感じ、足を止めた。廊下の冷たい石壁に触れると、身体に染み渡るような冷たさが感じられ、緊張感が高まった。ハッターの足音は一切聞こえず、彼の動きだけが静かに滑っていく。

「ハッター……ここは……?」と不安を押し殺しつつ尋ねた。


ハッターは宙に浮いたまま、胸を張って、「ご安心ください。この先に素晴らしいお部屋をご用意しております」と自信たっぷりに言った。彼が指を鳴らすと、廊下の松明が次々に灯り、重々しい鉄の扉が現れた。その扉がゆっくりと開くと、豪華な装飾が施された棺が厳かに鎮座していた。


「えっと……これは……?」とアリスが戸惑いながら尋ねると、ハッターは満面の笑みで答えた。

「はい、ご主人様の寝台と寝室でございます!」


どうやらハッターは本気でこれが最高のベッドだと思っているらしい。

アリスは一瞬言葉を失ったが、やがて慎重に「ハッター、気持ちは嬉しいけど……私、こういうのはちょっと苦手かな。できれば皆と一緒に広間で寝たいんだけど……いいかな?」と言った。


ハッターは一瞬失望した表情を見せたが、すぐに再び宙を漂うように笑顔を取り戻し、「かしこまりました、我が君!広間にベッドを移動いたしますので、アリス様はどうぞ先にお戻りください」と答え、棺をシルクハットの中にしまい始めた。


アリスは少しホッとした表情で広間に戻ると、エレオノールとカイルが心配そうに見守っていた。


「どうだった?」とエレオノールが尋ねると、アリスは苦笑しながら答えた。

「うん……納棺所みたいな場所に棺が置いてあったよ。」


カイルはその言葉に顔をしかめ、「うわぁ」とつぶやき、エレオノールはため息をつきながら、「あなたの執事、教育し直したほうがいいかもしれないわね」と言った。


カイルも同意し、「だから言ったんだ、幽霊なんか執事にするもんじゃねぇって。取り殺されるぞ」と冗談を交えながら言い、アリスは少し笑った。


その時、ハッターが再び満面の笑みで、まるで霧のように広間に現れ、祭壇周辺を片付け始めた。彼は大きな棺を祭壇の前に置き、周囲を豪華に飾り付けていった。その光景を見て、全員が絶句した。


「あれ……あなたのベッドなのよね?」とエレオノールが呆れながら尋ね、カイルが続けて言った。「お前、死んだのか?」


アリスは困惑しながら答えた。

「えっと……まだ生きてると思うけど……」


ハッターはそんな皆の反応には構わず、楽しげに装飾を続け、豪華に飾り付けられた棺はまるで盛大な葬式のように見えた。


「さあ、我が君!寝台が整いました。どうぞごゆっくりお寛ぎください」とハッターは自信満々に言った。


アリスはため息をつきながら棺に歩み寄り、仕方なく中に横たわった。「ありがとう、ハッター……えっと……寝心地は良さそうだね」とやや戸惑いながらも言った。


ハッターは満足げに頷き、「ええ、それはもう!埃ひとつなく綺麗に磨き上げましたから、死んだようにぐっすりと眠れますよ!」と誇らしげに答えたが、その言葉に一同は不安を覚えた。


アリスは棺の中で身を縮めながら、意外にも心地よい場所であることに驚きつつ、深く息をついた。


「俺、絶対あのベッド使いたくねぇ」とカイルが苦笑しながら言うと、エレオノールも同意して「私もよ」とため息をついた。


ハッターはそんな二人の反応に気づかず、アリスを見つめながらうっとりとした表情を浮かべた。

「ああ、お眠りになる姿も実にお美しい……」


アリスは疲れを感じながらも、ハッターの視線が気になり、「ハッター……あんまりじろじろ見られてると眠れないから、ちょっと見回りをしてきてくれないかな?」と頼んだ。


ハッターは謝罪しながらも、「これは失礼しました。あまりの美しさについ見惚れてしまって……では、行ってまいります。」と呟き、広間を見回るために幽霊らしく消えるように去った。


アリスは棺の中で少し安堵しつつも、幽霊の執事を選んだことを少し後悔し始めたが、疲れが勝って次第に瞼が重くなっていった。体を包み込む心地よさに身を任せ、アリスは徐々に意識を手放していく。


しかし、どこかで微かな不安が心をくすぐり続けていた。ハッターの過剰な忠誠心が、いつか彼女の身にどんな影響を及ぼすか、そんな不安が頭をよぎる。彼の幽霊らしい人間離れした動きが、時折彼女に奇妙な感覚を呼び起こす。それでも、今日の出来事を思い返すと、仲間たちの優しさやオーリンとの絆が彼女の心を温かくしてくれる。


「みんながいるから、大丈夫……」アリスは自分に言い聞かせ、ようやく目を閉じた。静寂の中、ハッターの言葉通りアリスは死んだ様に深い眠りに落ちていった。


教会の広間には静寂が戻り、温かな灯りが揺らめいていた。アリスの穏やかな寝顔を見守るように、仲間たちもそれぞれの場所で休息に入る。カイルは窓辺に座り、外の静かな夜景を眺めながら、時折聞こえるかすかな風の音に耳を傾けていた。彼の心の中には、明日への思いが広がっていた。


エレオノールは、そっとアリスの棺に近づき、彼女がちゃんと眠っているかを確認した。心配げな表情が一瞬浮かんだが、アリスの穏やかな寝顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。彼女もまた、今夜の出来事を胸に刻みながら、静かに自分の寝床へと戻った。


ハッターは広間を見回りながら、満足げに微笑んだ。彼の中で、忠誠心と誇りが満ち溢れていた。ご主人様であるアリスのために、最高の環境を整えたことに満足し、彼は静かにその場を後にしようとした。しかし、ハッターの心の中には、どこか満たされない感情が漂っていた。幽霊である自分が、本当にアリスを守りきれるのかという不安。それでも、彼は自分の役割を全うしようと決意し、再び広間の隅々まで見回りを続けた。


夜が更け、広間は深い静寂に包まれた。全員がそれぞれの場所で安らかに眠りに落ちていく。アリスの棺の中では、彼女の胸に広がる温かな感情が、彼女の眠りを深く優しいものにしていた。まるで、すべてが穏やかな夢の中で守られているような感覚が彼女を包んでいた。


外の風が少しずつ強まり、教会の古びた窓が軋む音が響く。その音に一瞬、アリスの眉が動いたが、すぐに再び安らぎに包まれた。


一人ではない、自分には仲間がいる、みんながいるから大丈夫。

彼女の心はその思いで満たされ、穏やかな眠りが夜の静寂の中で続いていった。

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